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妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す  作者: 水木あおい
2章

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大盛りのスープ


 私は、【月光のリーベリウム】の中の主人公ヒロインに恋をした。


 一度だって理不尽に膝を折らず、懸命に努力して、健気に奮闘して、人の手に余る災厄にさえ、持てる限りの知識を尽くして立ち向かい……歩み通した道の果てに恋を実らせる、【レティシア】という女の子に。


 全力で、応援したいと思った。

 初めて彼女の物語を目にした時から、私は妹の、ファンなのだ。



 どのルートも良かった。



 王子(コンラート)は、複雑だったが。

 あんな風に愛されるなら、それはそれで……幸せかもしれない。

 いや、甘やかし溺愛系とは意外だった。


 騎士団長(フェリクス)も、意外だった。

 あそこまで余裕のない顔を見せるとは。

 乗馬を教えて、一緒に乗馬して……心の底から楽しそうに。


 医師長(ルイ)は、応援したくなった。

 お互いにちょっと奥手で、誠実ゆえに、もどかしくて。

 だからこそ、ささやかな愛の言葉が、宝石のようで。



 どのルートでも、私は墓の下だ。



 でも、その方がいい。

 豪華な寝室で、知識も教養もマナーも何もない、戦う術を何一つ持たない女の子が、どろどろに甘やかされて、見えない鎖で繋がれて、見えない檻に閉じ込められているよりは。


 そんなお姉ちゃんになるぐらいなら、断頭台の方がマシだ。


 現時点で、妹は、私を慕っている……ように、見えなくもない。


 ただ、それは私の身の内の欲望を知らないから。



「アーデルハイド様、どうぞ」



 赤毛で三つ編みの、今ではそばかすも消えて綺麗になった配膳係の少女が、木製の器にスープを盛って差し出してくれた。


 ジャガイモ多め、野菜もたっぷり。結構、肉も入っているのが嬉しい。匂いからして豚肉だろう。提供せねばならない人数と使い勝手を考えれば、塩漬け豚か。


「ありが……」


 多分、自分が思うより、疲れていたのだと思う。

 剣を振ったのこそ余興のようなものだが、予定はみっしり入っていて、考えることは多くて、歩いた距離も長くて。



 私のお腹から、くぅ~……という音が鳴った。



 しん……と、静まりかえり、永遠にさえ感じる沈黙が訪れた。

 さっき聞いたシチュエーション。


 私は、さっきの配膳係の話は聞いていないことになっている……はずだ。

 シエルあたりは察しているかもしれないが、タイミング的にはレティシアの声が聞こえたのでやってきた……という風を装った。


 何事もなかったように振る舞えばいいのか、忘れろと言えばいいのか。

 何事もなかったように振る舞う場合、ただ流せばいいのか、何か真面目な話でもすべきか。いや、腹が鳴った後に?


 求められる演技が繊細すぎて分からず、私はフリーズした。


 配膳係が差し出した器を引き戻す。

 何をするのかと思えば、おたまを鍋に入れ、器にスープを追加でよそった。

 ごろん、とした肉もある。


 そして慈愛に満ちた微笑み。



「……大盛りにしておきます……ね」



 優しい。


「無限に食べさせたい」

「いい仕事だ」

「俺の分も回していい」


 口々に好き勝手言う周囲の奴ら。

 公爵家当主であり領主、そして領軍の最高指揮官を、いったいなんだと思っているのかという気安さだ。


 しかしこの場は、所属や階級の垣根を越えて交流を深めるためにあるのだから、これが正しいのかもしれない。

 距離を縮めすぎだとは思うが。


 何も言えず戻り、シエルに勧められた、横長の木箱を椅子代わりに座る。


 湯気の上がるスープの入った、温かい器を両手で持って、すっかり日の落ちた空を見上げた。

 ベルクホルン連峰の雪をかぶった稜線にはまだ光があるが、もう星が出ている。


 初めて会ったあの時、妹を抱きしめなくてよかった。


 道を外れたいと思ったことも、何度かある。


 この道は、辛いことばかりだと思っていた。

 妹と出会ってから断頭台までの、一年と少しの間、なんの希望もない、心を押し殺すだけの日々を送るものだと。



 悪役令嬢がどういうものか正確に理解できているかは、今もって自信はないが、演じてみると――そんなには悪くない。



 しかし、妹へのいじわるが足りないか。

 一応、シナリオ内のいじわるは押さえているが、もっと常日頃から冷たく当たる必要があるのではないか。


 私が目指しているのは、断頭台なのだから。


 ……いや。さすがに断頭台へ送られるのに、『いもうとへいじわるしたから』などという理由はあるまい。

 多分、『観客』への心証の問題だ。納得感、と言い換えてもいい。


 罪状に心当たりはある。それこそ数え切れないほど。

 【月光のリーベリウム】の【シナリオ】の中だけでも一つあるし……私はそれを回避する気がない。


 私が悪役だからではなく、公爵家の当主として。


 義務と忠誠を。

 ユースタシアに安寧を。


 ――私は、私の役割を果たす。



「お姉様。ちょっと詰めてください」



「は?」

「あ、やっぱりいいです。いけそうです」


 何がいけそうなのか。

 と聞き返す間もなく、妹は軽くスカートを払って整えると、横長の木箱の空いているスペース……私の隣にちょこんと腰かけた。


 そして距離を詰める。


「いただきましょう、お姉様。……あ、もしかして、私を待っててくださったりとか?」

「何を馬鹿なことを……」


 元気いっぱいの妹に、ため息をついた。


「あはは……そうですよね」


 妹がごまかすように笑う。

 ……ちょっと寂しそうに、ほんの少し元気をなくして。


「……いえ、そうね」

「え?」


 呟いた。



「あなたを待っていたのかも、しれないわね……」



 ずっと、待っていた。


 妹の存在を『知って』から、四年近くになる。


 気持ち悪いほどの強さで頭に刻み込まれた【月光のリーベリウム】の物語を、【テキストログ】を通して、何度も何度も、繰り返し辿りながら、ゲームスタートを待ち続けた。


 妹の存在ごと全部が妄想だったら、恋愛小説家になろう、と思うような物語の中で、何度も私は首を落とされた。一行で。


 それでも、待っているのが断頭台だとしても、私は、妹がいてほしかった。


 そして今、私の隣に、妹がいる。


 ――それ以上、何を望むだろう?


「…………」



 気が付くと、隣の妹は、無になっていた。



 目を閉じて、口元を引き結んで、目こそ開けていないが、どこか遠くを見るように、スープの器を両手で持って動きを止めていた。


「……レティシア?」

「……いえ! なんでもありませんアーデルハイドお姉様。ちょっとバグってました!」


 大丈夫かと不安になって声をかけると、ぱちっと目が開いて、あまり大丈夫とは思えない様子の答えが返ってきた。

 これが、"仕立屋(テーラー)"なら心配いらないのだが。


「いただきましょう、レティシア」

「はい、お姉様」


 金属のスプーンを取って、器に口を付ける。

 器は持ち上げずスプーンですくって飲むのが正式なマナーだが、テーブルマナーという言葉は、この場にない。いや、むしろこれが正式だ。

 テーブルないし。



 ――懐かしい味だった。



 食材のレベルも、調理の腕も、屋敷で供されている料理には及ばない。

 でも、いろいろと疲れている時、塩味が濃いめのスープは美味しい。


 さらに、野外で、同期達がいて。


 隣に、妹がいる。


 一息ついたところで、さっき恩を受けた赤毛の配膳係に微笑んで礼を言った。


「ありがとう。美味しいわ」


 レティシアも、私の後に続けて感想を言う。


「胸が詰まって涙が出そうなぐらい美味しい……」


 配膳係の彼女は、不安そうになった。



「……アーデルハイド様。差し出がましいかとは思いますが……レティシア様にも、ちゃんと食べさせてあげてくださいね……?」



 普段、どんなものを食べさせているのかと不安になったらしい。

 意識していじわるした時より、効率よく悪評が立ちそうなの、なぜだろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] レティシア「ほわああああ!?」 いかん! 妹ヤモリさんの中の「てぇてぇ」が溢れて爆発する!? 突然の「デレ」は不味いですよ!? アーデルハイドさん!?
[良い点] 冷たい公爵様が人間に戻った瞬間(笑) 先ほどのエピソードの締めくくりとしては最高でしょう!これは騎士たちにも後で語り継がれるねw どこか力の抜けたお姉ちゃん本音がポロリ 今日一番の衝撃…
[気になる点] バグっていた [一言] バグは虫が精密機械に入ったことでおかしな動作をしたことから言われるようになったらしい ところでこの世界にはまだ機械とかなさそうだよね、妹さん……
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