雪兎族の里
「調子はどうだべか?」
俺はその問いかけに答えるより、老人のウサミミから目を離す事ができなかった。
てか、老人のウサミミって需要あるのか?
「どうしたべか? ギギの耳に何かついてるべか?」
「ギギ?」
「ギギの名前だべ」
一人称、名前呼びかい!
「俺は咲太って言います。もしかして、ギギさんが俺を助けてくれたんですか?」
「いんや、お前さんの事を浜辺で見つけて、ここまで連れてきたのは孫のミミだべ」
どうやら俺は陸にたどり着いていたらしい。
「そのミミさんは? お礼をいいたいのですが」
「ミミは山に山菜を取りに行ってるべ」
あれ? 俺のこと浜辺で見つけたって言ってなかったか?
俺の疑問が顔に出ていたのか、ギギさんは「この村は海と山に挟まれているべから、山の幸も海の幸も堪能出来るべ」と丁寧に教えてくれる。
「それより、ここはどこですか? 俺、船で魔大陸の【イト】という町を目指していたんですが、嵐に巻き込まれて……」
俺が海に流された経緯と説明をするのは手間だし恥ずかしいので、巻き込まれたという事にする。
「そうだべか……」
「はぐれた仲間とも早く合流しないと……」
はぁ~ワタル怒ってるんだろうな……。
合流したら今度は説教の嵐だろうな……気が重い。
「この里には特に名前はないべ。ギギ達の様な雪兎族が住まう里だべ」
「雪兎族?」
「んだべ。ギギ達の様な白い耳と尻尾を持つ兎族の事を呼ぶんだべ」
ギギさんは、ほれとその名の通り雪の様に白い耳と尻尾を俺に向ける。
いや……老人に尻を向けられても……。
「そうなんですね……兎族は他にも?」
「んだべ。代表的なのは黒兎族、赤兎族だべ」
黒兎族は兎族の中で最も魔法に長け、赤兎族は兎族の中で最も武闘派だという。雪兎族は魔力も力も弱いがその代わり敏捷や隠密に長けているそうだ。
そして、ギギさんから、赤兎族は喧嘩ッ早いらしく見かけたら逃げる様にと教えられた。
人族は魔族に比べると力も魔力も弱い。
ギギさんは人族である俺を案じてくれてるのだろう。
良い人に助けられたと改めて思う。
「それで、【イト】にはどうやって行けば良いんでしょうか?」
「この里の東部に巨大な樹海が広がってるべ。んで、その樹海を抜けると【イト】だべ。ただ、樹海は迷路の様に複雑で正しい道を知らないと抜けるのに一苦労だべ、それに危険な魔獣も彷徨っているべ。お主の様な人族にでは……」
「迷った挙げ句に魔獣に食い殺されると?」
言いにくそうにしているギギさんの言葉を代弁すると、ギギさんは浮かない表情で頷く。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。俺、こう見えても結構強いんで」
「フム……」
ギギさんの表情は変わらない。
「じっちゃん、戻ったべ!」
勢い良く部屋の扉が開かれる。
「ミミ、いつも部屋に入る時はノックをしろと言ってるべ!」
「んな事より、これを見るべ! 大量だべ!」
「はぁ~おめぇという奴は……客人が目を醒ましたべ。挨拶するべ」
注意を聞き入れない孫に、ギギさんは肩を落とす。
「おっ? 起きたべか!」
ギギさんを力ずくで押し退けて現れたのたは、紗奈くらいの年頃の少女だった。新雪の様なミディアムレイヤーの頭上にはギギさん同様に白い耳がピンと立っており、垂れ下がった大粒の瞳は保護欲をかき立てられるかの様だ。
「君が俺を助けてくれたんだってな、ありがとう!」
「助けたなんて大袈裟だべ、助かったのはおめぇさん自身の力だべさ!」
「それでも見ず知らずの人間を自分の家に運び入れるなんてそうそう出来る事じゃないさ。俺は咲太、ミミって呼んでもいいか?」
「構わねぇべ! ミミもサクタと呼ばせてもらうべ」
「あぁ、よろしくな」
ベッドから立ち上がろうとすると、再び勢い良く部屋の扉が開かれる!
「ミミ! 大変だべ! 奴がきたべ!」
と、ミミと同年代の雪兎族の少年が大慌てで部屋に入ってくる。
「むむっ、しつこいべ! 何度言えば分かるんだべか?」
「それが今日はいつもと様子が違うべ! 本気度が違うべ!」
「何訳の分からない事を言ってるべか?」
「ミミ、誰なんだ?」
「赤兎族の族長のバカ息子だべ」
赤兎族……って、好戦的な種族って言ってたな。
「そのバカ息子がどうしたんだ?」
「ミミを番にしたいとさ」
「族長の息子ならいいじゃないか? 何が気に入らないんだ?」
「タイプじゃないべ!」
ミミはぷっくりと頬を膨らませてる。
「あははは、タイプじゃないならしょうがないよな」
「んだべ」とミミは頷く。
『ミミっ! いるの分かってるべ! ささっと出てくるべ!』
「はぁ~仕方ねぇべ、いつもの様に軽くあしらってくるべ」
気が乗らないのか、ミミは重たい足取りで部屋を後にした。
「大丈夫ですか? 一人で行かせて」
「問題ないべ。子供の戯れみたいなものだべ」
そういうけど、さっきの少年はいつもと様子が違うって言ってたし……。
「少し様子を見てきます」
俺はミミの後を追うように部屋を出た。
◇
「な、なんだべこの状況は?」
ミミが驚くのも無理はない。
赤兎族のバカ息子はいつも数名の破落戸を伴って軽い嫌がらせを仕掛けてくるだけなのだが……ミミの目の前には、里の者達がロープで縛られて一ヶ所に集められその周りを赤兎族の武装した兵隊達が囲っている。
「よぉ、ミミ! 今日こそ良い答えを聞かせるべ!」
兵隊達を背後に一際大きい赤ウサミミの男がプロポーズには余りにも武骨な物言いでミミに迫る。
「タムタム! あんた里の皆に何をしてるべか! 早く皆を解放するべ!」
「あぁん? それはおめぇの返答次第だべ! 大人しくタムタムの番になれば、直ぐに解放するべ。タムタムは赤兎族の次期族長が約束された男だべ。タムタムと番になりたい雌なんて五万といるべ、そんなタムタムのどこが気に入らねぇべか!」
「タイプじゃねぇべ! 生理的に受け付けねぇべ! 何度言えば分かるべか!」
ミミの言葉がヤリの様にタムタムの胸に容赦なく突き刺さるが、
「くっ……なんておなごだべ……だけど、それが堪らないべ!」
頭上に生えているウサミミの如く、真っ赤になった頬を両手で包みウネウネと身体を捩るその様子に、ミミの背筋が凍りつく。
このタムタムという男、屈強な体躯に似合わず女性に罵られる事に快感を覚える変態なのだ。
「とにかく、皆を解放するべ!」
「お前次第だべ! さぁ、タムタムの番になると宣言するべ!」
勝手な物言いのタムタムに、ミミは苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「そのゴミを見るかのような視線……堪らないべ~」
タムタムにはご褒美になってしまうのだが……。
「ミミ! そんなバカ息子に従うことねぇべ!」
「とっとと自分の里に帰りやがれ! バカ息子が!」
捕らわれの身になっている雪兎族の者達が一同に騒ぎ立てる。
すると、タムタムは背中に吊るしているハンドアクスを手に持ち、自分の事をバカ息子と罵った雪兎族の男達の元へ歩きだす。
「タムタムは、雌に罵られるのは堪らなく好きだべ……だげどな、雄に罵られるのは我慢できねぇべえええっ!」
タムタムは鬼の形相で、ハンドアクスを振り下ろす!
ビューーーン!!
「いでっ!」
何かがぶつかった拍子に、タムタムのハンドアクスが一人でに吹き飛ぶ。
「そんな迫り方で本気でミミを落とせると思ってるなら、そのめでたい頭を医者に見て貰った方がいいぞ?」
「出てきちゃダメだべサクタ!」
ミミは俺の登場に慌てる。
その様子に面白く無さそうにしているタムタムは、「おめぇ何者だべ? 何でミミの家にいるんだべか?」と殺気を向ける。
「ただの人族だよ、ミミに助けられたな」
「脆弱な人族が……タムタムのミミを呼び捨てにするなぁぁっ!」
「ミミの反応を見る限り、ミミはお前のではないと思うんだが?」
「下等種族がッ! ただじゃおかねぇべ!」
怒りを露にしているタムタムに付随して、タムタムの兵士達も俺に殺意を向ける。
「サクタ逃げるべ! 人族のサクタじゃなぶり殺されるのがオチだべ!」
「大丈夫だ、俺はこう見えても強いんだぜ? それに、これから魔王と一戦交えるかもしれないのに、こんな所で躓いていちゃ話にならないだろ?」
「何を……」
「心配するなって事だよ」
俺の言葉が理解不能なのか、混乱しているミミの頭を軽く撫でる。
その際にウサミミの付け根に手が触れるとミミの口から「ひやぁっ」と可愛らしい声が漏れ、両手で頭を押さえ込む。
そして、うさみみは両方ともペタンと折れ、しおらしい事になっている。
これは癒される……
「殺す……」
そんな俺達のやりとりを見ていたタムタムは、兎とは思えない獰猛な肉食獣の様に牙を剥き出しにしている。
ヤル気満々って訳ね……。
それじゃあ一丁、兎族一の武闘派というのを見せてもらおうじゃないか!
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
兎族達の訛りはこう言うものだと思っていただければ幸いです;;
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