妹大好き悪役令嬢は未来を目指す
我が儘を思いついたか? 思いつくまでもない。
「……いっぱい、あるにはある……わ」
つまり、昨日まで諦めていた、妹としたい全てのこと。
私が当主として、悪役令嬢として不要だと切り捨ててきた、自分の気持ち。
「全部言ってください」
「え、全部? ……は、無理だと思う……」
妹が怪訝そうな表情になった。
「どうしてですか? 言えないようなことでも?」
「それもあるけど、多いから……」
沈黙が訪れる。
「…………」
「…………」
沈黙を破ったのは、レティシアだった。
「……とりあえず大きい物からどうぞ。頑張って受け止めます」
少し考えて。
心の大部分を占める感情に、言葉を与えた。
「……ずっと一緒にいたい」
「え、初手でそれですか? 可愛いこと言ってくれやがってって気持ちでいっぱいですけど、お姉様、我が儘の意味分かってます?」
そんなこと言われても。
「こう……もうちょっと具体的に言うといいと思います」
「具体的……?」
ずっと一緒にいたい。
できれば一日中、二十四時間。
つまり。
「レティシアと一緒の部屋がいい」
「ずいぶん具体的になりましたね」
「こういう感じでいいの?」
レティシアが頷いた。
「続けてください」
「分かったわ」
私も頷く。
両手を広げ、指折り数えて行く。
さっきので一つ。
二つ目は……。
「ベッドも一緒がいい」
「はい」
「また昨日みたいにしたい」
「は、はい」
「そうじゃない日も、抱きしめて寝たい」
「正に今、抱きしめたいんですけど」
「毎日おやすみって言って、毎日おはようって言いたい」
「そろそろ部屋とベッドから離れませんか……?」
「じゃあ、乗馬とか……? 今度こそちゃんとしたいわ」
「いい感じですお姉様」
「宿では、今度は最初から抱きしめて寝たい」
「……次からそれ、さっきまでのに統一してくれると……」
「そう? 違う良さがあると思う」
「私もそんな気分になってきましたけど」
「えっと……ちゃんとしたお茶会も姉妹で出席してみたいかしら」
「……焼いたお肉が出てこないやつですね。でも、あれはあれで楽しかったです。美味しかったし、ここまでやっていいんだって」
「あれは特殊な例よ」
「やっぱりそうですよね」
「舞踏会も、最初じゃなくても、また一緒に踊りたい」
「……はい」
十本の指を閉じ終わったので、今度は指を開いた。
「もう教えることもないかもしれないけれど、ダンスレッスンも、また一緒にしてくれる……?」
「もちろんです、お姉様」
「落ち着いたら、遠出して、旅行とかも一緒に行きたいわ」
「いいですね」
「……で、デートとか行っちゃったり」
「え、それは照れるんですか……?」
「前はエスコートの練習っていう名目だったから、改めて言うと恥ずかしくて」
「いや、ベッドのくだり……あ、なんでもないです。続けてください」
「今度は私が膝枕したい。五時間までなら耐えてみせるから」
「いや、耐久膝枕は脚が死ぬのでやめましょう。ね?」
「レティシアを膝の上に乗せて本を読みたいって言ったら、怒る……?」
「怒りませんけど、なんでまた」
「小さい頃にシエルがしてくれたの。お姉ちゃんになったら、今度は私がしてあげたいなって」
「なんですかその可愛らしいエピソード。イベントスチルどこですか?」
「それの代わりってわけじゃないけど、一度は、一緒に写真を撮りたいわ。お父様の写真がきっかけなのだし」
「写真ってお高いんじゃ……ああ、うち、公爵家でしたね。設定じゃないやつ」
「……結婚式の代わりに写真撮るのも流行ってるんですって。――結婚写真っていうやつ」
「"仕立屋"さん、ウェディングドレスって作ってくれると思います?」
「今度、聞いてみるわ」
「ごめんなさい。聞かなくていいです」
「そう? ……そうね。浮かれすぎね」
「はい……」
指を見た。
……今、いくつめだったか。
途中で会話が挟まった時にカウントを止めてしまって、分からない。
一瞬だけ思い出そうとして、数える意味を見いだせずに指を開いた。
レティシアが、しみじみと言う。
「……お姉様、【公式シナリオ】への不満、溜まってたんですね」
「そうかもしれないわね」
普通に可愛がりたいのに。
一緒に、過ごしたいのに。
それは、許されなかった。
私の知っている【月光のリーベリウム】の【公式シナリオ】に従うなら。
見えている幸せを、妹に与えたいと願うなら。
ずっとこうしていたいと、何度思ったことだろう。
「……だんだん、恥ずかしくなってきたわ」
うつむく。
「お姉様? 我が儘を聞いてくれるって、言ったじゃないですか?」
「それはそうだけど」
我が儘を言えという我が儘を言われたのだ。
思いつくままに言ってきたが、今になって、恥ずかしくなってきた。
「――私は、嬉しかったですよ。お姉様が素直に我が儘を言ってくれて」
「……そう?」
「はい。さっき言ってくれたの、全部やりましょう。他にも思いついたこと、全部やりましょう」
レティシアの力強い言葉に、微笑んだ。
私も、ちょっと悪戯っ気が湧いた。
「……そうね。うちは公爵家だものね。設定じゃないやつ」
「あはは……そこらへんは、なんか、一生慣れない気も……」
庶民的なことだ。
浪費家よりは好ましいが。
ただ、彼女が貢げば喜んでくれる女の子なら、公爵家当主の個人資産の見せ所だったとも思う。
さっき言った中でお金がかかりそうなのは、写真や旅行ぐらいか。
ドレスを入れたら舞踏会は高額だし、貴族のお茶会なんかは金ではどうにもならないけれど。
「……でも。私、お姉様と一緒なら、なんでもいいんです」
「私もよ」
可愛いことを言ってくれる。
お互いにじっと、自分と同じ色の瞳を見ていると、ふっと距離が消えた。
「んっ……」
唇と唇を重ねるだけの、けれど心と心を重ね合うような優しいくちづけを、そっと味わう。
「っ……はー」
そっと身体を離し、レティシアが満足げに息をつくのを、微笑んで眺めた。
……私は、この子を幸せにできるだろうか?
妹は、私以外の他の相手と結ばれる選択肢があった。それらのシナリオを知っている。
私が知っているのは、断罪されるルートだけ。
妹を幸せにするやり方を、私は知らない。
それでも。
知らない道を、それでも行こう。
私の知らないルートが、私を待っている。
昨日までの私は、決まっている未来を、目指していた。
【月光のリーベリウム】の物語を再現するために、行動していた。
たとえその先に待ち受けているのが断頭台であろうとも、私は行く先を知っていた。――知っていると思っていた。
だから、恐れずに進めた。
ここから先を、私は知らない。
妹はもう少し知っているようだが、ここまで、私と妹……そして、私達を取り巻く様々な人間の選択で、シナリオは変わった。
いずれ聞くことがあるかもしれないが、参考以上にするのは危険だろう。
少なくとも、私が知っていた【断頭台】は跡形もない。
私は、妹のためなら、断頭台に行ってもよかった。
そして。
レティシアがそれを望まないなら、私が断頭台を目指す理由は、なくなった。
それだけの話だ。
……それに考えてみれば『私がこの子を幸せにできるのか』など、傲慢な話だ。
レティシアは、助けを待つだけのか弱い女の子ではない。
妙な運命があることを受け入れて、そしてそれに頼り切らずに、自らの望む未来を引き寄せようと奮闘してきた。
現に、今の結果だけを見れば、完全に彼女の狙い通りになっている。
誤解があったとはいえ、断頭台を目指していた私の完敗ということになる。
"冷徹非情のヴァンデルヴァーツ"とまで謳われた公爵家の当主を務める身としては、少し複雑。
しかし、それでもいい。
妹が出来てから学んだ姉の哲学としては、お姉ちゃんという生き物は、妹が幸せでいれば、だいたい自分も幸せなものだ。
「あ、そうだ。お姉様。……一つ、思いついたんですけど」
「なあに?」
今なら、なんでも聞いてやりたい気分だ。
レティシアが浮かべているのは、どことなくいたずらっぽい笑み。
「せっかくなので一緒にお風呂入りませんか?」
妹が誘惑してくる。
何がせっかくなのか分からないのは、相変わらずだ。
……これは、雪かきの日の再現だ。
あの日は、一人で入るように言ったが。
それからも、折に触れて一緒に入浴したがる妹のお誘いを、鋼の意志でもって、全てはねのけてきた。
私がレティシアと一緒に入浴したのは、彼女が風邪を引いて、足下さえおぼつかなかった時の一度きり。
でも今は。
これからは。
「ええ。朝だけど、一緒に入りましょうか」
「……はいっ!」
レティシアが、それはそれは嬉しそうに、満面の笑顔になる。
私も笑って、彼女の手を取った。
・あとがき
「妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す」を読んで下さったあなたへ
私は今、完結予定日の前日にこれを書いています。
連載中にいろいろあって……1年以上更新が止まって、一時期はかなり死んだ感が出ていた本作が無事に完結すると思うと、ほっと安心すると共に、寂しい気がします。
本作の始まりは、『タイトルストック』からでした。
名前の通り、タイトルっぽいものを書き留めてストックするだけのメモですが、その中から時々、ワンシーンを書きたくなり、テキストにします。
イラストにおける、ラフスケッチやアイディアスケッチに似ていますね。
最初に、タイトルがあって……。
2番目に書いたのは告白シーン。(3章ラスト)
3番目に書いたのは乗馬シーンでした。(2章の泥沼に突き落とす方)
盛り上がるシーンから書きたいのはよく分かった。
――この二人がどんな風にそこまで行くのかを、見てみたくなった。
まだ名前も決まってない二人が、出会って、運命に翻弄されつつ、ささやかな二人だけのイベントを積み重ねて、想いが通じ合うまでの物語を、誰よりも私自身が読みたくなった。
でも、空白が大きい。
文字記録がなかった頃の歴史をまとめろって言われた国史編纂家とかいたら、こういう気持ちになるかもしれません。
依頼者に対し、今すぐお前を殺して歴史に名を刻んでやろう、と物騒なことを思う。
それでも完結できたのは、今これを読んでくれているあなたのような読者がいたからです。
PV、ブックマーク、評価にいいね。数字で示されるそれら以外にも、日々の感想やコメントなどで、たくさん応援していただきました。
そして忘れてはいけない誤字報告。
前作の経験を経て、いろいろと対策もして、だいぶ減ってきた気はするのですが、時々なぜそのレベルを見逃したのだという誤字が報告されて震える。いつもありがとうございます。
もう一つ、SNSなど、「小説家になろう」の外でも紹介されているのも時々見かけて嬉しい。
前作「病毒の王」から応援してくださる方も多く、感想欄にて馴染みのお名前を見つけて、この戦場に帰ってきたという頼もしい気持ちになったものです。
ただ、説明不要の機能『この作品をブックマークに登録している人はこんな作品も読んでいます』によると、意外にも前作をブックマークしてくれている人は、本作のブックマークの4割ほどらしい。
本作が好みだったという方は、ぜひ「病毒の王」もどうぞ。
「水木あおい」の代表作で、「小説家になろう」の[主従百合]タグで総合評価1位となっています。
この後、1話だけ番外編を予定していて、そちらはいわゆる「掲示板」形式となります。
以降の予定は未定です。
アーデルハイドとレティシアの物語の続きを書きたい気持ちもあり、完結はしましたが、いつか[完結済み]から[連載中]に戻る日が来るかもしれません。
でも、新作が先かもしれません。
いっぱい書きたい二人がいて……全て、どっこいどっこいの空白度合いなので、今の段階では何も言えません。
――改めて、完結までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の作品で、最初から最後まで、ご一緒できればと思います。
水木あおい




