20:突破
正確には突破口となる話でしょうか。勢力図が変わり、出せる兵力も増えたはずなのですが、周りの敵がより強大になり、めんどくさいですね。有馬戦はとにかく謀略に謀略を重ねてですが、龍造寺戦も謀略に謀略、そして新兵器の投入がカギになるのではないでしょうか。
弘治元(一五五五)年霜月一日
「……来たか」
俺は空海の報を聞いて、来るべき時が来た、と考えていた。松浦と波多は大瀬戸琴海衆、神野浦衆と何度も小競り合いを続けていたことは、祖父や父の報告である程度は知っていた。龍造寺は徹底した謀略で、信頼できる重臣を手放さざるを得なかった。少弐は……ぶっちゃけ龍造寺の圧力から逃れられれば良かったのだろう。
「何を呑気な」
「別に呑気にしているつもりもないんだがなぁ」
俺はぼやく。光秀と希美姉が結婚して、家中も祝福ムードが溢れている中で水を刺された気分だ。
「……ひとまず、陣ぶれは出てないな。ならば、配置を確定する。」
そういうと、延び延びになっていた領管理に手を付ける。
日野家は既に全面的に領地所有でなく、銭の支給体制に切り替えが完了している。反発は多少あったが、今や俺の権勢は絶大だ。何と言っても有馬晴純を京の都へ追放し、有馬領は完全に併呑している。
今や領土は南肥前全土、取れ高としては十万石に相当するのではないだろうか。当初の取れ高良くて二万国からすると遥かに良い。
そんな俺に逆らえるのは、誰だろう。日野一門衆で反発する者は今やいない。西郷も忠臣と言って良いほど働くし、報告もマメに行ってくる。
なので俺は遠慮しない。徹底して専制政治を行ってやる。
まず、管理地替えだ。
大村は鎌倉一馬。日野家最強の武将を最前線に置く。ついでに女武将紗耶香も配置。そろそろ結婚相手を見つけないといけないなぁ。
西郷清久(純久の純は有馬晴純の純から来ているので、名を変えた。読み方は変わっていない)は約束通り、日之江一帯の管理を任せる。日之江にも石堤防などを導入して、生産体制の大規模化を達成していきたい。
高城には室町高次。当面有明川周辺の治水と再開拓工事を行ってもらわなければならない。
そして矢上・宇木といった橘湾海運航路の開発、維持に奈良東司を配属。何気に最重要地区だったりする。長崎港の開発に加えて、八郎港、茂木港と領内海運の開発も行う必要がある。
相変わらず日見峠領から西側は俺の領土だ。大瀬戸琴海は祖父如水が統括していたが、最近寄る年波で完全に引退を決意して、本当に坊主になっている。
明智光秀は日野家から希美という嫁を貰い、明智のまま一門衆の待遇になり、日野領全土の総代官です。内政部門のトップ。希美は表向きは嫁になったので引退であるが、才腕があるので側近も兼ねている。人使いが荒くて済まんのぉ。
日野瞳は、対島津等南九州の取次として、俺の側近から離れて絶賛大混乱状態。配下に阿部と本河内を貰っているが、暇は欠片もないようだ。
そして現在の俺の謀臣たちは……。
筆頭家老;西東空海
次席家老:松永久龍
北肥前担当:鍋島清房
見習い:日野星鳴
といった面子だ。
「殿、直轄領が全く増えていませんな」
松永が苦笑しながら言う。欲の無さに呆れているのだろうか。
「まぁ、今や日野領鳥屋は銭の湧き出る泉状態ですから、直轄領の増えない程度、どうでもいいんでしょうがねぇ」
清房は岳父であるが、義理の息子の欲の少なさにある意味感心していた。嫁が自分の娘だけ、というのはいただけないが。もっと血族を……と思っている。無論、自分の娘からならば最良だが、別段側室でもいいのだ。とにかくこの躍進する日野領の安定のためにも、この十人や二十人はほしいものである。……どうやら隠し子がいるようだが……。
「それにしても、ちと面倒ですなぁ」
「かなり面倒よ」
かなり無理して口を挟む星鳴。そりゃそうだ最年少で俺の謀臣に入る羽目になっているのだから。どいつもこいつも海千山千なのだ。
「……とりあえず、大村が最前線となりますが、太良方面も警戒が必要です。大軍の展開は無理ですが、小軍勢での荒らしが可能でしょう。」
清房が龍造寺はこのように動く可能性を示唆する。
「国人衆をどれだけ動かせるか、ですが……」
空海も困った顔をさらに困らせて呟く。
「こちらと龍造寺と天秤にかけて、利益がある方に傾くでしょうね」
星鳴も呟く。
「……同時に龍造寺の前線拠点でもあり、大きな町でもある肥前鹿島を揺さぶらないといけないわけだが……」
商業的にはいくらか関わりがあるが、耳目の潜伏などは十分でない。とにかく正しい情報を伝えてもらわなければどうにもならない。
「星鳴、お前は当面こっち方面の調略な」
「え~。」
「え~じゃない! 働け」
「は~い」
頼りない甘え口調だが、瞳と如水の仕込みだから何とかなるだろう。何人か配下はつけてやるし。
「松浦、波多の方は……」
松浦、平戸方面は、この連合によってかなりの大勢力になっている。どうも領土の広さだけなら、少弐家も超えるのではないだろうか。
「烏合の衆じゃろ」
清房が斬って捨てる。
「所詮は利害だけで寄り集まった存在じゃ。切り崩しは大して時間かからんと思うがのぉ」
「……報償などに思いっきり差をつけて、内部をガタガタに揺さぶってやるか」
「えげつないえげつない、だが、それがいい」
俺と空海が悪乗りする。例えば松浦本家筋には千貫、分家筋には二百貫など差をつける。多分相手は不審に思うだろう。こちらに問いただしても、それだけの価値を示していただけたら、などと声をかければ……本家筋は動かないにしても、分家筋は自分たちの価値を高めるために……なんて策だ。これはそう掛からないような気がする。
「問題は……龍造寺か」
「某が抜けたとはいえ、勢力だけなら最大規模ですからな、この肥前では」
清房があっさりいいのける。自分が龍造寺の頭脳だった、と言わんばかりであるが、大小の謀略に携わり、内政軍事もこなす名将の一人だ。
「どう潰すかですが……」
「守るだけなら何とでもできる。あ奴らに策のさの字でもあれば上等な方じゃ。」
徹底してこき下ろすなぁ、岳父殿は。
「効果的に殲滅するなら……主要武将をまとめて屠りたい」
俺が呟く。博打なのだが、どうも博打の張りすぎで、大博打なのかいつもの博打なのかよくわからなくなってきているが……。
地図の一点を指示し、断固として言う。
「この地を奴らの墓場にしたい」
その一点は、嬉野だ。
「……なるほど、高台の寺と山に囲まれた盆地ですか……」
清房の地形を思い出しながら呟く。
「ちと露骨すぎんかね」
盆地に罠……地形を生かした攻撃は日野家が得意とするところと思われている。
「敵の耳目も無能ではありませんよ」
空海も念押しで呟く。
ならばならば……。
「嬉野南西狭隘部を抜ける道があり、そのまままっすぐ進めば大村まで僅か、という道がある。そこをわずかばかり拡張しておく……」
「露骨にはやりませんか。」
清房の片眉が上がる。
「途中で中断でもするさ。そして噂を流させればいい。嬉野で防衛陣を張ろうとしたが、時間が足りず撤退。大村で待ち構える」
「それも露骨じゃないですかねぇ」
空海が厳しい。
「いや、それだけじゃ足りるわけもない。そこで出てくるのが、日野鉄斎は、嫡子に家督を譲り渡したが、納得いかぬ。有馬領は全て龍造寺氏に譲り渡すので、助けてほしい。」
「う~ん……」
「似た内容を松浦や波多、少弐にも流すふりをする。欲に走れば蔵本郷に突進してくるだろうねぇ」
「内応は多方面にされても違和感はないし、鉄斎殿もそう思われる節があるからなぁ」
今でこそ大人しく西彼杵半島の管理者として働いているがね。
「それにしても……陶がギリギリ生き延びたねぇ」
俺は他人事のように呟くが、清房や星鳴は非難めいた視線を送る。
「どこで気づいたか知らないけど、いつの間に兄様は陶に書状を送っていたのよ」
「ん? まぁ、それはなんだな。備えあれば機会ありってやつだな」
はぐらかす。歴史を知っていたので、送りましたなんて言えるわけないじゃん。それにしても危なかった。危うく毛利家躍進の切っ掛けになる厳島の戦いが起きるところだったのだから。
下手に毛利に躍進されると九州北部を制圧して詰み、なんてなりかねない。あの謀神、まだ十年以上は生き延びるに違いないのだから、もう少し陶とごたごたしててくれ。ごたごたしてくれた方が俺としては助かるからな。
「何はともあれ……、抜かりなく準備はしておいてくれ。一馬には千でとりあえず嬉野へ偽陣を張ってもらう。高次にも千で蔵本まで出張ってもらう。鉄斎には、内応するような不審な動きになるように川棚の対岸に陣を張ってもらう。俺も四千を率いて出る。そして……鉄砲隊を出す」
最後の言葉に、息を飲む。秘密訓練場で、回し打ちやら早業などを用いての速射訓練は行っている光景を思い出したのだろう。先祖伝来の鎧など、弓の射程距離の倍近い距離ですら穴が開くことも確認済みだ。
正直、火縄銃にライフリングを刻み込みたいのだが、かなりの技術が求められてしまうので、実現にはまだまだ時間がかかる。作る時に、鉄を巻いて作っていくのだが、巻く時の端を少々削り、ライフリングっぽくできないか依頼を出している。そして、玉の形についても紡錘形で作れないかを相談中だ。狙撃銃などはまだまだ先かもしれないが、検証は必要だろう。
ただ、火縄銃の分解で、ねじという概念がなかった職人から、ねじの概念を教えて分解できた時は、領主にしておくのが勿体ない、などと訳の分からない褒められ方をされた。史実ではねじの秘密を知るために、宣教師に娘を差し出したなんて話もあるくらいだからなぁ。
「とうとう出しますか」
空海が感慨深げに言う。最初に手に入れた十丁の火縄銃は今や六百を超える勢いになり、玉薬に至っては今後数十年に渡る保管量だ。その秘密が解禁されるわけだ。
「だが、火縄銃の量を今の四倍までに増やしたい」
俺はさらに無茶を言う。が、資金面だけなら無茶でもなんでもない。問題は銃の質の問題の方だ。戦闘に耐えうるかなのだ。
「今回は、無論罠に嵌める策も取り、投擲部隊もいつものように活躍してもらわないといけないが、龍造寺という武の家を打ち砕き、突破するためにも鉄砲の大量運用を行う」
「……同時に、玉薬を運ぶための輸送体制の見直し、鉄砲を有効に活用できるようにするための、野戦陣地の構築法など行うことは多い」
事前にある程度研究はさせていたが、やはり初の実戦投入となると緊張する。ただ、今回の戦がその試金石になることは、謀臣たちも分かっている。
兵数については、龍造寺・少弐・松浦波多で約二万。日野家は日之江を抑えたといっても精々八千が限界だろう。
おかしいなぁ、有馬家と対峙した時も二倍強の兵数だったと思う。何で今回もこんなに劣勢なんだか……。
評定が終わり、空海、清房、星鳴は退出した。だが、松永久龍は退出しない。
「久龍、何か気になることでも?」
謀議中、一言も口を開かなかった久龍が、どうにも納得いかない、という表情のまま言う。
「大友が家中騒動といっても、油断しすぎだ」
「へ?」
「調略の手を伸ばし足りない。後、伊東家にも調略の手を伸ばし、豊後へちょっかいかけさせろ。後、陶に恩を売っているんだから豊前にも出兵くらいさせておけ」
「あ、あ~」
今回は鉄砲で大逆転、と考えていたのでその辺すっかり手抜き状態になっていたのを、厳しく言われる。
「申し訳ない」
「……まぁ、俺の役回りは後見役だからな。言いだしっぺの俺が責任を取って動くことにするさ」
久龍がそういうと、苦笑する。
「お前はやることが多すぎるからな」
ん? 皮肉か? これでも相当、他の人間に仕事を押し付けまくっているのだが……。
「そろそろ、紗耶香と星鳴をどこに嫁にやるかを考えておけ。もう少し有力な家臣団を増やしておかないと、どうにもこうにも面倒だ」
そういうと、立ち上がり軽く伸びをする。
「後、俺の位置づけだが……」
「次席家老だと何かと動きにくい。次席は清房に任せて、遊撃的な位置づけにしてくれ」
あ~それはそうだな。この男自由人だった。
「分かった分かった。こちらからも一つ要望な……」
「結婚ならしないぞ。何が悲しゅうて、墓場に入らなあかんのや」
「おま……俺の娘真希にあんなに構う癖に何を言ってやがる」
「そりゃ責任の無い赤子はかわいいもんさね」
「……やれやれ。とにかく、色々不足しているので、何とか後見してくださいよ」
「安心しな。そこは中央で鍛え抜かれた俺が全力の半分で補佐してやる」
「いや……全力でお願いします……」
連合軍との戦いの下準備がようやく整った感じがする……この戦の突破口……何が要となるか……。
次回は、飛鳥。松永久龍の手腕について少々お話させていただきます。




