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60 初めてのお見舞い1

シェリル→フィランダー→シェリル→フィランダー視点

前回の続きです。

キス事件を知らない人は前回の話を読むとより分かりやすいと思います。


 フィランダーが倒れてしまった。

 これは今まで一度もなかった事なのだ。

 私は嫁いで来て日が浅いけれど、確かに倒れる姿など一度も見た事がなかった。

 だから……。


「お見舞い行ってもいいと思うのよね」


 その言葉に三人の侍女が苦笑した。

 どういう訳か、面会謝絶なのである。

 そこまで重病なのかといえばそうではない。


「若はシェリル様に情けない姿を見せたくないのですよ」

「まぁ……シェリル様の前であんな事があった訳ですし……」


 あんな事とは……庭師のバーナビーとフィランダーのキス事件である。

 それはすぐに箝口令が敷かれ、知っている者はごくわずか。

 しかし、妻の目の前で起こった事と体調不良が重なり、恥ずかしすぎて面会謝絶と聞いた時には呆れてしまった。


「どうにかして行く事はできないかしら?」

「でもシェリル様。私もお身体の事を考えると行くべきではないと思います」


 私は身体が弱い。

 実際フィランダーは風邪をひいている。

 うつったら私も倒れる可能性が高い。


「でもね……私、一度もお見舞いってした事がないの」


 そう。

 いつも寝込む事が多かった私は、お見舞いをされた事はあってもした事はない。


「初めてのお見舞いって聞いたら……フィランダーは部屋の中に入れてくれるんじゃないかしら?」

「……それ、もう言ってみたんですよね」

「え、もうやったの!?」


 聞いてないよ!?


「でも……ダメでした。初めてと聞いて少し心が動いた様ですが、やはり風邪がうつる事を考えると難しいと」


 そんなぁ。


「なんか良い手はないかなぁ……」


 うーんとみんなで頭を悩ませた。












 部屋のベッドの上ではフィランダーが辛そうに咳をしていた。



「ゴホッゴホッ……はー……」

「お水飲みます?」

「頼む」


 トミーに水差しで飲ませてもらう。


 くっ……情けない!


 今まで風邪一つひいた事がなかった。

 それが成人になって初めて倒れてしまった。


「つらい……シェリルはいつもこんな状態だったのか。……地獄だな」

「そんなにつらいのですか?」

「あぁ。頭がガンガンする。大きい声を立ててほしくない。身体が重い。立とうとするとフラフラする」

「身体が言う事を聞かない状態ですか。……確かにそれはしんどそうですね。あ、シェリル様にお見舞いに来てもらうのはどう……」

「絶対にやめてくれ。俺が倒れるくらいの風邪だぞ!? シェリルにうつったら……」


 脳内のシェリルがベッドで苦しそうに息をしている。


『フィラン……ダ』

『シェリル!』

『あとの事は……お願い……ね』

『シェッ……シェリルゥー!』


「絶対ダメだぁー!」

「……なんか、変な想像してません?」

「脳内のシェリルが……シェリルがぁ……」


 涙声の俺にトミーは呆れ顔でため息をついた。


「……分かりました。その先は言わないでください。でも……心配の声を頂いております。それに、本当によろしいのですか? シェリル様の初めてのお見舞いが若じゃなくて良いので?」

「それは……して欲しいけど……ダメだぁー……」

「そうですか。……普段はあんなに会いたいとおっしゃるのに……強情ですね」

「シェリルのためなら……我慢できる」


 我慢なんてしなけりゃいいのに……と思ったトミーは心の中でため息をついた。











 トミーが来たと言うので許可をすると、彼は困り眉姿で入ってきた。


「……という事ですので、説得は無理でした。すみません」

「トミーが言ってもダメなのね。ありがとう。無理言ったわね」

「いいえ! シェリル様にお見舞いに来て欲しいはずなのに我慢してるんですよ!? 訳が分かりません」

「私が身体弱いのは確かだし……でもフィランダーの風邪くらいでそこまでいかないと思うけどな」

「風邪をあなどってはいけませんが……私の水魔法でシェリル様の周りに薄い防御壁を作るのはいかがでしょう?」


 そう提案したのはネルだ。


「あー……そうよね。それなら会っても大丈夫じゃないの?」

「……おそらくどういう状態であっても今の若には難しいかと」


 フィランダーは元々かなり強情ではあるが、風邪をひいていてもそれは健在らしい。

 トミーも仕事があるので早々に部屋を出て行った。






「うーん……あ。そうだ。これ忘れてた」


 三人の侍女は私のつぶやきにちょっと首を傾げた。












 一人ベッドの上のフィランダーはなんともいえない寂しさを感じていた。


「はぁ。……シェリルが足りない」


 そんな事はいつも思っている。

 ただ……なんというかいつもよりも人恋しさがあった。


「シェリルの声だけでも聞きたい……」


 すると突然声が聞こえた。


『フィランダー? 聞こえる?』

「え……シェリルの幻聴?」

『違う違う。指輪の力だよ。ほら、忘れてない? 新婚旅行でペアリングを貴方からもらったんだけど』


 新婚旅行? ペアリング?


 風邪をひいているからか頭がうまく働かない。

 とりあえず自分の指を見ると指輪の石が光っていた。


 ……あ! 思い出した。

 話せるペアリングだ。


 それはお互いにつけていると会話ができる代物だった。


『お見舞いに来て欲しくないみたいだけど、これならいいでしょ?』

「うん……シェリルの声……美声……」

『……私そう言われた事一度もないんだけど』

「癒される……」

『まぁ……いいならいっか。それより、お手紙が届いてるよ。ランドルとルシールから。目の前で倒れたから心配だったみたいで。……えーと。早く元気になってください。シェリル様に元気な顔を見せてあげてください。だって……泣ける』

「え……そう?」

『泣けるよ! フィランダーは嬉しくないの!?』

「そりゃ嬉しいけど……」

『普通親子でもここまでしてくれないよ。本当、できた子達だよねぇ』


 確かにそうだけど。

 ……言われてみれば俺、そんな手紙を親に送った事……あったか?

 ……記憶にない。


『私、寝てばっかだったからなぁ。手紙を送るなんて発想もなかったかも』

「……俺も」

『似たもの同士だね。私達』


 そう言われてどきっとする。


 シェリルと同じ……いい響きだ。


『あ、話しすぎちゃった。もうそろそろお医者様も来る頃みたいだし……切るね』

「え……シェリル! やだ、もっと聞く!」

『お見舞いに行けたらもっと話せると思うけれど……』


 それは……ダメだぁ!


「分かった。切る……」

『じゃあね、フィランダー。おやすみなさい』


 そう言ってシェリルの声が途切れた。



ペアリングは第五章の24話に出てきます。


簡易登場人物紹介



貴族ーーーーーーー


・シェリル・ヘインズ……『前溺』の主人公。元アストリー伯爵令嬢。

・フィランダー・ヘインズ……シェリルの夫。遊び人令息と呼ばれている。



平民ーーーーーーー


・バーナビー……庭師長。セリーナの夫。

・トミー……フィランダーの侍従。童顔。

・ネル……シェリルの侍女。侍女長の娘。

・ランドル……執事見習い。この話では十歳。

・ルシール……侍女見習い。この話では八歳。


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