旅路①
セヒア国のフェアリーメイソンは、常にプルプル震えているおばあちゃんだった。
サラの顔を見ても何も言わずににこやかな顔をして、何も聞かずに部屋に案内してくれた。
清潔なシーツのベッドを用意されて、おばあちゃんに感謝を口にする。
おばあちゃんは、体をプルプル震わせながら、何度も頷いた。
ベッドと椅子と小さな机がある簡素な部屋だ。
ひとつしかベッドがないことにサラは真顔になる。
「休むところがひとつしかないな。走って疲れただろう? ベッドで休め。私は窓際で外を見張る」
セトに声をかけると、ぽかんとされた。
サラは首をひねる。
おかしなことを言っただろうか?
「いや、おれは疲れてねえよ?」
「私をおぶってきたんだぞ? 本当に疲れてないのか?」
彼はロボットの体であるが、自動人形を連続して使うと動作に問題がでると聞いたことがある。
使わないときは、スイッチを切る。
セトもそういうものだと思ったのだが、違うのだろうか。
「いや……おれは寝る必要ねえし、あんたがベッドで寝ろよ。人間は寝ないと死んじまうだろ?」
「ずっと動き続けても大丈夫なのか? 休まないと壊れないか?」
セトは平気、平気と手をふる。
「そんなやわにできてねーよ。それよりも、あんたこそ疲れただろ?」
「平気だ。二、三日、寝ないのは慣れている」
「そんな気を張るなって。あ、そーだ。エリキサーを飲むか?」
セトが鞄の中からエメラルドグリーンの石を取り出す。
それを机に置くと、雑嚢から蓋つきの茶色いポットを取りだした。
土器のような色味をしていて、そそぎ口があるものだ。
ティーポットにも見えるが、そそぎ口が底の方にあり、下向きになっている。
大きさは彼の手のひら上におさまる小さなサイズ。
中央が膨らんでいて、形は楕円形だ。
一ヶ所だけ、底に小さな穴が開いていた。
セトは蓋をとって、中を見せる。
底が丸い。
穴は見えないので、少し浮いたところに底があるのだろう。
「これは?」
「坩堝だ。この中に石をいれて、火をつけて溶かす」
坩堝を机に置くと、セトはまた雑嚢から受け皿をだす。
坩堝の中に石を入れ、彼は腰ベルトのポケットから火打ち石をとりだして素早く火をつける。
火種は、かさがたくさんある丸い木。
固そうな石がこんな火力で溶けるのだろうか。
疑問を飲み込んで、同じように見る。
しばらくすると真剣だったセトの顔つきが変わった。
「そろそろだな」
「もう溶けたのか?」
「うん。スプーンをだす」
セトが雑嚢から、スープ用の大きいスプーンを取り出す。
そそぎ口にスプーンをあてると、エメラルドグリーンの液体がゆっくりでてきた。
「ほら、溶けてる。見えるか?」
セトが坩堝の中を指差す。
中をのぞくと、石の底が液状になっていた。
「こんな簡単に溶けるんだな……」
「薬だからな。火に弱い。よし、できた」
セトは坩堝を素手で触る。
「あっちい!」
それはそうだろうと思うが、セトは手のひらを見て不思議そうな顔をする。
「……ははっ。変なの……熱いなんて……」
苦笑いをする彼に首をひねる。
「熱いのが変なのか?」
「……あー、変だな……すっげえ、変」
くつくつ喉を鳴らすセトをみて、なんでそんな顔をするのかよく分からない。
セトは穴に息を吹きかけて、火を消すと、スプーンを差し出した。
「ほら、できた。飲んでみろよ」
エメラルドグリーンに発光する液体を凝視する。
これがエリキサー。
顔を近づけると、スパイシーな香りがした。
見た目より美味しそうな匂いだ。
腹が鳴りそうになる。
サラはセトの手首を掴んで、口を開いて舌をだした。
びくっとセトの体が震えるが、気にせず舌の上にスプーンをあてる。
彼の手を動かしてスプーンをななめに。
こくり。
一口で液体は喉に流れていく。
喉ごしはよく、味はスパイシー。
美味しいものだった。
すっと体が軽くなる。血の巡りがよくなり、意識がハッキリしてきた。
怪我はないので、見た目の変化はないが、回復したと実感できる。
「すごいな。気だるさがなくなった」
微笑を浮かべてセトを見ると、彼は目を見開いたまま固まっていた。
なぜかウンディーネが現れていて、口に手をあてて、プルプル震えている。
「なんか、サラさん、えろいわ!」
えろい? なんの話だろう。
「あーん、ぱくっに慣れているし! どうして!?」
サラは恥ずかしくなり耳に髪の毛をかけた。
「すまない……つい、美味しそうで……」
食い意地がはってしまった。
「セトが使ったスプーンでも気にならないの?」
サラは首をすくめる。
「兵士たちに……その……食べさせてもらっていたから、他人のものでも気にならない……」
いけないことをしたみたいでバツが悪い。
ウンディーネは絶句していた。
戦場にでると食器なんて揃っていなかった。
スープは鍋一つでできる夜営向きの食事だったので、よく口にしていた。
皿を回すのも当たり前だった。
料理の得意な兵士がいて、にこにこしながら味見をしてくださいと言われていたので、彼の差し出したスプーンに口をつけることがよくあった。
なぜか、他の兵士は「俺も隊長に食べさせたいっ!」と叫んでいたが。
「これ美味しいですよ」と、乾燥した豆やパンをくれる兵士もいたので、一口かじっていたこともある。サラは兵士たちに餌付けをされていた。
それらを小声で説明すると、ウンディーネが「それ、下心があるから!」と、叫んだ。
「下心? 私が食い意地がはっているせいだと思うが……」
「いいえ! いいえ! 男性の前で無防備に口を開いたら、なんの想像をするか分からないわ! サラさんは胸もおっきいし、男がデレデレするボディをしているのよ! そんなサラさんにほほえまれてご覧なさい! ギャップ萌えで死ぬわよ! 即死よ! 即死! 普段、凛とした顔をしているから、余計にキュンキュンくるの! いえ、ギュンギュンよ! ダメ! のおお! いーやー! わたしの可愛い姪っこが不埒な妄想の対象になるううう! そういう振る舞いはセトの前だけにしなさい!!」
鬼気迫るウンディーネの声に、サラは圧倒されてしまいよく分からないまま首を縦にふった。
言いきったウンディーネは満足そうに何度も頷く。
サラは嘆息して、まだ固まっているセトに視線をむける。
「どうした?」
セトは背中を震わせて、気まずそうな顔をした。
「いや、なんでもねえ」
歯切れの悪い返事をして、道具を鞄にしまっていく。
サラは何気なく彼の横に立った。
「この坩堝を使うのも錬金術なのか?」
「そうそう。坩堝を使って、素材を【分解】して【再構成】するのが、人間の世界じゃ主流だな」
「そうなのか。……お前は道具を使うわずに錬金術を使っているように見えるが?」
道具を全てをしまったセトが、あーと、間ののびた声をだした。
「まぁ、おれは特別なんだよ。体がロボットだしな。だけど、素材の【分解】と【再構成】はしている」
セトは両手を開いてサラの前に向ける。
彼の手のひらをよく見ると黒い蛇の紋様がかかれていた。
位置は二つとも同じだ。
「この二頭の蛇が【分解】と、【再構成】の意味をあらわしている。これを二つ合わせて、右手だけを下にすると二頭の蛇が互いの尾を食べている図になる。
相反するものを統一する蛇──【ウロボロス】になる。錬金術の世界じゃこの蛇はシンボルマークとされているんだ。で、この蛇が錬金術の発動サインになる」
サラは手のひらのマークを凝視した。
彼が右手だけを下にしていたのはそんな意味があったのか。
「エメラルド・タブレットと言っているがあれは?」
「あー……あれは、〝錬金術の奥義を使います〟って意味だ」
「奥義?」
「一は全なり、全は一なり。という奴だ」
よく分からなくて首をひねると、セトは雑嚢からただの石ころをだす。
「この星は一人の神様が錬成したって話したよな? 神様は小さな石ころから星を錬成した」
「石……からか?」
「そうだ。【プリマ・マテリラ】っていう石だ。すべての生命の源であり、すべての素材の源。この星に存在する全ては【プリマ・マテリラ】っていう石から始まったんだ。このいしっころも、おれも、あんたも、同じ【プリマ・マテリラ】が存在しているんだよ」
石とセトを交互に見比べて眉根を寄せる。
同じものとは思えない。
セトはくつくつ喉を震わせながら、石を放り投げて雑嚢にしまった。
「おれの体は【プリマ・マテリラ】を自由に錬成する機能が備わっているんだ。
一と呼ばれる【プリマ・マテリラ】を違うものに変える。
一は全になれるし、全は一になれる。
ま、魔法使いみたいなことができるって考えりゃいーよ。
おれが魔法使いなのは、【エメラルド・タブレット】と呼ばれる仕組みがあるからだ。
体の模様があるだろ?
ここにエメラルド石が埋め込まれていて、錬金術を使うとエメラルド色に発光するんだ」
セトは得意気に話すが、どこか空想の世界の話とも思える。
高度に発達した未来が目の前にあるのは不思議だった。
「エメラルド・タブレットがあると、道具がいらないということか?」
「そ、正解」
「そうか……道具のあるなしに関わらず錬金術は、分解と再構成の過程をふまないとできないということか?」
「そうだな。レシピがある。料理と似たところがあるな」
「料理か?」
「材料を切って、まぜて、旨いものを作る。レシピ通りにやれば、旨いし、外れるとまずい。ま、奇跡的に旨くなるのもあるけど、料理はレシピ通りにやるだろ?」
食べる専門だったので料理はしたことがなかったが、兵士の料理するシーンをみたことがある。
彼は母の味付けといって、いくつかのスパイスをいれていた。
母の味──レシピ通りにやらないと旨くないとこぼしていた。
それを思い出してサラは頷いた。
「料理も食材やスパイスを変えて、色々な味を作る。人を感動させる味を作る研究をして、いろんなレシピがあるだろ? 錬金術だって一緒だ。
錬金術の場合、旨いものじゃなくて、薬だったり、金だったりするだけだ」
「……なるほどな」
「わかってきたか? 錬金術の面白さ」
セトがご機嫌で語るので、サラは質問をする。
「すると、レシピが分かれば私でも錬金術ができるのか?」
「もちろん。慣れる努力は必要だけどな」
「そうか……」
「なんか作ってみるか?」
サラは驚いて瞬きを繰り返した。




