表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す  作者: 水木あおい
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/159

【新しい移動可能マップがアンロックされました。】



 【新しい移動可能マップがアンロックされました。】



 ……という一言で、【月光のリーベリウム】では、主人公の行動範囲が広がる。


 一通り、【攻略対象】を紹介するイベントが終わり、最低限の貴族教育も終わったことにされ、ここから本格的にゲームが始まる。


 ……はずなのだが、悪役令嬢的には、ここが、肩の荷が一つ降りる節目と言えなくもない。



 ここから行動するのは、【主人公】なのだ。



 【悪役令嬢】ではない。

 私の登場イベントはまだまだ残っているが、特に重要な恋愛イベントは、私抜きで行われる。


 私は、恋愛イベント的には、純粋にお邪魔虫なのだ。


 悪役ポジションということもあるが、実の姉ポジションでも、恋愛イベントに縁はなさそうだ。



 妹に行動の自由を与えるかどうかは……私の判断にかかっている。



 馬鹿親、もとい、親馬鹿の貴族などは、娘可愛さに、令嬢を社交に出さない場合がある。


 個人的には馬鹿馬鹿しいが、それは家の自由だ。

 私だって社交に熱心な方ではない。


 ヴァンデルヴァーツ家と他家の繋がりは、依頼か、恩か、弱みだ。


 情はない。むしろ害悪ですらある。

 "冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"の『当主』が気に入れば――多くの願いが叶うだろう。叶ってしまうだろう。


 丁度、私がレティシアに肩入れしているように。


 それはまあ、運命の筋書きという言い訳があるのは事実だが。

 それがなかったとして、私は、権限の限り彼女に幸福を与えようとするだろう。


 まともな範囲で踏みとどまれるか、ちょっと自信がない。


 それを、レティシアが望んでしまったら。

 贅沢を覚え、"裏町"にいた時の心を忘れ、愚かしい貴族に成り下がったなら。

 そうしたら。



 ――私は、妹の未来に責任がある。



 彼女を、真の貴族にする。

 誰からも愛されるようにする。


 その覚悟を胸に、私は妹離れを決意した。


 今からでも、抱きしめて、優しくして、甘やかして。

 そうやったら、私と彼女は、本当の仲良し姉妹になれるだろうかと。


 そんな温かい感情が、これ以上育たないうちに。


 閉じ込めて、檻に入れて、鍵を掛けて……私しか見えないようにして。

 そうやったら、私を――私だけを――見てくれるだろうかと。


 そんな暗い感情が、これ以上育たないうちに。


 私は、風邪が治ってから数日が経ち、すっかり元気になった妹に、朝食の席で告げた。


「レティシア。本日をもって、貴族として相応しい立ち居振る舞いを――少なくとも、その基礎を得たと判断します」


 手を放す、べきだ。

 私の心の闇が、彼女の純真さを絞め殺す前に。



「今日から、あなたに行動の自由を与えましょう」



 それがどれほど寂しくとも。

 姉が妹の未来を縛るなど、あってはいけない。


「行動の自由……ですか?」


 レティシアが首を傾げた。


 ゲームでは、気軽に、地図を指差すようにしてそこへ移動できる。

 シンプルな盤上遊戯が、地形や兵の体力を考慮しないように。


 しかし現実では、移動手段が必要だ。



「馬車の使用許可、使用人を連れる権利……資金も割り当てられます」



 ゲーム的には、デート資金だ。

 "仕立屋(テーラー)"から服を買ったり、本を買って勉強したり、観劇したり、……【月光のリーベリウム】は、【恋愛シミュレーションゲーム】ということで、全てが恋愛に結びつくようになっている。


 服を買うのは、攻略対象に見せるため。

 本で学ぶのは、攻略対象へ教養を示すため。

 観劇は、単純に攻略対象と一緒にお出かけだ。



 ……当主である私には、妹に自由を与えないことも、できるのだろう。



 外出を禁止し、資金を制限し――美しい声で鳴く鳥を、鳥籠に閉じ込めるようにして愛でることも、きっと、『できてしまう』のだろう。


 ただ、レティシアに籠の鳥は似合うまい。

 うちの妹には、青空が似合う。


 私は鳥でいえば猛禽だし、似合うのは、曇天か闇夜だと思う。


 姉妹でも、違うものだ。

 母親の差とは思いたくないので、やはり私個人の問題だろう。


 お母様は、寒さが緩んだ冬の晴れ間が似合うような、儚げな人だったし。


「レティシア。今後も全ての行動が、評価対象となります。公爵家の誇りを(けが)さぬよう、務めなさい。――義務と忠誠を」


「はい、お姉様。義務と忠誠を」


 今日から彼女は、自分で考えて、行動する。

 うるさい姉の目から離れ、【攻略対象】と仲を深め――恋心を、育てていく。


 それが、【月光のリーベリウム】における、正しいシナリオ。


「頑張り……ます」


 レティシアが、両の拳をぐっと握りしめ、なにやら決意している。


 彼女とて年頃の女の子だ。欲しい物もあるだろう。

 何より、意地悪な姉との息の詰まりそうな時間から逃れたいという思いも――



「お姉様と一緒にいられるように」



 ……鳥籠を開けているのに、小鳥が出て行こうとしない光景を、幻視した。

 あまつさえ、肩や手にまで乗ってくるような……そんな光景を。


 心が、弱い。

 自身の弱さが、情けなくなる。


 そんな幻想にすがろうとは。


 私の『"裏町"に戻りたくないなら努力しろ』という言葉を、真剣に受け止めているのだろう。


 ……誰が、見捨てるものか。

 誰が、切り捨てられるものか。



 この世でたった一人の、妹のことを。



「……私は、外出する用があります。後の詳しいことは、シエルに聞きなさい」

「はい」


 席を立ち、食卓を後にする。


「お姉様」


 私の背に、レティシアの声がかけられる。

 無言で振り向くと、妹は笑ってみせた。



「行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしています」



 ……なんで、笑顔の無駄遣いを、するのかな。


 私は、返事をせずに顔をそらし、食堂を出た。


「っ……」


 後ろで扉が閉まると、廊下に誰もいないことを確認して、こみ上げる気持ちを抑えるように、口元を手で押さえた。

 固く目を閉じて、心を殺す。


 それでも、殺しきれなかった感情の残骸が、心にひっかき傷を残した。


 目を開けて、背後の扉を見る。


 妹は、なんで。


 なんで、こんな私に。

 笑顔なんて、向けるのかな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 病んでらー!? 姉馬鹿を通り越して独占監禁女に進化してるー!? [気になる点] やはり、貴族教育の反動で心に闇を…、 いや? なんとなく、個人の資質に因るところが大きそうだな…? [一言…
[良い点] まさかツンデレのお姉様はヤンデレ欲望もあるとはw それにしても、「義務と忠誠」を超強調していますね。自分の命より重視しているぽい、そして多分原作ゲームに全然無かった要素だと思います。
[良い点] 笑顔一つでイチコロ!レティシアは笑顔の有効利用をわかってるぅw これは宣戦布告だ。お姉ちゃん体を洗って待っていろ? [気になる点] アデルの温かい感情、暗い感情。 対比が良い。そして根っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ