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妹大好き悪役令嬢は断頭台を目指す  作者: 水木あおい
3章

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【最後の舞踏会】


 私達は舞踏会の会場である、絨毯の敷き詰められた王城の大ホールに足を踏み入れた。



「ヴァンデルヴァーツ公爵家当主、アーデルハイド・フォン・ヴァンデルヴァーツ様。【レティシア・フォン・ヴァンデルヴァーツ様。両名がいらっしゃいました】」



 ……んー?

 こういう席では、お偉いさんは後から登場し、役職と名前が呼ばれる。


 ただ、【月光のリーベリウム】的には、ここで名前を呼ばれる二人は、シナリオのラストで結ばれる【攻略対象】と【主人公】なのだが……?


 まあ、今までも、細かい所は結構違った。

 そういうこともあるか、と納得する。


 それに何より。



「あれが噂の……」

「"救国の聖女"……」

「なんとお美しい……」

「それにあのドレス……!」

「お似合いの二人ですね」



 どよめきと共に、レティシアへの賞賛が向けられることに、私は満足していた。



 私の妹は世界一可愛いからな。


 ようやく世界が追いついてきた、といった所か。


 多少、おべっかも入っているかもしれないが、それでも、かつて【承認の儀】で妹が向けられた辛辣な視線に冷たい空気、そして口さがない物言いを思えば。


 それに、うちの妹は……本当に可愛いのだ。

 身にまとって可愛さを引き立てているのは、"仕立屋(テーラー)"が精魂込めた――冗談抜きで魂を削って込めていそうな――芸術品だ。


 肩の部分がふんわりと膨らんだ、薄紅色のドレス。

 ふんわりとした肩を、黒く細いリボンがきゅっと物理的にも視覚的にも引き締めている。


 これは今日のドレスコードでもある『黒いものを身に着けること』による、疫病の犠牲者を悼むための装いだ。

 そういう心の綺麗さも美しく、どんな芸術品も及ぶまい。


 首元のフリルチョーカーも同じ黒の細リボンで結ばれている。

 どうしても印象が重くなる黒に、白いフリルが合わされて、肩のそれは、さらに手袋の白に繋がるという寸法だ。

 肘より上まである長手袋もして、露出は二の腕が少しと、首元と、ほんのちょっとだけ谷間。豊かな胸を隠し切れていないが、まあこれぐらいはいいだろう。


 腰の後ろで結ばれたリボンは大きめで、少し幼く見えるが、同時に妹の純真さを完全に引き立てていて、ユースタシア一可愛い。


 細く編み込まれた髪がいつもより少し大人っぽく、後ろで赤いリボンで止めているのが愛らしく、相反する要素が相まって、世界一可愛い。



 ん? 妖精かな? いや、聖女だった。



 私は薄青のドレス。以上。


 ただ、公爵家当主らしく、レティシアと同等かそれ以上に手が掛かっていそうである。


 スカートは見える範囲だけでも幾重にも重ねられ、さらに、人の視線が自然と向く胸元には精巧な刺繍まで施されていた。……"仕立屋(テーラー)"が目の隈を濃くしていたのはこれもあるだろう。


 フリルは控えめにしろと言ったはずだが、胸元やスカートの裾といった要所要所に使われている他、幅広の袖に至っては三段のレースフリル。

 なぜ私のドレスにそこまでしたのだと思うが、ここは、隙あらば手を抜こうなどと夢にも思わない、誠実な職人を専属にしていることを喜ぶべきかもしれない。


 貴族家として舞踏会用のドレスは、優れた職人を抱えられる器量、名のある名店に注文を出せる人脈――家の格を見せつける機会でもあり、その中でもフリルやレースは、技術や予算の差が目立ちやすい箇所だ。

 まあ、うちの"仕立屋(テーラー)"は、自分の手間や素材の値段を気にしないが。……良くも悪くも。


 ドレスコードである黒は、首元のフリルチョーカーと、二の腕に巻かれたリボンで、これはレティシアとお揃いのデザインだ。


 私は、このドレスが割と気に入っていた。



 暖かい色合いのレティシアと並ぶと、実に寒々しい色合いで、悪役っぽいのだ。



 彼女の物より派手で豪華に見えるのも、愛らしい妹と並ぶと対比であくどく見えるのではないか。


 レティシアは、堂々と胸を張っていた。

 隣に並ぶ私との胸のサイズ差が際立つが、かつて私が教えたことだ。

 常に堂々と胸を張り、凜として、前を向いていろと。


 それが、貴族というものだ。


 しかし、そっと寄り添って、私の腕を握る手に力を込めてきた。

 やはり緊張しているのか。可愛い所もある。


 軽くぽん、と手を叩くと、レティシアがはっと顔を上げてこちらを見る。

 そして、にこーっと笑顔になった。


 まったく、誰を惚れさせるつもりだ。

 お姉ちゃんは既に惚れ込んでいるが。


 そういう浮かれた気持ちを、よそ行きの顔の下に押し込めて、私は噂話の飛び交う会場内に、妹と二人、たたずんでいた。


 私達が最後のはずだ。――招待客の中では。



「国王陛下と、コンラート・フォン・ユースタシア第一王子殿下がいらっしゃいました」



 今日の列席者の中で、唯一名前を省略され、役職のみで呼ばれるのが、当代のユースタシア国王陛下だ。

 我が国で国王、そして陛下といえば、彼しかいない。


 王妃様を伴うこともあるが、今日連れているのはコンラートの野郎だ。


 ……もしかして、妹の相手は王子(コンラート)なのか? 誰もレティシアを呼びに来なかったのは、彼が陛下と一緒に登場するから?

 あいつが義理の弟になるのか……?


 ちら……と隣の妹に視線を向けると、妹が、さっきの私がそうしたように、腕を軽くぽんと叩いて、笑顔を向けてくれる。


 不意打ちの笑顔に、ぎゅっと胸が締め付けられた。


 ……で、その動作と笑顔、どういう意味……?


 私は混乱気味だったが、カァーン! と、近衛兵の持つ槍と槍が打ち合わされ、ぴたりと喧噪が止んだのと同時に、気を引き締めた。


 役者は揃った。

 私とレティシアに、王子(コンラート)騎士団長(フェリクス)医師長(ルイ)――中に一人、小粒の悪役が混じっているが、それでも、舞台は整った。


 訪れた静寂の中、大ホールの中央に、国王陛下が進み出る。



「ユースタシアの未来を担う者達と、再びこのように集えることを、嬉しく思う」



 陛下は両手を広げて軽く注目を集めると、ゆっくりと話し始めた。


「疫病の終息を宣言はしたが、全てが終わったわけではない。まずは、これまでに失われた命に、哀悼の意を捧げたいと思う。……黙祷を」


 そして胸元に手を当て、目を閉じられる陛下。


 私達も、それにならって胸元に手を当て、目を閉じる。


 ほんの僅かな時間、暗闇で、これまでを思う。

 何人が死んだ。何人を殺した。何人が……殺された?


 この疫病で死んだ者達は、何に殺されたのか。疫病か、運命か……私か。


 全てなど背負えない。

 それが分かっていてもなお、もっと何かできたのではないかと思ってしまう。


 この黙祷は、自己満足かもしれない。

 残された者達が、自分の心を整理するための儀式に過ぎないのかも。


 それでも、きっとこの場の全員――まあ多分、ほとんど全員――が、大なり小なり、死者への弔意を示し、私達はそれを共有した。


 疫病は、貴族と貧民を区別しない。……死亡率に差があることは認めるが。

 それでも、各国の支配者階級にも死者が出た。しばらくは混乱するだろう。


 陛下が再び話し始め、私達は目を開けて、手を下ろした。



「我らは国の導き手として、犠牲者を忘れることなく、今後のことを考えていかねばならぬ。だが、今日は祝いの日でもある。踊り、語らい、絆を深める日にならんことを願う」



 締めにかかる陛下。


 私が陛下を尊敬している点の一つは、話が短いということだ。


 要点は押さえているが、長々と話さない。

 実に希有な才能だ。


 立場柄、まあまあ偉いおじさま・おばさま方の長話に付き合わされがちな身としては、本当にありがたい。


 まれに貴重な情報源になるので聞き逃せないのが実に面倒だ。


 陛下の演説シーンは、【国王陛下の演説の最後に、私は名前を呼ばれた。】となっていて、直接の描写は一部だけだったが、通しで聞いても、いい演説だ。

 短いし。


「【此度の疫病は、皆が力を合わせ立ち向かった。だが、それでも一人の功労者の名を上げたい】」


 ……来た!

 来た、来た! 来た!!



「【――レティシア・フォン・ヴァンデルヴァーツ、"救国の聖女"の名を】」



 視線が、私の隣の妹に集中する。

 私はこの、ゲームでも使われる、妹を示す称号を広めるかどうか迷って――何もしなかった。


 だから、これは彼女が自らの力で勝ち取ったもの。

 疫病の治療法を見つけ、それを公正に分配した妹へ向けられた感謝の証だ。


 手招きされた妹は、陛下の前、大ホールの中央へと歩を進めた。

 陛下が妹へ声をかける。


「【望みはあるか? なんでも、とは言えぬが――望みを言うがよい】」



「【望みなどありません。ただ、今後も疫病によって傷ついた民への支援を】」



 優雅にスカートをつまんで礼をして、凜とした様子で答えるレティシア。

 あー、うちの妹、かっこいいわー。


 私は内心でうんうん、と頷きつつ、いつもよりもキリッとした妹の晴れ姿を堪能する。


 今日はいい感じに妹の表情を見られるポジションで、【イベント】をかぶりつきで見られるので、陛下に対して、立ち位置を変わってほしいなどと不敬な思いを抱かなくて済んだ。


「【約束しよう】」


 なお、この流れは打ち合わせ済みだったりするが。

 国家の運営には、多少の茶番も必要なものだ。


 この次は、舞踏会への前振りが入る。


「私は、ユースタシアに忠誠を捧げ、義務を果たすことを誓いました。全ては陛下、そして、"裏町"より私をすくい上げ、血縁と認め、貴族としての教育を施してくださった、姉のお導きです」


 ……そこは台本に、ない。

 シナリオが歪んだのを感じて、背筋が震える。


「正に臣下の鑑よ。【しかし、本当に望みはないのか?】」

「【それでは一つだけ。……踊る相手を、指名させてはいただけませんか?】」


 それでも、ノイズは一瞬で、すぐに【公式シナリオ】で見た通りのテキストに戻ったことにほっとする。


 このような場で、陛下の許可を得て踊りの相手を指名するとは、それすなわち、事実上のプロポーズに等しい。

 もちろん正式な申し出ではないが、二人の関係に対し、国王陛下の後ろ盾が手に入る。


 実に恋愛物語の締めらしい『望み』であり、『ご褒美』だ。


「【よかろう。――誰を指名する?】」


 選択肢は、三つ。



【1.「コンラート第一王子殿下と踊りたいです」】

【2.「フェリクス騎士団長と踊りたいです」】

【3.「ルイ医師長と踊りたいです」】



 これが、本当に最後の【選択肢】と言えるかもしれない。


 ……でも、【月光のリーベリウム】という恋愛シミュレーションゲームの【ログ】の中では、それまで仲を深めたお相手の選択肢が光っていて、他を選ぶ余地がなさそうだった。

 別のを選んだら、どうなるのかな。

 これらの選択肢のどれもが光らなかったりするパターン、あるのだろうか。



 妹は、誰を指名する?



 妹が口を開いた。

 まだ声を出さず、息を吸って一拍溜める。


 時間が止まったような一瞬。


 誰もが、今後のパワーバランスに関わる妹の――"救国の聖女"の――お相手を見極めようと、固唾を呑んで見守っている。

 もちろん、私も例外ではない。


 それでも、私は思わず目をそらしていた。

 それ以上、見ていられなくて。


 ……私以外の誰かが選ばれるのを、見たくなくて。


 妹が、私の方を向いたようだ。

 視線が集中し、私もそれ以上視線をそらしてはいられず、レティシアを見る。


 彼女は、私をまっすぐに見つめて、良く通る声で相手を『指名』した。



「――お姉様と踊りたいです」



 ほう、お姉様か。どこの馬の骨だ。

 ……お姉様?


 わたし?


「……は?」


 思わず、声が出ていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ついにこの時が...!!!さあ、その本性を曝け出すのだアデル!!
[良い点] よっしゃよく言ったレティシア! 前回しっかり言質とってたし、王手ですね♪ ゲーム画面だったら 【「お姉様と踊りたいです」】が盛大に光っているのでしょう(なお他の選択肢はでない) [気にな…
[良い点]  知 っ て た [一言] (ゲーム実況動画風に) 悪役令嬢ものの定番断罪シーンに進もうと思ったら『実験的な治療で死者を出す』だけではダメで、『"救国の聖女"からの好感度がマイナスである』…
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