帰還と次の仕事
――――話はイドラさんと出会った日に戻る。
イドラさんの説得に成功した俺達は、ビルの外へと移動した。
もちろん、イドラさんと師匠も一緒だ。
復讐を思いとどまったイドラさんをあっちの世界に戻す。
それまでイドラさんを六課で保護する事にしたのだ。イドラさんの奴隷という立場の師匠はそのおまけみたいなものだ。
師匠については、あっちの世界に戻ったら魔王に奴隷紋を解除してもらう予定だ。これで師匠も自由だ。オリビアさんの所で余生を楽しんでほしい。
俺は今まで入っていたビルを眺める。
ビルの屋上から上の部分は消えてなくなって、18階建てのビルになっていた。
先程まで俺達がいた屋上から上の階は、【一夜塔】という遺物により増築されたものらしく遺物の効果を切った瞬間、増築部分は塵となって消えていった。本当に遺物というものはご都合主義の塊というか、何でもありだなぁと呆れながら、今度は俺は自分の背に視線を向ける。
俺の背中にはスヤスヤと寝息を立てている天使がいる。
戦闘奴隷時代の俺達は、数週間寝なくてもピンピンしていたのだが、規則正しい生活によって、空腹耐性と同様に睡眠耐性も落ちているらしい。
それでも一週間起きていられるだけで十分化け物の部類に入るだろう。……まぁ、俺の背にいるのは化け物なんかではなく愛くるしい天使だ。
それはそうと、密着しているせいか、紗奈を支えている俺の背中や両腕に女の子ならではの柔らかさが直に伝わり、ぶっちゃけ、俺のハートのビートは激しくタムタムしており、風が吹く度に香る紗奈の甘い匂いが俺のシンバルを掻き立てる。
一週間風呂に入っていないJKの香りが甘いなんて変態っぽく聴こえるかもしれないが、実はイドラさんの所有している【浄化】という遺物によって毎日キレイキレイしてもらっていたらしい。
そういうところ、悪人になり切れないのがイドラさんだなぁと思う。
ビルの前でしばらく待っていると、黒塗りのミニバンが俺達の前に止まると同時に後部のスライドドアが開かれる。
「紗奈たん!」
美也子さんが慌てて車から降りてくる。
「咲太、紗奈たんはだいじょうぶなのか?」
アワアワしてる美也子さんが俺の肩を揺する。
「ちょ、美也子さん。紗奈起きちゃいますから!」
「あぁ、すまない、つい……」
「大丈夫です。紗奈はただの寝不足です。ここ一週間寝てなかったらしいので、今は寝かせて上げてください」
「そうか……よかった……」
紗奈が無事な事を知って、美也子さんは胸を撫で下ろす。
「ほれ、咲太。お前も疲れているだろ? 紗奈たんを渡せ」
「いや、大丈夫っす。紗奈、軽いんで」
「そういう問題じゃない、こんな無防備な紗奈たん……この先いつ見れるか分からない、今の内に……」
「美也子さん……目が怖いっす」
紗奈に何事もなかったのを知った美也子さんは、超心配モードから解放され、通常モードに切り替わっていた。
「美也ちゃん、みんな疲れてるんだから、そんな事しないで早く移動するよ」
金髪のイケメンが車の窓から顔を出して、美也子さんをなだめる。
車両担当の海さんだ。うちの課で美也子さんをなだめられる唯一無二の存在だ。
「海さん、迎えありがとうございます」
「お疲れ様、これが僕の仕事だから感謝なんていいさ。それにしても、やっぱり咲太君は凄いね。僕達が一週間何もできなかったのに、ものの数時間で解決しちゃうなんて……」
「いえ、俺一人の力じゃないですよ」
魔力探知という非科学的な方法がなければ俺も苦戦していただろう。田宮に感謝しないと。
「本当に、良い男だよね咲太君は……」
うっとりした顔で、舌なめずりしている海さん……ぞぞぞっと寒気がする。この人も通常運転になってる!
「こ、こんな事やって場合じゃないっすよね、イドラさん、師匠!」
真紀達は、すでにミニバンの後部座席に乗り込んでいて、イドラさんと師匠は少し離れて俺の事を待っている様子だったので、二人を手招きする。
「咲太、こちらが?」
「はい、今件の中心人物です」
「そうか……」
美也子さんにとってイドラさんは、憑依者による被害、紗奈の誘拐など美也子さんに心配の種を植えこんだ張本人、だからか、美也子さんの表情が険しいものに変わる。
イドラさんもそれに気づいたらしく「この度は、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません……」と深々と頭を下げる。そんなイドラさんの様子に毒気を抜かれた様子の美也子さんは「話はあとで聞きます、とりあえず車に乗って下さい」と二人を車に乗り込むよう促す。
「はい、では、失礼して……」
イドラさんと師匠が車に乗り込み、俺はおぶっている紗奈をお姫様抱っこに持ち替えて車に乗り込んだ。
◇
市ヶ谷に戻った俺達一同は、日付が変わりそうな時間にも関わらず六課の事務室に集まっている。
こんな時間にとんだブラック職場だと思われるかもしれないが、こういう時もあるため普段は時間に束縛されていないのだ。
事務室についたとたん、東城さんが嬉しそうに駆け寄ってきて、「はんぞう、よくやった!」と労いの言葉をかけてもらった。
あんな東城さんは滅多に見られないだろう。
ちなみに、紗奈はまだ夢の中だ。この様子だと当分は起きそうもない。
まぁここは戦場でもないし、何かあっても俺が必ず守るから問題ないだろう。
さて、俺は今までの経緯を美也子さんに報告し、イドラさんと師匠を元の世界に戻したいとお願いした。
だが、イドラさんが直接手を下した訳ではないが、彼女の放った憑依者のせいで少なくない被害が発生した事も事実。イドラさんの境遇を知った美也子さんは頭を悩ませていたが、どうせこの世界からいなくなるんだと、イドラさんは死んだ事にするという結論に至った。
「どうしますか? 明日にでも戻りますか?」
俺はイドラさんにいつあっちの世界に戻るか聞いてみる。
「こんな事お願いする立場ではない事は重々承知しておりますが、一つ、いや、二つだけお願いをきいていただけないでしょうか?」
イドラさんは恐る恐るそう懇願すると「内容によります。とりあえず聞かせてください。聞いて私が判断します」と美也子さんが返す。
「はい、一つ目は、二週間後、父の命日なのです……何とか父の命を助けたくて……」
イドラさん、もとい幸さんのお父さん。たしか、仕事中の事故でなくなったとか……。それで、家族が崩壊したとか……。
「父さえ生きていれば、心配なくあっちの世界に戻れます」
「…………分かりました、それなら問題ないでしょう。では、二つ目を」
「ありがとうございます。二つ目は、……私を殺した臓器密売の組織を壊滅させたい……」
「――ッ!?」
「私の様な被害者を出したくないのです……、怖かった……冷たい無機質なベットの上で、一つ一つ身体の中から私を形造っている一部を抜き取られて、怖くて、悔しくて……彼らは存在し続けてはいけないと思います」
「イドラさん……」
「その組織はこの時代にいるんですか?」
確かに。美也子さんの質問ももっともだ。
イドラさんの話だと奴らと遭遇したのは、十年以上後の話。
「はい、彼らは江戸時代から存在していると……私を彼らに売ったストーカーが言っておりましたので」
「江戸時代!?」
おいおい、江戸時代って。そんな時代に臓器を移植する技術なんてないはずだ。
「色々と根深い……何かがあるかもしれない。分かりました、こちらは我々としても看過できない案件です。協力させてください」
「感謝いたします、室木様」
イドラさんは、深々と頭を下げる。
「野郎共、仕事だ! 臓器密売組織をぶっ潰すぞ!
恵美たん、連日で悪いがイドラさんの記憶を元に奴らのアジトを探し出してくれ!」
「めんどいけど、了解!」
東条さんもやる気に満ちてる……。
次にやる事が決まった。
待ってろよ臓器密売組織! ぶっ潰してやる!
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