たられば
「こっちだ、付いてこい」
鎧を纏った蝙蝠族の男は、宿から出てきた私に向けて、そう吐き捨てさっさとその場を後にしました。
蝙蝠族は基本ヴァンパイア族にしか従わないので、この男があの人の部下という事は自然と分かります。
「サクタさん……ワタルさん……ごめんなさい」
『部下を送る。一人で付いてこい。下手な真似をしたら、ドゥオ家とトーレス家を総動員し、貴様とその人間どもに地獄を味合わせてやる』
先程の猫人族の少女の口から出てきたギムレットの言葉です。
ギムレットの言葉だと言うのはそのままの意味で、少女の声が少女のそれではなく、ギムレットのあのキザったらしいネチネチとした声だったからです。
何らかの方法で少女の意識を乗っ取り私に近づいてきたのでしょう。
虫酸が走ります。
サクタさんとワタルさんは、人族は思えない程の強さを持っています。
正直、私ごときでは二人の底が見えません……が、ギムレットはドゥオ家とトーレス家を総動員すると言っていました。
いくら二人の強さが人間離れしていると言っても、万を超える魔族の上位種である両家の戦力に敵うハズがありません。
恩人である二人にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいきません。
どの様な仕打ちを受けるかは分かりませんが……元より二人に拾って貰った命……
私は後ろ髪を引かれる思いで、男の背中を追います。
「ここは……」
男が立ち止まった場所は、飛竜の停留場でした。
「レウィシア、またこうして合間見れるとは……つくづくしぶとい女だな」
停留場には、ギムレットが忌々しそうな表情を浮かべ私を待っていました。
そんなギムレットを私は睨みつけます。
「おやおや、そんな態度を取ってもいいのかな? 今すぐあの人族共を殺してもいいんだぞ?」
「――ッ!? やめて下さい! あの二人には手を出さないでください!」
「くっくっ、必死だな。……良いだろう。だが、次はないと思え」
「はい……」
理不尽な物言いに、私はただ首を縦に振るしかありません。
それから、私は布袋に入れられ、恐らく飛竜に括りつけられたのでしょうか、直ぐに浮遊感を感じました。
悔しい……私にもっと力があれば! 屋敷を追い出された時、樽に入れられた時、悔しい思いをした事は度々ありましたが、こんな気持ちになったのは初めてです。
それだけ、二人の存在が大きかったのだと思い知らされます。
私にもっと力があれば!
ランディスが差し出した薬を飲まなければ!
髪の毛が変色した時、もっと必死に否定していれば!
頭の中を、たらればグルグル回ります。
二人に出逢わなければ……。
◇
全身に重力が押しかかる様な感じがします。目的地に到着したのでしょう。
私は布袋に入れられたまま抱きかかえられ、地面に下ろされます。
久しぶりに地に足がついたせいか、硬いはずの地面がまるで泥沼の様に感じられ、足を取られた私は、バランスを崩し尻餅をついてしまいます。
「ふん、無様だな。とっとと立ち上がれ」
「はい……」
まるで小蠅を見る目で私を見下ろすギムレットに、私のちっぽけな自尊心が刺激され、覚束ない両足を拳で叩きその場から立ち上がります。
そして、ギムレットの背中を追い、辿り着いた先にまっていたのは……かつて、私を宝のように可愛がってくれた両親と家令の面々、そして忌々しい兄のランディス……。
相も変わらず、両親と家令達は私を仇を見るかの様に憎悪に満ちた視線を向けるのですが全く気にはなりません。
何故なら私の視線は、何が可笑しいのか口が裂ける位の笑みを浮かべる兄に向かっていたから。
そんな中、「貴様よくもぬけぬけとッ!」と、お父様が私に対して怒りを露にします。
以前と同じ様に拒絶されている私の心は張り裂けそうになります。
おかしい……以前ならこんな事、あまり気にならなかったのに……。
……あっ、私は知ってしまったのだ。
本当の人の温かさに。
あの二人が私の心に刻んでくれた、心に。
心臓を握られているかの様に胸が苦しい……あれ程優しかったお父様、お母様、いつも私を最優先で接してくれた家令のみんな……もう、あの時には戻れないと思うと次第に涙が溢れだします。
もう後悔はしたくないと思った私は、声を荒げます!
「お父様! 私がこんな事になったのは、ここにいるギムレットとランディスのせいなのです! 私はギムレットが呪いを込めた薬をランディスによって飲まされ、魔法が使えなくなり、髪の毛もこんな事になったのです!」
あの時言えなかった思いの丈をぶちまけます。
すると、お父様はプルプルと震えながら「なんと言う下種な娘だ! 自分の落ち度をギムレット様や兄のせいするとは! 恥を知れ!」と私を叱咤します。
ランディスは、「お前の言葉は誰も信じないんだよ!」と言いたそうに私に卑下た笑みを浮かべます。
あぁ、もう無理なんだ……もう、私はトーレス家の娘に、いや、お父様とお母様の娘として戻れないのか……と直感で悟りました。
屋敷を追い出された時には既に気づいていたはず……だけど、一筋の希望に縋り付いてみたのですが……それは、余計に私の心を抉る物となりました。
「ギムレット様! こやつは、我がトーレス家の恥。どうか私目の手で引導を渡したく!」
「好きにするが良い」
ギムレットの了承を得たお父様は、家令に持たせた自身の愛剣を引抜き私を睨み付けます。
「我がトーレス家の恥。それなら、当主である私が責任を持ってお前を断罪する義務がある!」と言って、お父様は愛剣を私に構えます。
お父様にもらったこの命を、お父様の手で奪われる。
別に悪い事ではないのかもしれない。
――もう疲れた。
――早く楽になりたい。
次に生まれ変わったら、貧しい家でもいい。お腹一杯に食べなられなくてもいい……。
ただ、愛情を私に注いでくれれば!
そう胸に願う私の首に向けてお父様は、刃を振り上げます。
ちゃんとお別れ言えなかった、二人の恩人との短い日々が走馬灯の様に流れていきます。
「ごめんなさい……」と呟き私は目を瞑ったその時でした。
「レウィィィィィィ!」
この声は、サクタさん?
「レウィぃぃぃぃぃ!」
この声は、ワタルさん?
私が声のする大空へと視線を向けると、巨大な飛竜の背から今にも飛び降りて来そうなサクタさんおワタルさんがいました。
いつもありがとうございます!




