師匠
久しぶりの連日更新です!
「何であんたがここに……」
「なんだ咲太、あのオッサンと知り合いか?」
オニール・カラン。元カラン伯爵家当主。
オルフェン王国で武人として最高峰の座に君臨していた傑物。
そして、あの忌々しいボボルッチ王に煙たがられ、将軍の座から引摺り落とされ、俺達戦闘奴隷が属する第四部隊長という不名誉な地位に追いやられてなお、俺達があの世界で生きる残る為に尽力してくれた人格者。
特に俺に対しては直接指導をしてくれた。
エリートコースと名ばかりで、いつもタコ殴りにされ、指導をしてくれたとは言えないかも知れないのだが、俺が俺のままここに立っているのは、間違いなく隊長のお陰だ。
なので、「俺の師匠だ」と真紀に返す。
俺の返しに、隊長の口元が徐々に弛む。
「がっはははは、このワシを師と仰ぐか、嬉しいぞ!」
「えぇ、短い期間ではありましたが、隊長が鍛えてくれなかったら、俺は今ここにいなかったと思います」
「何をそんなに畏まっているのだ? 貴様はもっとこう」
「あの頃とは違いますので」
おそらく、俺が敬語を使っているからだろう。
あっちの世界で隊長のしごきを受けていた時は、言葉を発する余裕なんか無かったので、会話自体あまり交わしていなかったが、何もかも気に食わなかったので結構反抗的な態度を取っていたと思う。
だが、あの頃とは違う。心身共に余裕もある。
そして、俺は今さっき、隊長の事を俺の師匠だと紹介している。
師匠を敬う事は、当たり前の事だろう。
「がっははは、そうか殊勝な事だな! それにしても、まさか貴様とこうしてまた合間見る事ができるとは、本心ではないにしろ途中で貴様を放り投げてしまった事が気がかりだったのじゃ。日に日に強くなっていく貴様を見るのが当時のワシの楽しみじゃったからな」
まぁ、俺は死に物狂いだったんだけどね……。
「何があったんですか? なぜ、隊長が国家反逆罪なんて」
状況が飲み込めず、ポカーンとしている真紀達には悪いが、ずっと俺の胸の奥につっかえていた疑問を投げかける。
隊長ほどに愛国心が強い男が国家反逆罪だなんて、どうしても信じられなかったのだ。
「貴様はワシを信じてくれていたのだな」
「えぇ。俺だけじゃない、みんな信じていました。キングレとその取り巻きを除いて」
キングレ・ドボルッチ。
ドボルッチ子爵家の嫡男で、生きていれば今頃ドボルッチ子爵家の当主になっていただろう。
オニール隊長の後釜で、俺達を痛めつける事を生きがいとしていた男だ。俺とワタルの死闘に水を差し、ワタル殺害の命令を下した張本人でもある。まぁ、それで俺に殴り殺されたのだが。
あれ? 隊長の顔が見る見る鬼の様に豹変している。
「キングレエエエエエッ!」
「うおッ!」
そして、続いて発せられた隊長の怒声はまるで怪物の咆哮の様で、俺達はたまらず耳を塞ぐ。
「キングレエエエエエッ! あの糞餓鬼ぃぃぃぃぃッ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!」
俺の声が耳に入ったのか、隊長はハッと我に返る。
「すまぬ、やつの事を思い出す度に腸が煮えくり返ってな」
「やっぱりキングレの仕業なんですね?」
「やっぱり、という事は気付いていたのじゃな?」
「えぇ。いつも隊長の事を親の仇を見る様に見てましたから。それに、隊長の後釜に座った時、これでもかって隊長に事を罵っていましたし……」
俺達でさえ聞くに堪えなかったのだ、パパ大好きのオリビア小隊長はどんな気分だったのだろうか。その事を話すと、隊長は「そうか」と短く漏らす。
「それで、先程の続きですが」
「うむ、そうじゃったな。あの日ワシは急遽ボボルッチ王に呼び出され――」
話を纏めるとこうだ。
ボボルッチに呼び出し喰らって会いに行ったら、いきなり近衛騎士団に包囲される。
↓
ボボルッチの口から、隊長が俺達を使って謀反を企てているという濡れ衣を着せられる。
↓
誤解だと必死に弁明したのだが、ボボルッチは聞く耳を持たず、見に覚えのない証拠を並べられその日の内に収監される。
↓
それでも何とかボボルッチを説得しようとしたが、弁明の機会を与えて貰えず頭を抱えていた時にキングレ現る。
――そして、当時の隊長とキングレのやり取りが、これだ。
「おぉ! キングレ、良く来た! 皆の様子はどうじゃ? ちゃんと訓練に励んでおるか? そうじゃ、貴様からも王に頼んではくれないか? ワシの近くにいたお前なら分かるじゃろ、ワシが反逆なんて考えていなかったって事を!」
「ぐひひひ」
「何を笑っておる……何がおかしいのじゃッ!」
「全く目出度いじじいだな? 国で一、二を争う将軍の座にまでついた男が、窓際に追いやられてたなら、潔く引退すればよかったものの」
「……貴様は何を言っておるのじゃ」
「目障りなんだよじじい。お前の下に何故私が配属されたと思う? 全てこの日の為だよ! 幼少期の頃から知己の仲であるボボルッチ王はお前を失脚させる為に俺をお前の下におき、お前が謀反を企てていると一言王に進言すれば私の仕事は終わりだ」
「……」
「いつもいつも人のやる事なす事にいちゃもんつけやがって!」
「……」
「でも、これでやっとスッキリしたぜ。お前の後釜にも座れたし、我慢した甲斐があったということだ!」
「貴様が隊長だ、と?」
「そうだよ! どうだ? いつもバカにしていた若造に自分の居場所を奪われて気分はよぉ!? うっひゃひゃひゃひゃ」
「くッ! なら、ワシの家族はどうなる……」
「あぁん? そんなの取り潰しに決まってるだろ? 王は、カラン伯爵家に関わるすべての者の首を刎ねろとお達しだ」
「――っ!? ま、まさか、そ、そんな事は……」
「おっ? 流石にショックか? まぁ、安心しろ。この慈悲深い私がそれについて王に上言した。当主一人の過ちで、一家諸々首を落とすのは可哀相だとな」
「おぉ、それでは!」
「お前の娘、オリビアだけは助けてやる。オリビア……あれは良い女だ。私を舐めきっているのもまたいい。壊しい甲斐があるからな。あの反抗的な女が俺のペットになるんだ……たまらないなぁ」
「貴様あああ! 娘に何をするつもりだあああッ!」
「それは、ご想像にお任せする事にしよう。おっと、お前のお古のババァと糞生意気な息子はいらないからな」
「キングレえええ! きっさまあああああああああああ!」
「まぁ、オリビアの件は、この国が大陸を制するまでお預けだが、あの奴隷どもが居ればそう難しくはないだろうなぁ! うっぎゃぎゃぎゃ!」
そして、隊長は深く息を吸い込み「そしてボボルッチは、ワシの目の前で最愛の妻と息子の首をッ!」そして叫ぶ様に吐き出す。
「ひでぇ……」
「師匠さん、可哀そうです……」
こんなビハインドストーリーがあったのか……あの糞野郎共!
じゃあ、生き残ったオリビア小隊長は?
「オリビア小隊長は、どうなったんですか!? まさか、キングレに……」
オリビア小隊長には、世話になった。
そんなオリビア隊長があのキングレの毒牙に掛かる事は悔やんでも悔やみ切れない!
「オリビアは無事じゃよ。キングレの手に渡る前に奴は戦死したのじゃからな」
良かった……。俺がキングレを殺した事が、オリビア小隊長のためになったんだな。
ホッとしている俺の表情を読み取ったのか、隊長は先程までの憎悪に支配された顔が徐々に綻び始める。そして、「それにしても、良く生き残ってくれた!」と笑いかけてくれた。
だけど、俺は素直に笑えなかった。
「二十五人もいたのに、最期は俺を含めて三人しか残りませんでした。しかも、その三人の内俺以外の二人は処刑されて……俺だけ、奇跡的にこの世界に戻って来れたのです」
「そうじゃったか……」
隊長は悲痛な表情を浮かべる。本当に表情がコロコロよく変わる。
だが、この人は、俺達の事をただの奴隷ではなく、自分の部下として見てくれていたのだろう。
「それにしても、隊長はなんで日本にいるんですか? それもここは……」
「おぉ、そうじゃったな。ボボルッチの馬鹿垂れが大陸全土だけではなく、魔王に宣戦布告をしていたのは知っているか?」
「はい」あの魔王に喧嘩を売るなんて命知らずにも程がある。
「戦況が悪化し始めた時、オルフェン王国は魔王から逆に宣戦布告を受けていたのじゃ。だが、大陸の敵国の相手もままならないのに、魔王まで相手をする事になったらすぐに国が潰れる。そう思ったボボルッチは、魔王に対して全面降伏。魔王が要求したのは領土でもなく、金銭でもなく、なぜかワシだったのじゃ。ボボルッチは喜んでワシを魔王に差し出した訳じゃ。そして、奴は戦争を続けた」
「何故? 隊長を……」
「その事なんじゃが、実際、魔王は宣戦布告などしていなかった。ワシの事を自陣に加えたかった【イドラ】殿が、窮地に追い込まれているオルフェン王国にブラフをかましたって訳じゃ」
隊長がここにいるという事で大体予想はついていたが、やっぱり【イドラ】と繋がっている。
「俺達は【イドラ】に用があってきました」
「そうじゃろうな」
「【イドラ】は上にいるんですよね?」
「うむ、その通りじゃ」
「そこに、黒髪の少女もいますか? 名は室木紗奈といいます」
「ワシは、【イドラ】殿のいる階層には足を踏み入れた事がない故分からん」
「そうですか……では隊長、俺達を通して下さい。【イドラ】に用があるんです」
「そうか! なら、ワシを倒していくがよい!」
あぁ~何となくそんな気がしてたんだよ。嬉しいそうな顔しやがってこの戦闘狂がッ!!
良いだろう。もう、タコ殴りにされていた時の俺じゃない。
俺の成長した姿をみせつつ、あの時の仕返しをしてやる!
「真紀、早紀。悪いが離れていてくれ。ちょいと師匠に稽古つけてもらうわ」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
書ける時に書いているので、不定期投稿となっている旨ご了承下さい。




