22:迂回
サブタイトルに偽りあり、のように見えますが、失墜者の復権の第一歩です。
弘治二(一五五六)年皐月十三日
皐月晴れというにはほど遠い、長雨に、龍造寺隆信はうんざりしきっていた。失政のためとはいえ、重臣にして功臣に成り得たであろう、鍋島一族の追放は慙愧に堪えない。
追放を推奨した家臣団の倫理観の無さには、某も頭を抱えたものである。何れも龍造寺四天王と称しても良いほどの武勲を上げながらの汚職。けして許すことはできぬことであった。
民の事を思ってではない。民はつけあがらせてしまえば一転敵に回る存在なのだから。一族の事を思ってでもない。一族すら容易に敵に回る状況なのだから。
単純に俺、龍造寺山城守のためだ。俺の支配権を揺るがすことは決して許さない。そのためには、族誅も辞さずだ。
だが、一番許せないのは、あの日野とかいう輩だ。仲裁に託けて、鍋島の一族を奪い去っていきやがった。それだけじゃない。北肥前の相場を散々荒らしていきやがった。おかげで、まともに戦をできるようにするために相当無理をすることになってしまった。
幸い、少弐家とは和睦を結ぶことができた。本当であれば短期間の内に滅ぼして版図に加えたかったのだが、調略を得意とする家臣が少ないのが致命的だ。俺自身が動くという手もあったのだが、既に俺の評判は、有力家臣団を滅ぼした点で最悪の評価だ。松浦・波多を通じての間接同盟を結べただけマシであろう。
徹底して弱小日野を潰してやる。そして、肥前を完全に俺の支配下に敷いてやる。
「陣触れだ」
肥前国鳥屋城
同日に陣触れが届く、なんて普通はありえないのだろうが、そこはそれ。
狼煙の有効活用ってやつだ。陣触れだけなら、合図の狼煙の色を決めておけば、即日対応できるのさ。ただし、風向きの問題もあるので、今回は運よく早い方だ。
「肥前鹿島城に主力は展開しつつあるといったところかな。」
俺が絵地図を広げる。衛星写真を基に書きだした地図で、今までの地図よりは多少マシだろう。
少弐氏の現在の本拠は伊万里、大内氏の調略を何とか凌ぎ切り、龍造寺氏と間接的な連携を取っている。
龍造寺氏は本拠は村中にあるが、南肥前(長崎)を監視するかのように肥前鹿島に大きな町とそれなりの規模の城がある。
松浦氏は平戸に本拠を置きながらも、現在の佐世保周辺にある程度の規模の集落をつくり、前線砦として機能させている。
配置としては、佐世保、伊万里、肥前鹿島で、実効支配の進む嬉野、後方支援を行う大村を半包囲しているようなものだ。
「ただ、この包囲……ザルですな」
「ああ、親父の陽動に簡単に乗ってくれる程度にな。まぁ、親父が食わせ物なだけだがな」
父の鉄斎(且元)は現当主の俺に対して廃嫡を目的とした挙兵を行っている。親殺しの大罪を避けるために西彼杵半島の神野浦管理、と思われている。
親父の最大の目的は日野家の発展。それ以上でもそれ以外でもない。そして、俺の力量を認めた(と思いたい)ので、俺の家臣として働いている状況だ。だが、余所者はその複雑な機微に疎いおかげで、いっそ開き直ってこの状況を使ってやろう、等と貪欲なことを考えていた。
それが今回の内通劇である。
「親父の奇襲が成功するか、鎌倉の漸減撤退が成功するか……」
「……今回、とりあえず動員した兵力は凡そ四千二百……兄様の直属三千を率いてもきつい戦いになるわね」
瞳が言う。
今回は敵の動員兵力を半分近くにまで落としているが、我が日野家の人員も大規模動員など出来はしない。何と言っても、日野家は零細なのだ。例え有馬を吸収したからといって、大盤振る舞いなどできない。ついでに言えば、西郷清久については、今や信頼できる功臣であるのだが、多少でも龍造寺に知恵というものが存在するのであれば、有明海からの侵攻だって考えられる。詳細な陣触れの情報が届いていないから、日之江の防衛を厳命している。
後動かせる兵力は……ないぞ?
そりゃ総動員すりゃ一万超えるだろうが、国内の産業がボロボロになってしまう。俺の直属の部隊で挽回できないなら、諦めるしかない。
「針生島に少弐冬尚、川棚に松浦隆信か……これはうれしい誤算だぞ。」
俺は思わず呟く。長雨の中、針生島という島に、親父の兵千に対して少弐冬尚の三千二百、敵軍の三割超を足止めできるのだ。これで、龍造寺・松浦連合六千八百に対して、三千二百、俺の直轄を入れると六千二百でほぼ拮抗する。
当初は敵兵凡そ一万三千と戦わなければならない状況だったのだ。有馬の時の水没作戦に劣らぬ、龍造寺家臣団壊滅作戦の成果であろう。
後は……嬉野でいかに敵を調子付かせて進軍を誘うか……鎌倉一馬の逃げる演技に期待だ。
「まぁ、肥後守(鎌倉一馬の通称)様の逃げ技は芸術ですからね」
空海もそこは安心しきっている。何と言っても、日見峠城攻略戦の際には、肥後守と四郎(奈良東司)の合わせた兵力で、伊佐早正剛と互角ながら本来は圧勝できるところを、『あと少し攻めたら勝てる』と思わせて、自滅に近い状況に持ち込んだのだ。はっきり言って用兵面では天才的なところがある。
瞳に言わせると、
「逃げる演技ばかりが上達している名将」
だそうだ。その名将が、今回は龍造寺山城守に対して仕掛ける演技……正直見てみたい。
余談だが、鉄斎は攻守ともに良し、左衛門尉(室町高次)は防備名人、肥後の攻勢、三郎支援、暗躍の松永久龍というように父と叔父たちを評価している。
川棚で左衛門尉(高次)が松浦隆信を抑え、三郎(東司)が肥後守と左衛門尉の後方支援に回る寸法だ。
弘治二(一五五六)年水無月一日
肥前鹿島から山間を進軍してきた龍造寺軍は、前方に小数の兵の存在を確かめた。
おそらく敵方、日野家の将兵だ。
密かに斥候を送り、動きを探索したところ、どうやら證誠寺を狙うようだ。あそこは……。
山間から出てきたところを狙い撃つことができる要衝だ。幸い、全軍をその道に集中させる必要はない。
「信安」
「はっ」
中肉中背ながら、体中に傷を負った男がすぐそばまで来る。小河筑後守信安、鍋島を失い、四天王を族誅した今となっては、ほぼ唯一頼れる重臣と言っても良い存在だ。残るは側近の飯富但馬守くらいだが、彼は留守居役だ。
「二千で、證誠寺を押さえられるか?」
「はっ。敵勢無くば、確実に。押さえたあとはいかがなさいますか?」
問われて、はたと困ってしまった。押さえれば敵は引く。引いた後に合流すれば時間がかかる。となれば兵糧補給が拙くなる。
「……肥前鹿島から嬉野までの補給を確実に行えるように、整備を頼む」
「……よろしいので?」
補給線を確保するのに二千は使いすぎではないのか、そう言っているのだ。
信安の言も正しいのはわかる。けして軽視するわけではないが、決戦兵力が減るのは愚策だろう。
だが、隆信は少々考えた後、断を下す。
「日野家は弱小で小癪な手を使う。補給を絶ったり、土地を水で沈めるといった手を使う……後方支援を確実に行い、後方を遮断されることがないようにしたい」
この考え方は、けして愚かではない。むしろ、この時代の略奪を中心とした考え方からすると先進的ですらあった。ただ、嬉野が元々龍造寺領であり、略奪は日野領に入ってから、と付け加えるのを忘れることはなかった。
「山城守(隆信)が兵を進めたか」
伊万里から進軍した少弐冬尚も、針生島に陣を敷いている。表向きは敵の日野鉄斎千。現在の兵力は二千程多い。そのため、一挙に揉み潰すことも可能であったが、内通の密書が届いている。然るべき日になったら寝返るという内容だ。
日野鉄斎の不遇は有名である。嫡子に当主の座を追われ、名目だけの管理者という扱い。当然ながら、息子龍哉に対して恨み骨髄であろう……と。
「ふん、所詮は弱小勢力よ」
自分の事は棚上げであるが、日を見て寝返るというのであれば、焦る必要はない。熟して実が落ちてくるまで待てばよい、などと考えている。これも別段、問題がある者ではない。鉄斎の裏切る可能性は今や、西郷清久よりも高いのだ。内部分裂を策するのは、何も日野家だけの特権ではない。あの手この手で調略の手は及びつつある。とはいえ、羽振りが良すぎる(少弐冬尚からすると何らか粉飾でもしているのではないかと疑っている程の)日野家、そう簡単に切り崩せない。身内は日見峠城攻防戦で完全に一致団結、元有馬家の重臣西郷純久も大村純忠討取で大きな功績を上げ、西郷清久に改名。この中で切り崩せそうなのは鉄斎しかいないという現状なのだ。
松浦隆信は周辺の豪族連合の長として兵を率いている。だが、そこらの国人衆と異なり、多少は羽振りが良い。それというのも、松浦水軍衆の存在だ。現在でこそ、日野家に協力、というよりほぼ傘下となった五島水軍によって海運の利権を奪われているが、以前は五島水軍以上に北九州の海運を担っていたのだ。その遺産で、結構な権勢を誇っているのだ。
その権勢は少弐と龍造寺を間接的にとはいえ、同盟状態に持ち込んだことでも証明されている。
「……しかし、堅いな。室町左衛門尉は」
松浦隆信がぼやく。無理もない。ほぼ半数の兵力なのに、大音琴郷近くの小山に布陣している室町高次勢千はびくともしない。
それはそうであろう。守りの名手なのだから。千で三千以上の兵を防いだ実績がある。近年では矢上・宇木周辺を任され、動員兵力も増えつつあるという。
「何とか抜けませぬかね」
一門衆で筆頭家老の籠手田安昌が息苦しそうに言う。病を押しての出陣だ。
「簡単には抜けぬわ」
信頼できる重臣に、本音で漏らす。
倍程度の兵力差は、地の利を取られてしまえば膠着状態なってしまう。そこからの逆転が難しいのだ。それに……。
「本軍がまだ来ていませぬか」
籠手田が胸を摩りながら言う。
「そうだ。あの日野龍哉が来ていないのが拙い」
「本軍は……四千前後でしょうか」
「ああ。単独で見ればそれほど脅威にも感じないが、龍造寺本軍が合流していないこの状況で、先に合流されれば……確実に我らの負けよ」
「だから大村に耳目を送っていると」
「そうさ。とにかく敵の動きを掴まねばならぬ。とはいえ……敵の耳目は中々優秀なようだな」
「耳目が戻りませなんだ」
「ああ。碌に情報を持ち帰らぬ」
日野家の耳目の優秀さの謎については、後になっても簡単には理解されなかった。かつて、大瀬戸琴海衆の耳目を高禄で雇うといった戯言が戯言ではなくなり、現在では日野家でも重臣として扱われている。ただ、表向きは派手な日野家の面々が目くらましとなり、かなり後までその存在が明らかになることはなかった。
しかし、松浦の耳目が情報を持ち帰らないのは、日野龍哉が本当に鳥屋城から動いていないからなのだ。毎日蔵に入り浸り、城から一歩も出ない生活を送っている。
弘治二(一五五六)年水無月十九日
戦線は膠着し始めた。
針生島では未だに鉄斎と少弐冬尚の出来試合が続き、室町高次と松浦隆信も大音琴郷で一歩も動かない睨み合いが続いている。
嬉野では、證誠寺攻略に失敗した鎌倉一馬が、挟撃を避け少しずつ陣を撤退させており、龍造寺隆信の三千五百が追撃をはじめているところだ。
「今日も動かぬか」
口惜し気に松浦隆信が呟く。日が落ち、辺りは闇に包まれ始めている。
合戦が始まってから一月あまり。敵の動きの無さと鉄壁さにうんざりし始めてきている。軍の士気が落ちそうで、何とかしなければ、と対応策を考えているのだが……。そんな時、陣幕の外で何やらざわめきが聞こえてくる。
「はて? 足軽同士の争いか?」
籠手田が呟く。対陣の最中、無聊を囲うと敵よりも味方同士での喧嘩が増えてくるのだ。その度に出向くのだが、今日は僅かに違う気配だ。
「……室町は動いたか?」
「いや、全く。盛大に炊煙が上がっている……」
「いつもの光景か」
そう。出陣前に腹一杯食わせて、という意図で炊煙を炊いていると思わせようとしていたのだろうが、常に炊いているので、松浦党は室町に向かって、
「飯ばっかり喰いやがって、この腰抜けめ」
「戦に来たんじゃないのか! 飯食いに来てんじゃないぞ!」
等罵詈雑言の嵐だ。それでもどこ吹く風と言わんばかりの態度に、次第に注意が向かなくなってきた。
だが、いつもより騒がしい……。
これは……。
陣の後方より、一斉に火の手が上がり始めた。
「なっ?!」
松浦が慌てて立ち上がり、陣幕から出ると……思い思いに休んでいた松浦党の面々に襲いかかる集団がいるではないか。
「げ、迎撃!!」
籠手田が叫ぶが、もう遅い。
「……誰だ!」
敵の旗指物を慌てて探す……。
「永楽銭二枚の……永楽提灯」
籠手田の呟きに、松浦は崩れ落ちる。
「……な、何故だ……」
完全に背後を突かれたが、まだ迎撃できるはずだったのだが、敵の旗差物を見て、完全に心が折れてしまう。
「……日野……鉄斎」
「日野鉄斎、針生島より大崎へ迂回して……泳ぎ推参し候! どなたも歌え叫べ!!」
元日野家当主の教科書通りともいえる夜襲の始まりだった。
さて、相変わらず敵をだまし、奇襲し、と正攻法とは程遠い戦いの連発です。とはいえ、兵力があっても戦わなくて済むならそっちの方が絶対いいはずです。




