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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
第8章 はぐれた男

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【回想】戦闘奴隷として④

【修正】


生き残った日本に帰るんだ → 俺は生き残って日本に帰るんだ(20.8.17)

兵士 → 隊員(20.8.17)

咲太の番号が9番になっていたので、11番に修正しました。(21.6.2)

「くそっ……腹へった」

 仰向けに横たわる俺の腹の虫がぎゅるるる~と音を立てる。


 午後の訓練に向けて俺達に暫しの休息が与えられた。

 鉄球をつけての持久走は、数時間かけて五周でいっぱいいっぱいだった。

 持久走と言っても走れたのは、最初の一周目だけ、二周目から鉄球を引きずって歩くしか出来なかった。それでも、何度か倒れ込んでしまい隊員達に足蹴にされた。


 あのオニールとかいう隊長、言ってる事とやってる事が違うじゃねぇか! 

 隊長を睨み付けると、こちらの視線に気づいたのか俺と目が合う。隊長は一瞬驚いたかの様な表情を見せたのち、ニコッと笑みを向けてきた。


 やっぱり俺達を虐めて楽しんでやがる。

 そう思った俺は、一頻り隊長を睨んだ後、軽く舌打ちをし隊長から背を向け身体を休めた。


「誰一人としてノルマである五十周を完走した者はいなかった。貴様らは、思った以上に体力も筋力も足りないようだ」


 休憩時間が終わり、俺達は再び五列に並ばされた。

 鉄球は外されているが、疲労と空腹によるものか、皆少し猫背気味になっていた。


 因みに俺達の中で最も走れたのは、隊長に質問をしていた中学生みたいな少年だった。十五周走ったらしい。彼の名前はまだ知らないが、二十五番と呼ばれていた。ビリは、言わずと分かるように九番のオッサンで二周だ。


「全員ノルマ達成するまで、戦闘訓練を除いてその鉄球をつけてもらう!」


 隊長の命令は、俺達を更なる絶望へと突き落とすが、疲れきっている俺達に反論する元気は残っていなかった。


 いや、反論しても無駄だろう。

 これは決定事項だ。オッサンみたいに変に騒いで殴られるのもシャクだし。

 そう思っているのかも知れない。実際に俺がそう思うから……。

 

「では次の訓練に移る! まずは、素振りからああああ!」


 俺達の手に竹刀位の大きさの鉄の棒が渡される。

 ズッシリとくる重さだ。

 鉄球を付けていたせいで、腕の疲労はマックスなのにこんな物振れる筈がない……

 

「ワシに続け! いちっ!」


 隊長は俺達に与えられた物と同じ鉄の棒を真上に振り上げ、真下に振り下ろす。

 至ってシンプルな隊長の動作は、鋭く、洗礼されたもので不覚にも俺は見とれてしまっていた。

 素直にカッコ良かったのだ。


「ぐぉら! 手を休めるな! 棒を振れ! にっ!」


 ボーッと立っていた俺に対する叱咤が飛ぶと、俺に向かって数名の隊員が指をポキポキと鳴らし近づいてくるので、俺は慌てて鉄の棒を振り上げると重さの余りバランスを崩し尻餅をついてしまう。


 結局隊員に殴られる羽目になった。


 素振りは三百回まで続いた。

 俺は五十回も出来なかった。

 実際に隊長のペースに合わせて三百回出来た者は、俺達の中にいないだろう。正直回数が足りなかった分、殴られるかと思っていたがそこまで鬼畜ではないらしい。


 まぁ、二百五十発も殴られた普通に死ぬしな……。


「よし、ドンドン行くぞ! 次は対人訓練じゃ!」


 隊長の言葉が皮切りに様に、隊員達が動き出し一人ずつ俺達の隣に立つ。


「貴様らの隣に立つ者達は、貴様らの仲間ではない! 貴様らの命を狩りにきた敵じゃ! 死ぬ気で生き延びろ!」

 

 持久走によって蓄積された疲労と先程の素振りで俺達は満身創痍という状態を越えていた。

 

 昨日の今日でお前は奴隷だと言われて、はいそうですかと受け入れている者は俺達の中で一人もいないと思うが、思考回路などとっくに壊れてしまっている俺達は、ゾンビの様にゆらゆらと隊員達と対峙する。


 俺の目の前には、昨日俺が突き飛ばしたギングレが立っていた。

 性格の悪そうな顔が更に拍車をかけている。

 直感で分かった、こいつは昨日俺に突き飛ばされた事を根に持っている。

 徹底的に俺を痛ぶる気だ。

 対人訓練は木剣で行われる。

 この世界の人間の力は異常だ、辺りどころが悪かったら死ぬ事もありえるだろう。


 俺は、ゴクリと唾を飲み込む。

 怖い……俺を攻撃しようとしている相手と対面する事が、これ程にも怖い物なのか。

 怖い……けど、ここで死ぬ訳にはいかない! 

 俺は生き残って日本に帰るんだ!

 俺は、ギングレを睨み付ける。


「きっさまッ、下衆な奴隷の分際でこの私にそんな生意気な目を向けるとは、よっぽど死にたいらしいなッ!」


 ギングレは、俺の態度が気に食わないらしく鬼の形相で剣を振り上げる。


「待て! 十一番、お前はこっちだ!」


 今にもギングレが襲いかかりそうなタイミングで、隊長が俺を呼ぶ。


「えっ? 待ってください隊長! この奴隷は私が!」

「黙れギングレ、こ奴はワシがみる。今日はもう上がれ」

「いや、わざわざ隊長の手を煩わせる訳には……」

「ワシがみると言ったが?」

「ぐっ……承知いたしました」


 隊長の迫力に気圧されたギングレは敬礼をし踵を返す。

 そして、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべ訓練場から去っていった。


「どうして……?」


 どうして隊長自ら……と思ったのは俺だけじゃないだろう。

 隊員達がざわざわとしている。


「うん? あぁ、貴様、先程ワシを睨み付けていたな?」


 このオッサン、俺みたいな奴隷に睨まれたからって意趣返ししようとしているのか? 


 勘弁してくれよ……。


「気に触ったのなら、謝罪します……」

「別に謝る必要はない。疲弊しきって指先一つも動かない状況で、貴様はワシを睨み付けた、ワシと目が合っても決して逸らす事無くだ。そして、先程ギングレに対してもだ。強者になる為に備えるべきは決して消える事のない闘争心じゃとワシは思う」

「はぁ」

「貴様のような男に出逢えたのは久方ぶりじゃ、貴様、名を何と言う」

「咲太です……」

「ふむ。耳に馴染まない名前じゃが番号呼びよりはマシじゃろぅ。サクタ、貴様はワシが強くしてやる」

「嫌な予感しかしないのですが……因みに拒否権は……」

「ないッ!」

「ですよね……」


 隊長と言う地位にいる位だ、部下の教育に関する様々なノウハウを持っているだろう。

 チラッと他のメンバー達を見ると、相手の隊員にボロ雑巾の様に扱われていた。対人戦という名ばかりの淘汰だ。

 あれよりはマシな訓練を受けられるだろうと思い「分かりました、お願いします……」と返した瞬間――。


 俺の意識は吹き飛んだ。


 最後に目にしたのは、口角が裂ける様な隊長の邪悪な笑みだった。 

いつもありがとうございます!

明日に続き更新できればと思います。

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【余命幾ばくかの最強傭兵が送る平凡な生活は決して平凡ではない】 https://book1.adouzi.eu.org/n8675hq 新作です! よろしくお願いします!
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