嬉しい気持ち
更新が遅くなり申し訳ございません。
ララは宿の従業員から受け取ったメモに目を通し、まるで遠足に行く前の日の様なワクワクした表情になる。
「何かあったのか?」
「少し野暮用が出来て出発を明後日にしてもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「俺は構わないけど」と言って、伺いを立てる様にワタルを見る。
「そうだね。ララが飛竜を用意してくれるという事でかなりの時間短縮になるから問題ないよ」
ガンゲルグの話だと飛竜を持つ事が出来るのはこの大陸の上位種族のみなので、俺達だけじゃ飛竜を用意する事はできないだろう。
それを加味すると、ワタルの言う通り、俺達だけで魔王の居城があるバンカ―サイドまで一日で行けるなんてありえないだろう。
「じゃあ、決まりだな」
話が纏まった俺達は、今度こそ席を立ち、部屋へと戻った。
◇
――咲太達が再会して間もなく、ギムレット・ドゥオ・ルートリンゲンは数名の部下を伴いイトの町に到着していた。
飛竜から飛び降りたギムレットは、「ご苦労であった。帰りも頼む」と長年連れ添っている相棒の頭部を撫でる。
そんなギムレットの背後から、「これはこれは! ギムレット様、ようこそいらっしゃいました!」とかすれた声の出迎え。
ギムレットが声をする方へと振り向くと、そこには額に一本の鋭い角を生やした鬼人族の老人が立っていた。
「久しいな、ケルン」
「えぇ、ご無沙汰しております」
「早速だが、人族の大陸との定期便はいつ到着するのだ?」
「定期便なら、数刻前に既に到着しております」
鬼人族の老人、ケルンの答えに一度考え込むような表情を浮かべたギムレットは、再びケルンに向かい口を開く。
「定期便の乗客の足取りを追いたい」
「ほぅ、早急に調べさせましょう。して、その乗客とは?」
「貴殿も聞いたことがあるだろう。“トーレス家の恥”」
ギムレットの言葉に、ケルンの眉が一瞬吊り上がる。
「レウィシア様でございますね?」
「あんな雑魚に様付けする必要などない!」
「――っ!?」
涼しげな表情から一変、不機嫌になったギムレットが声を荒げた事で、ケルンの全身に緊張が走る。
トーレス家でもない、ドゥオ家のギムレットがなぜこれほど過剰に反応するのか、歯がゆさが押し寄せてくるが、そんな事を考えるよりも優先すべき事は、この賓客の機嫌を取る事、「た、大変失礼いたしました」と即座に謝罪する。
「もう良い、いつもの宿にいる。あの娘の捜索は任せた」
「御意に」
言葉とは裏腹に、まだ不機嫌さを残したままギムレットはその場を後にした。
◇◇
◆ レウィ視点
イトに到着した次の日。
私はワタルさんとサクタさんと三人でイトの町を散策する事になりました。
因みにララさんは商談があるため、夕方まで別行動をとっています。
市場を覗いてみようというサクタさんの提案で市場に足を踏み入れた私は、今まで感じた事のない溢れんばかりの活気に、やや気後れしてしまい足踏みをしていると、二つの温かい手がそっと私の背中を押してくれました。
驚き、振り返ると、そこには二つの優しい笑顔……。
思えば、この二人に出会う前は、こんな賑やかな場所に足を踏み入れた経験はありませんでした。それが原因かも知れません。
盗賊団から私を助け出してくれ、温かいご飯と寝床を与えてくれた命の恩人。
長い事忘れていた、人のぬくもりと優しさを感じさせてくれた心の寄木。
心身ともに返しきれない恩を、私はこの二人に返す事が出来るのでしょうか?
そんな事を考えながら二人に付いて行くと、「レウィ、欲しい物とかあったら遠慮しないで言ってくれ」とサクタさんが私に言いました。
「いえ、そんな!」
これ以上、お世話になる訳にはいきません。
「ふふふ、そんなに遠慮しなくてもいいよ。君は僕達の仲間であり、友人だからね」
「な、仲間? 友人?」
ワタルさんが口にした仲間、友人という言葉……これまで私の事をそう呼んでくれる人がいたのでしょうか?
私の人生が狂ったあの魔の儀まで、確かに家族や屋敷の使用人達は私に良くしてくれていたけど、それは飽く迄私の髪の色が白金だったから。
結局、トーレス家が成り上がるための道具として大事に扱われていただけ。
あの屋敷を出て、その真実に辿りついた事で私は色々と割り切る事ができました。
それに比べて、この二人は何の見返りもなく私に良くしてくれる。
それが仲間であり、友人なのでしょうか?
よく理解出来ず黙り込んでしまうと。
「あれ? 俺達はレウィの事をそう思っていたけど、迷惑だった?」
「い、いいえ! 迷惑だなんて!」
そんな、迷惑に思うわけないじゃないですか! 何の価値もない私に、こんなに良くしてもらって……。
「何か暗い顔してるからさ、押しつけがましいのかと思ってさ」
「違うんです! 私、その、今まで仲間とか友人とかいた事が無くて……その、どう反応すればいいのか分からなくて……」
「そうか! それならよかった!」
サクタさんはホッとした顔で私の頭に掌を乗せます。
「良く分からないなら、沢山甘えればいい。俺達もレウィに沢山甘えるし。俺達は他人で、育ってきた環境も違う。友達だからと言っても、ムカつくところもあるし、嫉妬するところもある。そんな他人だけど、悲しい事や嬉しい事があった時に真っ先に話したくなるそんな存在が友達というものだと思う。俺とワタルはレウィとそんな関係になりたいんだ」
「私が……なれるのでしょうか?」
「僕達はもうなっていると思っているよ。レウィはゆっくり時間をかけてなればいいさ」
「うぅっ……ありがとうございます。わ、私、家族から捨てられてから色々と分からなくなって……」
無意識に私の両目から涙が滲み出ます。
この涙が悲しくて流れている物ではなく、嬉しくて流れている涙だと、私は即座に理解しました。
なぜなら、胸の辺りがすごく暖かくて全身の毛穴がぶあーって開いたかの様な、そんな気分になっているからです。
私が泣いた事で、サクタさんとワタルさんは思いっきり慌てていますが、今はそのままにして置きたいと思います。
私をこんなに幸せな気持ちにしてくれたお返しとして。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次話は、今回の様に時間を空けずに更新したいと思います。
次の話は、ギムレットとレウィが対峙します。
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