鈍感系主人公ではない!
更新が遅れてしまいすみません!
誤字修正しました。(20.12.2)
「はぁはぁはぁ、や、やばい、しんどい!」
俺の体力は無尽蔵だと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
二年ぶりに感じるこの疲労感……おそらく、これの所為だろうと、俺は真っ黒に染まった右腕を見て確信した。
全身の体力がこの右腕に吸われている感じがする。何なんだこれは……俺の右腕、どうなっちゃうんだ?
不確定要素満載の右腕を見て、少しばかり不安になる。
「サクタ! 魔力を断つのだ! 倒れてしまうぞッ!」
レレだ。
俺にぶっ飛ばされ壁に追突した際に崩れた瓦礫に埋もれているレレは、ダメージが残っているのか立ち上がる事が出来ず、倒れたままの態勢で俺にそう叫んだ。
タフな奴だ……うん? 何て言った? 魔力?
えっ? これ、魔法なの?
俺は、レレから右腕に視線を戻し、グーパーグーパ―と何度か拳を握ってみる。
身体の中心部から、右手に掛けて何かが循環するような、そんな感覚がはっきりと感じられる。
「こ、これが、魔力なのか? レレ! これ、魔法なのかッ!?」
興奮冷めやらぬといった様子の俺に対して、レレはなぜか嬉しそうな表情で俺の疑問に答えてくれる。
「そうだ! 君はまだ魔法の扱いになれていない! そんな高出力で魔力を出し続けていたら、倒れてしまうッ! 早く魔力を断つのだ!」
魔法。俺の中で異世界と言ったら、一番先に頭に浮かぶもの。オニール隊長に魔法は使えないと言われた時どんだけ落ち込んだか……。
だ、だけど、俺! 魔法が使える様になったのかッ!
心の中から言い難い何かが込み上げてくる。
分かる、分かるよ。これは俺が日本に戻れた時に感じた物と同じだ。嬉しすぎて、心臓が膨れ上がるかの様なこの感覚。
俺は、自分が魔法を行使している事に歓喜しているのだ。
今まで、戦場で敵の魔法士から幾度なくこの身に受けていた魔法を、今度は俺が使えるんだ!
「やったあああ! 魔法……だ……?」
歓喜を言葉と体で表現しようとしたその時、俺の視界がプツン、とブラックアウトする。
「だから言ったであろうに!」とレレの呆れた声が俺の耳に入ったのだが、それが本当にレレが発したのかどうかは定かではない。
◇
何だ、この感覚は……。
右腕を伝ってすっからかんな身体に温かい何かが巡っている感じがする。
感じた事のあるこの感じ……魔力? そう、これは魔力だ!
「こ、ここは……?」
目が醒め、自分の置かれた状況を確認する。ここは……部屋だ。
窓という窓は、遮断性が高そうな真黒なカーテンでしめらており、室内はランタンの薄暗い光によって辛うじて見渡せる状況だ。
入り口の面を覗いて、壁には木製の棚が設置されおり、その棚には本やワタルの隠れ家にもあった実験道具の様な器具や容器が綺麗に並べられていた。そして、筒状の透明なガラスの容器が多数あるのだが、その中には目を背けたくなる様な人体の様々な部位が容器ごとに入っており、俺に若干の不快感を与える。
さて、今度は自分の状態の確認だ。
それらの物が俺の目線よりも高いところにあるのを見ると――うん、やっぱり。俺はベッドに寝かされていた。
「そういえば、レレが倒れるから魔力を切れと何度も言っていたな……魔力切れで俺は気を失ったのか? あはは、すっげええ異世界っぽい!」
だが、せっかくレレが注意してくれたのに、魔法が使える様になった事が嬉しすぎてそれどころではなかった。悪いことをしたな……。
「俺、どれくらい気を失っていたんだ?」
部屋の外が確認できないため、今が朝なのか、昼なのか、夜なのが分からない。ただ、体感的にそんなに時間がたったとは思えない事から日付は変わってないと思う。
今度は魔力により黒く変色していた自分の右手を確認するため、布団から手を取りだそうとするのだが……そこで初めて違和感を感じる。
「えっ? な、なんだ?」
何か温かくて柔らかいモノが手に絡みついている。得体の知らない何か。だが、不思議と不快感はなく、安心する温もりが俺の右手を支配していた。
待て、サクタ。異性経験が乏しいお前でも分かっている筈だ。お前は鈍感系主人公ではないのだから!
そう、俺は分かっていた。出来ればずっと包まれていたいこの温もりは……。
俺は、フリーな左手で勢いよく布団を捲る!
「ぬぉおッ!」
予想はしていた、だが、変な声が漏れてしまう。
流れる様な灰色の髪を持つ少女。ララの娘、リリディアだ。
リリディアは、俺の右腕に絡みつくような態勢でスヤスヤと寝息を立てていた。
どういう経緯でこうなったのかは分からないが、 ひとまず、俺の腕に絡みついて寝ている所まではよしとしよう。本当はツッコミどころ満載なのだが……俺がよしとしたのは、彼女が“一糸まとわぬ”姿だったからだ。いや、下は穿いているのをみると、一糸纏った姿なのか……。いや、そんな事は今はどうでもいい!
心地よい感触を堪能したい、という男の性を振り切り、俺は、リリディアを起こさない様にゆっくりと手を抜こうとするのだが、リリディアの両腕は逃がさん! と言わんばかりに更に俺の腕を締め付ける。これはマズイと思い必死に抗うが、俺の腕がリリディアの胸の突起物に触れ、その度に、リリディアの口から洩れる艶めかしい声に俺の理性がぶっ飛びそうになる。
どうすればああああッ!?
いかん、いかん、冷静になるんだサクタ。俺には紗奈が、俺には紗奈が、俺には紗奈があああ!
ふぅふぅふぅ……あぶねぇ。
戦場では冷静さを失ったものから死んでいく。それをお前は良く分かっている筈だ!
「あぁん♡」
ジュッドオオオオオオオオン!
俺の理性が粉々に砕かれる瞬間だった。
「左手はそえるだけ……」
赤髪の天才リバウンド王の名台詞を口にし、俺の左手がボールに向かっていく。
俺の左手がボールとゼロ距離になるまであと少しいいいいい!
「入るぞッ!」
「うおッ!」
突然発せられた言葉で、俺は驚きのあまり飛び跳ねてしまう。
その勢いでスポッとリリディアの呪縛から逃れた右腕で、リリディアに布団をかぶせる。
「うむ! もうそんなに動けるのか! 大事なさそうで何よりだ!」
「お、おう。元気だぜ(色んな意味でな!)」
俺は、口から飛び出しそうな心臓を飲み込み、必死に下半身を隠しながら、最大限通常運転を試みる。
「やっぱり、姉上に任せて正解だったな!」
「うん? 任せた?」
「そうだ! 姉上は人体にも詳しく、魔力操作も国中で一番の腕を持つ! 研究者の傍ら治癒士としても国に貢献しているのだ! だから、任せたのだ!」
なるほど……。だけど、なぜ裸? 流石にレレには聞けないのだが……。
そんなやりとりをしている横で「う~ん、うるさいよ~レレ~ぇ」と目を擦りながら、リリがひょこっと布団から顔出す。
「姉上! 起きたか!」
「あんたの声が大きすぎて~起きちゃったよ~ぉ」
「それは、すまなかったな!」
「まったく~うん? あは~起きたんだ~サクタ。調子はど~ぉ?」
俺の姿を捉えたリリディアは、俺の顔を覗き込む。
その美しい表情にドキッとしつつも、俺は再び飛び出そうな心臓を飲み込む。
「あ、あぁ。リリディアが治してくれたんだってな? ありがとう。お陰で元気になったよ!」
「そ~ぉ? それはよかった~それと、リリの事はリリって呼んでっていたよね~ぇ?」
そう言って、リリディア、いやリリは俺の頬っぺたをツンとつついてくる。ここら辺は、ララとのやりとりを思い出す。
「あぁ、ごめんそうだったな。ありがとうリリ」
「うん! さて、リリも起きないと~ぉ」
「あ、ちょ、今起きたら!」
布団から抜け出したリリは、解放されたように思いっきり天に両腕を伸ばし背伸びをする、のだが……。
「姉上! 俺は家族だからいいとして! 嫁入り前の淑女が、サクタの前でその姿はどうかと思うが!」
レレの適切なツッコミに「う~ん? 何が~ぁ?」とほんわかに返すリリは、一拍置いて何かに気付いたのか、恐る恐る自分の胸元に視線を落とす。
「ふぇ?」と間が抜けた様な声がリリの口から洩れ、徐々にリリの真っ白な顔がピンク色に染まる。
そして、か細い両腕で無防備だった胸元を隠し「サクタ……?」と何か言いたげな顔をしている。
えぇ。聞きたい事は、分かってますよ。
何度も言うが俺は鈍感系主人公ではないのだからなッ!
しかし、俺はここで否定する事もできるが、そうするには無理がありすぎる。
そして、俺は嘘が嫌いだ。
正直であれ! 母ちゃんにいつも言われている事だ!
俺は真っ直ぐにリリを見つめ、右腕の親指を立て、ゆっくりと口を開く。
「すげぇ綺麗だったぜ!」
「サクタのエッチ~~~ぃ!」
「ぐぼぇええええ!」
魔力が籠ったリリの渾身の一撃を頬に喰らった俺は、ベッドから数メートル吹き飛ばされ本棚に衝突する。
「さすが……魔王の娘……」と一言だけを残し、俺はまた気を失った。
理不尽な結末ではあるが……良い思いをしたのだ、相殺としようじゃないか。
いつもありがとうございます!
金曜日までは、次話更新出来るようにします!




