人族様の逆襲
「ぐぐっ……」
蜥蜴は必死に槍を引っ張り、俺から奪い返そうとしてるのだが、ピクともしない事に段々と焦りが表情に滲み出る。
「どうした? 下等種族に力負けしてるぞ?」
「な、なんなんだ貴様ッ! こんな馬鹿な事が……」
蜥蜴は俺の挑発に反応する余裕などないらしく、ジワリと額に汗を浮かべていた。
「必死だな? そんなに欲しいなら返してやるよ。ほれ」
「どわっ!」
俺が矛先を放した反動で、蜥蜴はバランスを崩し地面に尻餅をつく。
魔法で具現した武器なら、消してまた具現すればいいものの、蜥蜴はあまり頭が回らないらしい。
「どうだ? 下等種族も中々やるだろ?」
蜥蜴は直ぐに起き上がり、皮肉たっぷりの俺を睨みつけるが、その細長い瞳孔は、怒りと戸惑いが混ざった酷く曖昧なものだった。
「調子に乗るなよ? 人族はその弱さ故にずる賢い小細工が得意だという、貴様も何か小細工をしているに違いない! 卑怯者がっ!」
なんだそりゃ?
あっ、こいつはあれだ。
自分の思い通りにいかないと、都合良く脳内変換して自分を慰める精神病を患っているヤツだ。
「意味が分からん。何で俺がそんな面倒な事をしなくちゃいけないんだ?」
「黙れ! 小細工なしで貴様如き下等な人族などに俺様が力負けするなど有り得ぬッ!」
蜥蜴は両手で槍を構え腰を落とす。
その鋭利な矛先は、とても下等種族に向けたものとは思えない、まるで強者と対峙している様な、そんな一分の隙すら感じさせないものだった。
蜥蜴は口では罵詈雑言を浴びせるも、動物としての本能が俺に対して警告を鳴らしているのだろう。
圧倒的弱者に対して何故に自分はこれ程に警戒しているのか、不思議に感じているはずだ。そんな不安定な感情が見て取れる。
「確かに人族は、お前達の様な魔族に比べれば力も魔力も弱い。それを補うために頭を振り絞って勝つための小細工をするのが悪い事なのか? もし、お前がその小細工で死ぬ事になったら、同じ事が言えるのか?」
一心に俺を睨み付ける蜥蜴は、奥歯をギリギリと噛み締める。
「それに、自分に出来る事を全て出しきらないと、相手に失礼だろ? だから……見せてやるよ俺の本気を!」
俺は力の及ぶ限りの殺気を蜥蜴に向ける。
俺の本気が、上位魔族にどれだけ通用するのか知りたい。
悪いけど実験台になってもらうぞ?
「なななな、な、なん、なんだ!?」
蜥蜴は毛穴という毛穴から冷汗が溢れだす。
全身は小刻み震えており、それによって俺に向けていた矛先はまるでオーケストラの指揮棒の様に標的を定められない。
ミミやタムタムをはじめとする兎族達も、実際に俺の殺気を当てられている訳ではないのだが、その余波によって、長いウサミミはペタンとたたまれており、身を縮こまらせブルブル震えていた。
「……いくぞ」
俺は簡略に一言だけ口にすると、
聴こえているのか、それとも本能によるものなのか、蜥蜴は未だに覚束無い矛先を無理矢理俺に向ける。
俺はその様子を見届けてから、右足を踏み込む!
ズドン! という爆発音と共に、俺がいた地面には隕石でも落ちたかの様な小規模なクレーターが発生する。
蜥蜴の目には俺が瞬間移動でもしたかの様に、急に現れたと感じているだろう。
蜥蜴は驚愕のあまり目ん玉が飛び出すかと思う程に両目を見開く。
俺は身体を捻り右拳を後ろに引き、遠心力を用いて、捻った身体を戻すと同時に力一杯蜥蜴の腹部目掛けて拳を振り上げる!
驚愕と恐怖のあまり、硬直している蜥蜴は成す術なく俺の拳受け入れる事に。
俺は蜥蜴の腹部に拳が到達する前に拳を止める。
所謂寸止めというヤツだ。
このままこの拳が蜥蜴に直撃すれば、恐らく蜥蜴の身体に風穴が空く。
直感的にそう思ったからだ。
こいつには使い道があるから死んでもらっては困るのだ。
「ぐっぶぁ、ぐぅっあああはああはあぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」
寸止めであっても俺の本気の拳をまともに喰らった蜥蜴は、身体がくの字に曲がり、一拍間を置き空高く打ち上げる。
「ーーーーーーーーーーーーーぁぁぁぁぁああああああ!」
そして、重力により打ち上がった時よりもかなり速いスピードで蜥蜴が落下してくる。
「戻ってきたか。おっ?」
蜥蜴が俺の頭上に差し掛かってきたところで、蜥蜴が飼い慣らしているレッサードラゴンが、その両翼をたたみ猛スピードで主に向かう。
「偉いな、命令されなくても主を助けに行くのか。――だけど」
俺は落ちてくる蜥蜴に向けて思いっきり飛び上がる。
そして、レッサードラゴンの顎が蜥蜴をキャッチするや否かのタイミングで、俺は蜥蜴の首根っこを掴みそのまま着地すると、泡を吹いて呑気に気絶している蜥蜴を地面にポイっと投げ捨て上空を見上げる。
「ギィヤシャアァッ!!」
レッサードラゴンは、主を俺に取られた事で怒っているのか、先程主を救おうしていたその顎とは違い、獰猛な牙を俺に向けて襲い掛かってくる――――が、俺は冷静にレッサードラゴンの牙を両腕で抱き締め、そのまま背負い投げの要領でレッサードラゴンを地面に叩きつける。
ドーォン! という巨体が地面に叩きつけられた衝撃は、レッサードラゴンにかなりのダメージを与えたと思われる。
現に「ギュッ……」と弱々しい鳴き声を発し、起き上がれないレッサードラゴンを見ればそれは明確だと言える。
「ま、まて……そ、ソイツ、に、手を出すなッ」
いつの間にか意識を取り戻した蜥蜴は、まさに死に体といった様子だが、足を震わせながら立ち上がる。
恐らくヤツの腹の中身はグチャグチャになっているだろう。
それでも起き上がれるのは、さすが魔族の上位種族と言えるだろう。
「タフだな?」
「フゥ、フゥ、た、だ、だまれ。ソイツに、近づくなッ」
「なんだ? 随分と大事してるんだな。別にコイツを傷つけるつもりはないよ、使い道もあるし……で、どうだ? 人族様も中々やるだろ?」
「フゥ……何故、人族如きにこれ程の力が……」
「人族だろうが兎族だろうが皆が皆弱い訳じゃないってことだよ、死ぬ程鍛えれば魔王にだって勝てる!」
まぁ、俺は少し特殊だけど間違っていないはずだ。
「ま、魔王様にだと……? 何を馬鹿な事を」
「まぁ、それはいいや。それで? まだやるか? やるっていうなら――今度は当てるッ!」
俺は再度殺気を込めて、右拳を蜥蜴の目の前に突き出す。
「こ、降参だ……」と、蜥蜴はその場で倒れ込み、再び意識を離す。
辺りにしばらく静寂が満ちる中、俺はミミ達の方へと振り向く。
そして、右拳を天に突きだして、「ミミッ! 借りは返したぜ!」と叫ぶと、一瞬の間を置いて、里の皆による大歓声が響き渡った!
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