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10 生まれ変わって2

ジェニファー視点というより、ジェネヴィーヴ視点

基本的には一人称ですが、意図的に三人称にしているところがあります。

ご了承ください。

読みにくかったらごめんなさい。





 中へ入ると、黒髪の女性がこちらを見ていた。


「初めまして。ようこそ、ジェニファー様。私はヘインズ子爵が妻、シェリルと申します。どうぞこちらへ」


 ソファーへ促され、対面に座る。


「驚かせてしまってごめんなさいね。ちょっと話があって、前世の事で」


 その言葉に、思わず身を構えてしまった。


「アーネストから聞いたわ。貴女の前世の事を」

「それと夫人は何か関係が?」

「えぇ。ちょっと待ってね」


 立ち上がって入ってきたドアとは別のドアを開き、誰かを招く。

 入ってきたのは、前世の護衛と顔が瓜二つの女性だった。


 ダーシー?


 私は呆然としたまま彼女を見ると、女性は笑顔で返してきた。

 彼女は夫人の隣に座ると、夫人が紹介してくれた。


「彼女はステイシー・バックリー伯爵夫人よ」

「初めまして」

「お初にお目にかかります。ジェンクス侯爵が長女、ジェニファー・ジェンクスと申します」

「丁寧なご挨拶ありがとう」






 すると二人は目を合わせて、ソファーから立ち上がって、私に向かって片膝をついた。


「え」

「この日を待ちわびておりました。私の前世はダーシー・ベンサム。覚えておりますでしょうか?」

「……ダーシー?」


 やっぱり……!

 でも……ヘインズ子爵夫人は?


「私は姿が変わっているので分からないかもしれませんね。久方ぶりでございます。あの様な別れ方で大変申し訳ございませんでした。私の前世はホリー・コリンソン。覚えておられるでしょうか?」


 え、そんな……!


「ホリー……なの?」

「はい。今世は前世の姉に似てしまいまして。……少々病弱ですので、剣を長時間振る事が叶わず辛いですよ。それと、アデラさんの伝言を聞きました。あの手鏡、持っていてくださったのですね」


 手鏡は前世のお守りだった。

 安物だったけれど、『ジェネヴィーヴ』にとっては宝物だった。

 それを知っていたのは、前世の侍女達しかいない。


「アデラったら……そんな事をしていたの?」

「えぇ、夫が……まぁ、前世の騙された相手なのですけれど、覚えてて……」


 前世のあの顔が浮かんだ途端、冷静になってしまった。


「……涙が出そうだったのに、一気にひっこんだわ。その体制は辛いでしょう。まずは皆で座りましょう」






 皆で座り直したあと、悪戯成功とばかりに二人はにこりと笑った。


「驚きましたか?」

「驚きっぱなしよ。もー……こっちは何言われるかハラハラしてたのだから」


 私が口を膨らませると、二人は苦笑した。


「ごめんなさい。あと、前世の事についてはご両親に報告してあります」

「へぇ!?」


 思わず変な声が出てしまった。


「色々あってジェンクス家の方には、私や夫の前世の記憶がある事を伝えておりますので。びっくりしていたみたいですよ。今後、娘として見えるかしらって心配しておりましたね」


 ちょっとよそよそしいと思ったのはそれか。


「アーネストの事も進めたいのですけれど、ジェニファー様の意志が優先ですからね。気長に待ちますよ」

「……『ホリー』が義理のお母様なら悪くないかも」

「あ、そういえば、言い忘れていました。アーネストはヘインズ家は継ぎませんよ」


 え、そうだったかしら?


「どうして……あ!」

「気づきましたか? アーネストは私の子ではありません。聞いていると思いますが、今の国王の子なのです。うちで引き取る時に侯爵位を頂き、土地も今は北のヘインズ領と呼ばれるところになります。もちろん私が義母である事は変わりませんよ」

「……そうなると、家はどうするのかしら?」


 王都に作るとなると、もう土地が残っているかどうか……。


「そこはもう抑えてあります。没落した家を丸ごと頂きましたから、領にも王都にもすでにありますよ。ご覧になりたければいつでも言っていただければ、ご案内致します」

「ジェネ様。アーネストと婚約すれば、その家もご自分の自由にできますよ?」


 ダーシーの言葉にちょっと心がうずく。


「……まだアーネスト様の事をよく知らないわ。正直あの子は、前世の息子同然の子だもの。そういう目でしか見えないの」

「でしたら、デートをするのはいかがでしょう?」

「デート?」

「はい。護衛はつけますが、街で一緒に歩くだけでも楽しいですよ」


 その言葉にまた心が動いた。






「もう。そこまでして私をアーネスト様とくっつけたいのね」


 すると二人の表情が変わった。


「ジェネ様。真剣な話、他国の王族から貴女を求められてもおかしくない事をもう自覚ください」

「私は侯爵家よ。公爵家の方を優先されるのではなくて?」

「いいえ。ジェネ様もその中に入っております。今の王室には王女がおりませんから」


 そうだった。

 その場合他国の王妃候補には、上位貴族の家の令嬢が選ばれる可能性もある。


「……ジェネ様が王妃になりたいと考えるなら今のままでもいいですが、他国の王妃となると、前世と同じくらい身動きが取りづらくなると思います」


 そう言われて、前世の事を思い出す。


「それは……嫌ね」

「ですので、早く婚約する事は、ジェネ様の自由を確保する事と同じとお考えください」

「私の自由……」

「こちらとしては、もし新たに良い方が見つかれば婚約を白紙にし、賠償金はもらわないと契約する事もできます」


 あまりに破格の条件に思わず目を丸くした。


「それは……対等ではないのではなくて? さすがにうちから賠償金を支払うべきでしょう」

「これをヘインズ侯爵家が一方的に望んだ事とすれば可能です。現にアーネストがジェネ様を望んでおりますから」

「でも……」

「ジェネ様はもしかして、前世の婚約者……ランダーヌ王国の王太子の事を想ってらっしゃるのでは?」


 そう言われると、胸が痛くなる。

 確かにあの人の妻になるんだと思っていた事もあった。

 でもそれが愛と言えるかといえば、別だ。

 あの方は本気で『ジェネヴィーヴ』の事を想ってくれた。

 その事はとても嬉しかったけれど、同時にその思いを全く汲み取れなかった自分を恥じた。






「……複雑ではあるの。でも恋愛感情があったかと聞かれると、疑問なのよね。どちらかといえば兄に近い感覚だったから……」

「それでは、婚約前に一度でいいので、アーネストとデートしてみましょう。王妃になれば、街歩きすら気軽にできなくなりますので」


 微笑みながらこちらを見る顔は、もう立派な貴族夫人だ。


「……分かったわ。……もう。立派になったわね、ホリー。貴族夫人としてしっかり努めている事がよく分かるわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「ダーシーはあまり変わってないのよね〜」


 すると少しムッとした表情になる。


「少しは変わりましたよ、少しは」

「ふふっ。……前世では、貴女が育ててくれた女騎士達にはかなり助けられていたわ。本当にありがとう」


 正直彼女達がいなかったら、すぐに過労で倒れていたと思うくらいに。


「私の弟子ですもの。当然でございます」

「それにしても……私も貴女達と同じくらいの歳に生まれたかったわ」


 そう言うと二人の顔が困ったものに変わる。

 無理なのは分かってる。

 でも……正直一緒に学園生活を送りたかった。







「そればかりは……」

「まぁ……私も残念ではありますが」

「その代わり娘が同い歳ですので、気が合えば仲良くしてください。……私同様身体が弱いですが、魔獣と話せるので、いざという時に便利ですよ」

「は? 魔獣と話せる?」

「はい。身体の弱いシランキオ人の女性は女神の愛子なのだそうです。ここにくる途中魔獣を見ましたでしょう?」

「えぇ」

「ご挨拶するんだって張り切っていたのですよ」


 あれはこちらへの興味ではなく挨拶だったのか。


「……本当に話せるのね」

「はい。クリスタルにも従魔ができましたので、後ほど紹介しますよ」

「私の娘にも会ってください。ジェネ様の護衛に育てますので」

「そこまでしなくて結構よ」


 もう王女ではないのだから。






「もうそろそろ行かないと、娘達が突撃してきそうですね。部屋に案内します」

「あ、シェリル。あれ」

「あれ? ……あ!」

「何?」

「ジェネ様に会ったら言おうと思っていた言葉があったのです」

「最初にやればよかった〜」


 すると、また二人は片膝をついた。


「「この世界にお帰りなさいませ、ジェネ様!」」


 二人にそう言われて、今度は涙がこぼれる。


「……ただいま!」


 『ジェネヴィーヴ』は満面の笑みとともに、二人の元に戻ったのだった。


いかがだったでしょうか?

最後は『ジェネヴィーヴ』のラストでした。


『子ども編』については、

『ジェネヴィーヴ様が悪役令嬢に生まれ変わったら』面白いんじゃない?

それなら主人公は現代の記憶を持っていた方がいいよね?

という妄想から生まれました。


ここに入れる事はできませんでしたが、クリスタルの未来のお相手は、何とフィランダーの前世で身代わりにした男でした。

その彼がフィランダーに「俺の願い、叶えてくださるのですよね?」とせまるシーンとかも考えていました。


また、この話にちょっと出てきたランダーヌ王国の王太子も、ジェネヴィーヴを手に入れるためテナーキオ王国にやってくるという展開も考えていました。


ただ、全て考えるのは残念ながらできなかったので、『前溺』の続編はありません。

もし楽しみにしていた方がいたらごめんなさい。




今まで『前溺』と『前溺』番外編をご覧くださった皆様、本当にありがとうございました。




朱村木杏




簡易登場人物紹介


貴族ーーーーーー



ジェンクス侯爵家ーーーーー



・ジェニファー・ジェンクス……ジュードの妹。テナーキオ人。宰相の娘。ストレートな黒髪に水色の瞳。猫目の綺麗系美人。前世はシランキオ王国最後の王女にして、初代テナーキオ王の側室ジェネヴィーヴ。



・ジュード・ジェンクス……ジェニファーの兄。テナーキオ人。宰相の息子。ストレートな黒髪に水色の瞳。大きい瞳でぱっちり二重の綺麗系美形。前世はテナーキオ王国二代目宰相のウィルフレッド・ジェンクス。





ヘインズ侯爵家ーーーーー




・アーネスト・ヘインズ……クリスタル、ヴィンセントの兄。テナージャ人。ヘインズ子爵の嫡男だが後継ではない。実の父親はテナーキオ王国の現国王。前世はテナーキオ王国の二代目国王。




・シェリル・ヘインズ……ヘインズ子爵夫人(侯爵家の後継の妻)。シランキオ人。元アストリー伯爵令嬢。前世はジェネヴィーヴの護衛騎士だったホリー・コリンソン男爵令嬢。ビルに騙されていた事が原因の自殺と思われていたが、その後他殺だった事が判明する。



・フィランダー・ヘインズ……ヘインズ子爵(侯爵家の後継)。シェリルの夫。テナージャ人。遊び人令息と呼ばれている。前世はテナーキオ王国初代宰相ブレンドン・ジェンクス侯爵。前世はビルの名前でシランキオ王国に潜入していた。




バックリー伯爵家ーーーーー




・ステイシー・バックリー……伯爵夫人。テナーキオ人。シェリルの親友。剣が好き。前世はジェネヴィーヴの護衛騎士だったダーシー・ベンサム子爵夫人。


従魔ーーーーーー




・ヒュー……シェリルの従魔。雪ヒョウ似の魔獣。馬並みに大きくなったため現在は小屋で生活中。

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