『和やか』なお茶会
「レティシアさん。お肉もいいですが、せっかくのお茶会なのですし、お菓子やお茶もいかがですか」
ルイの言うことは、もっともだ。
割と楽しんでおいてなんだが、そもそも、お茶会に肉があるのがおかしい。
ばちっ……と、肉を勧めた騎士団長、頑張って妹好みのお菓子を選んだのだろう王子、それを勧める立場に滑り込んだ医師長が、かすかに火花を散らす。
慣れた空気が戻ってきて安心する。
この険悪な空気に安心感を覚えるのもどうかと思うが、まあ、こいつらは妹について譲る気はないということで、それは妹の将来を安泰にしてくれる要素だ。
レティシアが笑顔で頷いた。
「いいですね! ――お姉様も、甘いものお好きですよね」
「……彼女が?」
「こいつが?」
「…………」
コンラートとフェリクスが初耳だと言いたげに私を見て、ルイはまたなんとも言えない表情で黙り込んだ。さっきから、なんだその表情。
「……ええ、まあ」
甘い物は好きだ。
公爵家当主としての立場は、重く肩に食い込む。
なので、甘いものを筆頭とした食事は、私の数少ない癒やしである。
他には、肩に入った力を抜ける数少ない機会である入浴も。
それと妹の存在も、頑張ろうという気にさせてくれる。
ただ、これに関しては、胃が痛い原因でもあるので複雑な所。
しかし……レティシアはなぜ、私が甘いもの好きだと知っているのか。
そう思っていると、レティシアが続けた。
「お姉様は、お茶の時間とか、デザートの時とか、いつもより表情が柔らかくなるのが可愛いんですよ」
それは、言わなくてもよくありませんこと……?
三人とも、微妙な表情になっている。
生温かい視線やめろ。
修行が足りなかったらしい。
それはまあ、常に仏頂面を維持しようとまではしていないが。
マナーを身につけるために、いつも私を見ているのだから、そういう細かい所に気が付いても不思議ではない。
……でも、可愛い、かあ……。
言われ慣れていない言葉なので、ちょっと嬉しい。
幼い頃に、母やシエルに言われたぐらいかもしれない。
社交辞令で言われたことはあるが、まあ、大きくなったね、ぐらいの意味だ。
父の――公爵家の権力にあやかるための、おべっか以上のものではない。
でも、妹の言う『可愛い』は、お世辞とは思えなかった。
しかし。
私は、ふっと笑った。
「あなたの方が私なんかより可愛いわよ、レティシア」
「……ふぇっ!?」
妹が変な声をあげる。
「や、私なんか、その……お姉様の足下にも及ばないっていうか」
頬を赤くして、手を身体の前に突き出して、ぶんぶんと振るレティシア。
その動作も可愛い。
じゃなかった、珍しい。
妹の姿に、四人の心が一つになる。
逆だろう、と。
妹の足下にも及ばないのが私だろう、と。
それはまあ、私もシエルに磨かれたこともあって、見た目はいい。
しかし可愛さとは外見だけで決まるものだろうか?
――もちろん、そんなはずはない。
可愛さとは、心根に動作、振る舞いの全てで決定されるものだ。
そういう意味では、妹はもう心の底から可愛い。
誰からも愛される。――愛すべき、愛されるべき存在だ。
彼女のような存在が幸せになれない世界など、間違っている。
だから私は、運命に従うのだ。
正しく、正直に生きてきた者が報われるとは限らないこの世界で、それでも正しさが報われてほしいから。
「ほら、行きましょうお姉様!」
そう言ってレティシアが、私の手を取って強引に引っ張っていく。
なぜ、そこで私なのだ。
別に三人の内の誰かでもよいだろうに。
……行動の自由を得た後は、【個別イベント】を重ね、がっつり好感度を稼いでいるはずなのだが。
次のイベントは【共通イベント】だ。
『最後に選ぶ相手』を決めるイベントでこそないが、三人が同時に登場し、『誰を選ぶか』があるイベントということで、重要性は高い。
選んだ相手とのイベントだけが『正史』になり、選ばれなかった相手のイベントは、なかったことになる。
そういう、たった三回しかない【選択式共通イベント】の、最初の一回。
お姉ちゃんとしては、誰を選ぶのかやきもきする。
……多分、私より後ろの三人の方がやきもきしているだろうが。
三人は目配せして、私達二人の後を付いて来る。
お菓子やお茶が並ぶテーブルは、お茶会として正統派だったので安心した。
この王子様はたまにアホだなと思うが、まあ良く言えば柔軟でもある。
たまにアホだなと思うが。
ちら、とその王子の方を見ると、彼はどことなく落ち込んだ様子だった。
多分、こちらのお菓子が本命だったのだろう。
騎士団長にかき乱され、誘うのも医師長に奪われるとは哀れな奴だ。
まあ、ルイ医師長には【風邪引きイベント】の時に、見せ場を奪って悪いことをした。これでバランスが取れるというものかもしれない。
「美味しそうなのがたくさんあって目移りしちゃいますね」
私は、レティシアが可愛すぎて目移りする余裕がない。
それでも、私にとっては慣れた戦場だ。
その時の気分に合わせてお茶とお菓子を選ぶぐらい、妹を愛でながらでも容易いこと。
他の三人も、レティシア――と私――を自然に囲みながら、適当に選んで自分の皿に載せていく。
皆が一通り選んだところで、コンラートが口を開いた。
「レティシア嬢。あちらのテーブルでいただきませんか?」
今日は立食形式だが、こういったお茶会では、疲れた時やゆっくり話したい時に備えて、テーブルや椅子が置かれていることもある。
スペースの問題やガラガラの雰囲気を出さないためなどの理由で、全員分はないのが普通で、利用するにあたって地位の低い側が譲ったり、いろいろあるのだが。
ここにいるのは、我が国の権力構造における最高位揃いなので、あまり関係のない話だ。
それにこの王子様は、優秀で通っている。ガラガラに見えないが、不足することはない……ぐらいの数を揃えているだろうし、自分がレティシアを誘うために丁度いい雰囲気の席を用意しているはずだ。
「はい、喜んで」
「こちらです」
予想通り、庭園の生け垣がいい感じの目隠しになっている東屋の中央に、上品な白いテーブルが置かれていた。
途中で王子に声をかけられたメイド達が椅子を三つ追加で用意する。
あわよくば、妹と二人きりになりたかったらしい。いやらしい奴め。
……しかし、いっそ、いじらしいとさえ思える努力だ。
妹狙いということで、姉としてはあまり心穏やかではいられないが、妹を大切にしようという意思は伝わってくるあたり複雑。
お茶会は和やかに進む。
時々、牽制しあって火花は散っているし、空中戦が繰り広げられているような気はするが、『和やか』の範疇だ。
その序盤戦、妹の隣を誰が取るか――という攻防は、妹がメイドを手伝って、三対二の向かい合わせのような形で椅子を整えたことで終わりを告げた。
なんでお前が隣なんだという恨みがましい視線を向けられたような気がするが、気にしないことにする。
招待側が家族なのだから二人セットになるのは、まあおかしくはない。
主催者側のコンラートが中央で、さりげなくレティシア寄りの席を取ったルイに、私側を掴まされたフェリクス。
会話でのもてなしとなれば、さすがにコンラートに一日の長があるか。
妹のマナーはまだまだ隙があるものの、合格点をやってもいい。
まあ、ここにいるのは妹に甘い奴らばかり。多少やらかしても、むしろ愛らしいポイントとなれば、私も落ち着いていられる。
そこで、ふと気が付く。
……妹が、私に似てきた。
正確に言えば、妹が、貴族としての優雅な所作を身に付けつつある。
でも、私を見て覚えたのだから……それはやっぱり、私に似てきた、ということかもしれない。
少し、嬉しくなる。
私がいなくなった後でも、きっと私が彼女に教えた知識も教養も作法も、何もかも、無駄にはならない。
妹を、守ってくれる。
場が温まってきたのを見計らって、コンラートが切り出した。
「【レティシア嬢。今度、ご一緒に乗馬などいかがですか?】」
……次のイベントの前振りだ。




