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妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す  作者: 水木あおい
2章

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練成課程


 ――私は、自分が凡人だと知っている。


 貴族としての教育を受け、それなりに光っている。……はずだ。まあ、多分、光ってるんじゃないかな……?

 凡人とはいえ、あれだけの金と時間をかけて磨かれたのだ。多少は光らない方がどうかしている。


 しかし、私は公爵家の次期当主として期待されていた。


 求められる能力は多岐に渡り、責任は重い。



 立ち止まってなんていられない。



 それでも、いくら産湯まで使わせてくれた、養育係にして教育係のシエル相手とはいえ、醜態をさらしたのだから反省して、素直に聞くことにしたのだ。


 私が騎士の練成課程――それも、基礎をすっ飛ばして、最終訓練課程のみを受けるという話は、反対の声の方が多かった。


 担当教官でさえ、初対面では辛辣極まりなかった。



「この訓練中、お前を、貴族だなどとは思わない。敬うことも、無論、訓練の手を緩めることも、評価に手心を加える気もない。気に食わなければ脅迫でも暗殺でもなんでもするがいい。お貴族様が、お遊びで来られては迷惑だ」



 ……と、言い放ったのだ。


 ――涙が出そうなほど悔しかったが、ぐっと歯を食いしばって耐えた。

 念のため、シエルにも裏で手を回したりしないように、お願いした。



 お遊びで、できるものか。



 伊達や酔狂で貴族、それも公爵家の爵位継承権第一位は務まらない。


 だから、その教官から合格を告げられた時は、内心で飛び上がりそうなほど嬉しかったものだ。

 余裕で、とは言えなかったけれど、なるべく余裕ぶって涼しい顔で、彼の祝辞を聞いた。



「今後も、お前を、貴族だなどとは思わない。――お前は騎士だ。他の誰がなんと言おうと、俺と、今ここにお前と共に並び立つ者は、お前が、誰よりも騎士たらんと努力したことを知っている。……合格おめでとう、アーデルハイド」



 ――さすがにうるっと来たが、ぐっと歯を食いしばって耐えた。

 訓練中は、この鬼教官めと何度思ったことか分からないが、そういうのがなんかもう、全部飛んだ。



 もちろん「貴族なのだから合格は決まっていた」と陰口を叩く者もいた。



 ……そう思うのは、当然だろう。

 本人である私さえ、なんで貴族の令嬢が、騎士と聞いて想像するようなきらびやかさは、鎧と剣と槍の穂先ぐらいしかない泥臭い訓練を……と思うこともしばしばだったのだ。


 その声がなくなることは、ないだろう。

 私が血と汗をもって勝ち取った称号を、ただのお飾りとしか思わない者達がいるだろう。



 それでも、私と共に練成課程を受けた者の大半、そして合格した全員は、そんな噂や陰口に対して怒り、あるいは笑い飛ばしてくれた。



 私が合格して以来、領軍への定着率はちょっと上がった……とか。

 因果関係は証明できないが。


 ……最後の方は、居心地が、良かった。

 ずっと、ここにいたいとさえ、思った。


 ……少しだけ、違う未来を夢見た。


 騎士の試験は、狭き門だ。


 ヴァンデルガント領軍の騎士は、どれだけ偉くなっても"リッター"の称号も、貴族を示す『フォン』の姓も与えられない。

 それでも、恋愛物語の相手役として夢想されるほどの地位。


 それまでずっと、当主として生きるのだと、思っていた。


 けれど、騎士という目標……夢を追う仲間と、ほんの半年といえど、苦楽を共にして。



 このまま騎士として生きるという夢を見た。



 そう生きられれば。


 名誉と栄光を信じることができれば。

 生死を預けるに足る仲間と共に、騎士の称号を得て。


 そう、生きられれば。


 戦争さえ起きなければ、領軍の騎士というのは、なかなかいい仕事だ。


 日々の、市内や街道の巡回といった治安維持ならば、栄光とも武勲とも無縁ではあるが、戦場よりはるかに危険は少ない。


 老齢になるまで勤め上げれば、死ぬまでの恩給もある。

 そんな風に、一生を送ることができれば。


 そんな、夢を見た。



 私は、それを与える側になると決めた。



 私はヴァンデルヴァーツ家の長子であり、唯一の子供……だった。

 爵位継承権は、常に変わらず一位。

 生まれた時から、未来は決まっている。


 それでも私は、選んだのだ。


 もしかしたらありえたかもしれない未来を垣間見て、それでも――いや、だからこそ。


 さっきも顔を合わせたヨハンやホルストのように、訓練を共にした同期の仲間。訓練を受け持った教官。訓練中の研修で出会った先輩騎士に、後輩の兵士。


 私にとって領軍の騎士も、兵士も、もう書類上の数字ではない。


 ――その上でなお、数字として見なくてはならない。



 私は、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツ。ヴァンデルガントの領主にして、領軍の総指揮官だ。



 我が領の者達が、誰も死なない未来を夢見た。

 悪名だろうと、我が家には力がある。理想を押し通すだけの『力』が。


 でも、今の私が目指しているのは、断頭台だ。


 この世界を貫く運命があることを。

 私などより、もっと大きな『力』の存在を知ってしまった。


 その運命がただ理不尽な物なら、私は抵抗しただろう。

 当主として、領主として……一人の人間として、運命に抗っただろう。



 でも、【月光のリーベリウム】は、ハッピーエンドの物語だ。



 小悪党一人の首より、国益は重い。私が何度も適用した論理だ。


 今さら? ――今さら、自分一人だけその論理の外に置こうなどと、都合のいいことは思わない。……思えない。


 ……私が首を落とされるのは、いい。

 我が領の未来が安泰で、妹が幸せになるなら、それでいい。


 ただ、少しだけ。


 私を主と仰いだ者達の信頼を汚すこと。


 そして、当主になる前の――『悪役令嬢』になる前の私が、彼らの主であるために努力した全てが、断頭台の(つゆ)と消えることは。



 少しだけ、寂しい気もした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 鬼教官…。 公爵令嬢としてでもなく、貴族としてでもなく。 ただの、1人の女騎士として、認められた。 個人で積み上げた努力が、報われた。 それはきっと、アーデルハイドさんを、1人の人間と…
[良い点] 裸馬に乗ったり騎士訓練したり、ちょい斜め上を走ってる公爵様ですが、彼女の情操教育としてはよい事だったんでしょうね 「同期」という表現がいいですね [気になる点] この世界を貫く運命の力?…
[一言] 本当にいつも面白いです!この姉妹が仲良く暮らせるENDになる事を祈ります...ケドオワッテホシクナイ^^;
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