33:臼杵
大友義鎮を討てば確実に大友は終わりです。とはいえ、六万近くを投入して自ら率いて負けた義鎮が、前線に出てくる可能性は減りました。大友で大きな影響力を持つ男に、絞られてきます。かつての三老の一人、それが今回の物語。
かつて『大友家に三老在り』と言われた男たちがいた。臼杵安房守鑑速、吉弘左近大夫鑑理、戸次伯耆守鑑連だ。
大友の三本の矢とも言われた彼らであったが、一人は戦において壮絶に散り、一人は迷いの末、仕えた家を去った。
残された者たちは大混乱に陥った。早急な立て直しが図られることとなった。急ぎ陶・島津と和議を結び、義鎮の重臣と言われた臼杵安房守と加判衆が豊後府内館へ集まる。
一月にも及ぶ評定が開かれた。野心と妥協と責任の押し付け合いについては、大友家の名誉のため、敢えて口を開こうとする者はいなかった。
一月の後、大友家は新制度として今までの老、加判衆、方分制度を変更せざるを得なかった。それに代わるのが大友家五老制度だ。現在の統治領域を六つの区分に分け、一つは直轄領として、残りを各老が統治する方式だ。
そして、加判衆に代わり、五老とは別格の大老が義鎮の相談役として設置された。これはおそらく五老に着任するであろう人物たちが連携して成立させたものだ。
大老、田原近江守親賢、義鎮の義理の兄でもある。家中に大きな影響力を有するとも言われているが、五老からは外れているため、軍権については大きな制限を受けている。
豊前方面担当として臼杵安房守鑑速、筑前方面担当として吉岡左衛門大夫長増が着任、日向及び肥後方面に田北大和守鑑生が着任。本来であればもう一人担当が着かないといけないのだが、肥前担当は一人では荷が重いため、田北五兄弟に委任せざるを得なかった。
そして、最大の難物。新興勢力日野家に対応するため、筑後国に|朽網市生鑑康《くたみ ししょう あきやす》と|志賀民部大夫親度《しが みんぶたいふ ちかのり》の二人を配置する。
筑後に二老とは著しく調和性に欠くのであるが、近年多くの将兵が集まりつつある日野家に対して、老一人では調略されかねない。
そしてようやくの日野家対応なのだが……相場を荒らされ備蓄はおろか日々の生活すら危うい状況なのだ。そのため、大友家である程度の買い支えなどを行い、相場が大きく動かないように対応をした上で、四国や中国地方、南蛮との交易で何とか対応を行う。
また、勢力圏境の豪族に対しては、武威をもって対応を行っている。免税などを行おうと思っても、日野家の特待と比べるとどうにもならないためだ。日野家にとってはほくそ笑む結果となっているが、力量関係はまだまだ遥かに大友が大きいのだ。
肥前国を五十万石とすると、筑前と豊前一部分を合わせて約四十万石、豊後と筑後で凡そ六十万石前後。倍くらいの開きがあるのだ。
「ほぉ、大友はそこまで思い切ったか」
俺は久々の鳥屋城で、由の膝枕を満喫しながら日野肥前介龍元の報告を聞く。
「信長ばりの軍団制度のようですよ。そして殿が嫌いな切支丹の……」
「誤解せんでくれ。純粋に信教に関する分だけだったら俺はどうでもいいんだ。個人の自由だからな。だがな、日の本に攻め込む尖兵としての布教は弾圧せざるを得ない。……いっそ新教徒派を呼び込むか」
「そして共食いさせる、ですか? 血生臭いですねぇ。既に一向衆に対して他の門徒をぶつけることもしてますからね?」
龍元と名を改めても、宗教政策には相変わらず首を突っ込んでいるようだ。
「で、朽網と志賀が肥前担当なんだって?」
「左様です。」
「有能か?」
「有能でないと加判衆など勤まらんでしょう」
「それもそうか」
日野龍哉と龍元の話に、居心地が悪いのか、由が逃げたそうにしている。が、龍哉は離す気はない。何と言ってもほぼ半年ぶりの再会なのだから。
日野家は全ての領土が日野龍哉直轄領となっている。これは日野家の内政部門優位の中央集権化が進んでいるからだ。その直轄領の中でも、交易の倉庫と言われる鳥屋、政務の中心地桜馬場、そして日野家の戦略及び政略物資を量産する琴海大瀬戸については、他の内政担当官を排している完全直轄領として存在している。
肥前一国を押さえたから安泰というわけではない。むしろ多くの敵味方が入り雑じる状態になり、状況の見極めはより一層混迷の状況を醸し出している。
新編成により、実質の総大将格となった臼杵安房守は、大友家の足並みを揃えるために、豊前国妙見嶽城々主田原近江守親賢の元を訪れていた。
「安房守か。わざわざのお越し痛み入る」
思ったよりも落ち着いているようにも見える。が、気を付けなければならない。この田原、かなりの曲者なのだから。
「近江守様におかれましては、此度大友家大老への就任と、重責を担うことと相なり、不肖某、お力添えいたしたく、多忙の折推参致しました。」
「安房守」
「はっ」
「堅苦しい物言いはよせ。いかに我らが政治的に対立してきたとはいえ、今はお家存亡に関わる重大事。腹を割って話そうという趣旨じゃろ」
「……はっ」
なるほど、妹が主君義鎮公の正室というだけでここまで重用されてきたわけではないということか。
「大きく編成を変えた大友家じゃ。当面は軍団運用の仕方などで手間取ることも多いじゃろ。」
「左様ですな。時を味方にできれば幸いですが、あの日野家がそれを許すとも思えません」
臼杵安房守の言葉に大きく頷く田原近江守。絶望的な兵力差を押し返した『土俵際の幻術士』の名声は、大友家の重鎮たちにすら重く圧し掛かる。ましてや足軽雑兵となると……。
「あの男、地の利を生かす戦術と補給体制を整えること、そして鉄砲の活用で伸し上がってきた男よ」
どうやら日野龍哉については他からも情報を得ているようだ。だとしたら、話は早い。
「我らも、軍団だけでなく戦術についても大きな変更を加えていかなければなりませぬ。」
「……大筒か。としたら南蛮の連中と交易を行わなければならないわけだが……」
近江守の渋い表情に、安房守は静かに頷く。
「志賀、木付、一万田らを説得せねばなりませぬ。切支丹布教については、大友家は一枚岩とはなるのはおそらく無理かと」
「左様。とりあえずは渋々でも構わんから、一枚岩となるべく、説得を行わねばなるまい。」
「ご賢察、恐れ入り奉ります。近江守様には五老の志賀様の説得をお願いいたします。一応筆頭とはいえ、同格故、大老たる近江守様に説得いただければ必ずや協力してくれましょう。某は木付、一万田を説得いたしますれば」
「よかろう。互いに抜かりなく、進めようぞ」
「ははっ」
大老と五老筆頭の苦難の日々が始まったのだ。
まず家臣団。力を持つ家臣団が多いので、精強を誇り北九州の王にまで登っている。反面、それぞれの家臣団が力を有しているので言うことを聞かない聞かない。正直、日野家の体制を羨ましく思う状況なのだ。
日野家は耳目の報告をまとめると、以下のようになるらしい。
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年貢などは全て日野龍哉の懐に入る。
どこからどれだけの年貢が収められているのかは、全領土に告知。
使用予定は全て全領土に告知。余剰金額についても告知の上、次年度に回したりしているらしい。
但し、軍用の備え(武器・兵糧の類)については他国の侵略との関わりもあるため詳細は明らかにしない、と告知。
各方面担当の指揮官は、中央の日野龍哉から軍、武器、兵糧を支給される。普段は敵の侵攻を食い止められるだけの最低限の兵力のみ常駐。
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……羨ましい限りだ。臼杵安房守は正直そう思った。大名に絶大な権力が集中しているではないか。兵糧も兵力もほとんどを日野龍哉が押さえている。そして、年貢の使い道を明確にしている。最初こそは馬鹿正直なのか、単なるバカなのか判断に苦慮したのだが、軍配者の角隈越前守石宗に聞いたところ、
「彼の者の策、全て民心を得るに適している」
と助言を得た。越前守は、
「自分たちの働きがどのように日野家を支えているかが分かり、生産を行う民の向上心を煽るものである。また、何にどの程度使用するかを予め計算しておくことで、自分たちの年貢は公正に使用されていることの証としているのではないか。」
とも喝破している。
この予めの計上についてはそれぞれの村落に立札があるので、他国の耳目も簡単に書き写せるので、その写しを見ながらさらに越前守は感心したように言う。
「さらに小賢しいのですが、年貢徴収量は格段に向上しておりますが、治水事業と他国からの侵攻に対する城郭整備が入って若干赤字。その赤字すら、他国の者にすら分かるように示しています」
「それは日野龍哉にとっては不利なのではないかね?」
「そうなんですけどね。日野龍哉は追加で年貢の徴収を一度たりとも行っていないのです。」
「……それは……」
「公正に年貢を集め、使用し、赤字を補った上での、これだけの侵攻速度……年貢以外にも収入源はある、というのを示しているのではないかと」
金の流れを押さえる者は天下を制す、と越前守が呟く。
「この立て札からそれだけのことを読み取れるか、ということですな。」
越前守の言葉に、臼杵安房守は言葉がなかった。越前守の説明でようやく、何となくわかった気がする程度なのだ。
「日野家が十年少々でここまで伸し上がってきたのは、けして運だけではありません。占う必要もありません。大友家が日野家を圧倒するために同じ制度を入れようとすると、少なくとも二十年はかかります」
越前守はさらに断言する。そして、臼杵安房守もその言葉だけはすぐに理解できた。ここまで説明されてわかった気がする程度の自分。そして、説明された時の大友家臣団の混乱。そこまで想像がついたのだ。
「安房守様、これを大友に入れるとしたらかなりの劇薬になるのではないかと、愚考致しまする」
「……この制度をお主のように理解できる者がいるとは思えぬ。」
「拙僧とて、ここまで示されているからこそ分かったようなもの。模範解答を教えてもらったようなものですな。これをある程度理解できるとしたら……吉岡左衛門大夫様、後は……弟君の臼杵信介様(後の臼杵鑑続)くらいではないかと……」
その言葉に、臼杵安房守は考え込む。
傍らで角隈越前守がのんびり白湯をすすりながら、日野領の立札の写しをさらに読み込んでいく。
「……数年計画に分けているのかな、これは。全ての村に均等に分けていないなぁ……村落の数からすると少ないし……」
さらに色々見えてくるらしい。石宗の嬉々とした表情を見て、断を下す。
「角隈越前守様、大友家の安定のため、内政の要になっていただきたい」
「……それは……」
「躊躇なさるのはよくわかる。柵が多いであろうこと、成功する確率が大して高くないこと等々、難しいことを依頼しておりまする。」
「しかし……」
「お引き受けいただけぬとあらば……」
音もなく刀を抜く臼杵鑑生。
「……拙僧を斬るか。」
「いえ、この場で腹を掻っ捌きます。経済も向上させなければ大友家は滅びます。それを止めることのできなかった無能者。死んで不忠の侘びと致します」
「……やれやれ。弟君、信介様もつけてくだされ。途方もない重責ですが、何とかやり抜きましょう」
「よろしくお願い申す。」
弘治三(一五五七)年水無月一日
「最近、大友家も経済や軍事が安定してきているのね、孫七郎(吉弘鑑理)。」
「はっ。某が大友にいたころは、家中不安定と思うておりましたが、落ち着きが出てきたように思います」
「……戻りたいと思いますか?」
「まさか。あの戸次様が称賛した日野家ですぞ。某はここで骨をうずめますよ」
そう言うと、日野家筆頭家老、日野肥前介龍元の正室、瞳より茶を差し出される。
「それを聞いて安心いたしました」
「しかし、何故瞳様ともあろう方が某如きを……」
「大友の人材について……」
「それは……」
静かな口調の瞳に対して、吉弘孫七郎は口籠る。いかに大友を裏切ったとはいえ、元の主家についてはあまり口を開きたくない。その心情が分かるのか、無言でうなづきながら茶菓子も差し出す。
「仰りたくない気持ちも分かりまする。あなたは見識のある忠臣。仕える家を変えたといえど、今の乱れた世でそれを苦に思うのはいかがなものでしょう。本来であれば殿が直接あなたに聞いても仕方のないところ。」
「殿が……」
「ただ、殿はお優しい方故、孫七郎様に聞けないでしょう」
「あんなに戦は上手い方なのに……」
「人が大好きですからねぇ」
「だから、妹たる私が、こうして密かに聞いているのです。」
「肥前介様は……」
「知っています。というより肥前介殿からの命です」
……日野龍哉の妹。なれば日野家一門の権勢は凄まじいはず。入り婿たる肥前介龍元は居場所がないと思っていたが……。
「肥前介龍元は日野家に欠かせぬ重鎮。その重鎮が、孫七郎様から是非とも殿へお教え願いたいと申しております」
「……承知」
そう言うと平伏する。
命に従うこと、そして、日野瞳の心遣いに。
日野龍哉や筆頭家老日野龍元の下問があれば言わざるを得ないであろう。ただ、それは吉弘鑑理にとって言わされたとなる。そこを慮って、内密に瞳が交渉を行った。
『思うところがあって心変わりして伝えた』という体裁をとるために。そして、吉弘鑑理を揺さぶるために。
内心、(やはり日野家、おそるべし)と思っているに違いない。
「なるほど、今の大友家の中心は田原、臼杵、角隈か……」
吉弘の報告を聞き、得心する龍哉。
「あの立て札からそこまで読み取れるのがいたとはねぇ」
「殿、油断大敵でしたな。」
「遥か未来の予算計上システムだぞ。喝破できる奴がいるとは思っていなかったんだよ。」
「まぁ、それは仕方ありますまい。異能の才はどこにでもいますから。表に出るか出ないかだけの差ですな。」
「北九州攻略の要は……やはり臼杵です」
日野龍哉、日野龍元、日野瞳の秘密三者会談だ。いつもの光景といえば光景なのだが。
「臼杵が奔走して、大友の内情を固めてきている。野心家田原、異能者角隈を繋ぎとめている扇の要だ。」
「臼杵を討てれば、日野家の勝ちです」
「そのための策を講じていくことにしますか」
続く
角隈さん、最初は出さないでおこうかと思いましたが、大友家が日野家と正面から戦えるようにするための経済官僚として、登板願いました。




