帰ってきた元王子⑤
四方八方から私に襲い掛かるピエロを背負ったパーカーの集団を見て、「何が楽に死なせてやれだ」と嫌味交じりの独り言をつぶやき、身体強化魔法を自身に施す。
右方面から伸びてくるナイフを手首ごと引き込み、左側から私を殴りかかってきている男の胸元に突き刺し、その勢いのまま遠心力を利用してナイフで攻撃してきた男を一本背負いの要領で地面に叩きつける。
予想外の展開に、パーカーの集団は私から距離を取り警戒度を高める。
戦闘のプロ集団を相手に涼しげな顔で立ち回り、躊躇なく人体にナイフを刺すという行為をやってのける中学生。明らかに異質なそれに、パーカーの集団の中にわずかにあった、余裕が消えていく。
「なんだと……」
そんな、光景を目の当たりにしたパーカーの集団のリーダーらしき男はあり得ない物を見るかのような反応を見る。
「おい! どうなってんだ!? こっちは高い金を払ってんだぞ!?」
「おい、あの小僧は何者だ」
「何者? そこら辺にいるただの中学生だろうがッ」
リーダーの男はギッと服部を睨む。
「油断があったとしても、我らピエロの晩餐のファミリーが、一瞬にして二人もやられたッ。そこら辺にいるただの中学生な訳がないだろッ」
長い時を裏の世界で生き抜いてきた自負がある。
そんな自分達が、そこら辺にいる中学生にやられてたまるかといった感じだろう。
「知るかそんなもん! それよりも、大丈夫なんだろうな?」
「問題ない」
そう短く返すリーダーの男の表情は険しい。
「こんなものか?」
辺りを一瞥する。パーカーの集団は、明らかに私に対して警戒心を剥き出しにしていた。
どうやら獲物ではなく、一人の戦士として認めてもらったようだ。
それにしても……。
私は、先程地面に叩きつけた男とその男が手にしていたナイフが胸に刺さって倒れている男に視線を向ける。手ごたえとしては、二人とも致命傷の部類にはいるのだが……やつらは何事もなかったようにその場から立ち上がり、他の者たち同様、私から距離を取る。
「その胸に刺さったナイフは抜かなくてもいいのか?」
私が皮肉っぽく指摘すると、男は胸に刺さったナイフを抜き、そのまま自分の武器として構えている。
「血もでないのか……」
私も大概だが、ナイフが刺さってもけろっとしキズ口からは血も出ない。
このパーカーの集団、かなり人間離れしている。
「さて、私もそんなに時間をかけられないのでな」
母上が所望されている、コンビニスイーツを買いに行かないとだからな。
「そちちが来ないなら、こちらからいくぞ?」
私の言葉に、パーカーの集団は腰を落とし身構える。
私がパーカーの集団に突っ込もうとしたその時――
背後に強大な魔力の発生を感知した私はたたらを踏み、振り返るとそこには先程まで存在していなかった黒い球体が宙に浮かんでいた。
球体は複雑に渦巻いており、そこだけまるで切り取られた宇宙のような無の世界が広がっていた。
「な、な、なんだ、あれは!?」
服部の耳障りな声が響く。
パーカーの集団は、声には出さないが、私に向けていた警戒心とは別のモノを球体に向けている。
「ほう」
球体を見た私の口から自然と感嘆が洩れる。
魔力もそうだが、何という複雑な術式なのだ……実に興味深い。
好奇心をくすぐられた私は、私の命を狙っている敵をそっちのけで、球体に近づき術式の解読を試みる。
「なるほど……全然分からんな。だが、それが面白い!」
はしゃぐ私に反応するかの様に、球体は徐々に膨張していき最終的には大型トラックのタイヤ程の大きさになっていた。
そして、球体からはゴゴゴゴゴゴゴという何とも言えない不気味な音が発すると同時に、私は球体に引き込まれそうになる。
「むッ、な、なんだ!?」
どうやら、この球体は私を飲み込もうとしている様だ。
術式を見る限り死に至るものではないという事だけはわかるのだが、この術式が何なのか百パー判明していない以上、このまま球体に呑まれるわけにはいかない。
コンビニで母上のスイーツを買わないといけないし、凛の勉強も見てやらないといけないのでな。
という事で風魔法を唱え、吸い込む力に反発する。
「くッ、魔力の消費がはげしい。いや、消費というよりは……」
この球体は、私の魔力まで吸い込んでいるのだ。
まるで掃除機のように。
「だめだ……このままでは、じり貧だ」
それにしても、一人くらいは球体に呑まれても良さそうなのに、未だに誰一人とそれがない。
違和感を覚えた私は、首だけを回し背後を確認する。
「なるほど、そういうことか……」
パーカーの集団と服部は、なんともない感じでただこちらを傍観している。
この球体は、私のみを取り込もうとしているのだ。
ターゲットは私という事か。
では、この先に私が行かないといけない何かがあるという事か。
良いだろ。
「鬼が出るか蛇が出るか」
私は、風魔法の発動を切り、自ら球体へと飛び込んだ。
◇
「……こ、ここは……」
身体が鉛の様に重い……。
それでも現状の確認のため、私は上体を起こし周りを見渡す。
岩肌がむき出しにされているだだっ広い一室だ。そこには、私以外にも結構な人数の者達が横たわっている。
そして、私達を囲むように立っている兵士。
「なっ、まさか……」
兵士の胸元に刻まれている紋章に驚く。
「ここは、オルフェン王国なのか?」
前世では、何度かオルフェン王国には国賓として招かれた事があり、逆にオルフェン王国の王族をディグリス王国に招いた事があるので、何度もオルフェン王国の紋章を目にした事がある。
間違いないだろう。
「とりあえず、動きがあるまで大人しくしておくとしよう」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
改稿につきましては、昨日全て終わりましたので、更新に集中したいと思います。




