19:誤算
閑話的なお話。ですが、進展に欠かせない話でもあります。一介の素浪人を普通だったらここまで引き上げたりしないよね。
天文二四(一五五五)年睦月一日
肥前国桜馬場城大広間
今年の新年会は、今までになく盛大な集まりとなっている。何といっても、日野家躍進の年、有馬家が滅亡を迎えた年。
集まる家臣団、国人衆にしても、かつての日野家とは違うことを肝に銘じてこなければならない。当主は三代目。自分たちが協力して押し上げた当主ではない。先代までだったら、多少ごねても協力者ということでお目こぼししてもらえた。
だが、今の当主は違う。先代が廃嫡をしようとし、それに乗ってしまったがため、力を落としてしまった国人衆が多いのだ。
その国人衆達と入れ替わるように、家内で権威を持つ者がいる。
「西郷純久様、御登城」
そう、かつては裏切り者として陰口を叩かれ放題だった西郷純久だ。その彼も、有馬滅亡の立役者の一人として、日野家で重きを為すようになってきた。
西郷純久自身はかなり謙虚に振舞っている。龍哉が驕り高ぶる者を嫌うからだ。だが、周囲の一目の置き方が異なる。噂では、今後の日之江統括は彼に任されるのではないか、とまで言われている。
その彼を凌ぐほどの権勢を誇るようになってきたのが……。
「西東空海様、御登城」
そう、貧相な小坊主……だった人だ。今や日野龍哉にとっての随一の謀臣といっても過言ではない。何と言っても日之江相場騒動の指揮を密かに採っていた辣腕家だ。本人からすると仕事が増えただけだったが、私腹を肥やしたとも言われている。そして、各勢力との交渉も部下の北天翔地空と共に当たっている。因みに地空や宙興は先代では家老格であったが、現在は空海や希美、月照の参謀という位置づけである。
そして、この二人の登城もざわめきが起きた。鍋島清房と明智光秀。龍造寺氏の重臣だった男と、諸国行脚し教養を身に着けた男。対照的な二人であるが、妙に馬が合うのか、一緒にいるところをよく見かける。
彼らも日野家の中で立ち位置を活かし、活躍している。
「謹んで、新春のお慶び申し上げます」
大名夫人となった由も、宴会の差配を担う。今までにない大規模なものとなった。家臣の奥方や領内からの手伝いの差配を上手くとっている。
日野家の宴会は、参加したいと思う者が多い。かつては御節料理で従来の物だったのだが、近年はまず旨い酒が大量に出るようになった。焼酎もだが、日本酒開発が進んでいるためだ。
そして、料理の方も、生の魚を食べることが増えてきた。鰯、鰤などの刺身だけでなく、鮑、海鼠などもふんだんに出てくる。これは日野家独自の調味料、「醤油」が大きく影響している。民の間でも高級品ではあるが少しずつ使用が増えている。
また、肉を食べる機会も増えている。西彼杵半島には広大な自然が広がっており、猪、鹿、鶉、鳩、雉などなど豊富な肉類を狩ることができている。一部では畜産を行い、繁殖研究も進められているらしい。
味付けも大幅に変わった。味噌・醤油の開発により、濃く旨い料理が増えたのだ。そして、日野龍哉が言いだしっぺなのだが、明国の料理と称して餃子やシュウマイ、ちゃんぽんという小麦と鳥出汁による野菜たっぷりの麵料理なども出てきている。
それが、御膳料理ではなく、自由に取り入って食べられるビュッフェ形式で提供されたのだ。年寄り連中はそのことに対して不平不満を言っていたが、若い家臣たちは自分たちが好きな物を好きなだけ食べられる、と好評であった。
大広間での宴会場以外でも、なかなか盛況だ。実は日野龍哉が密かに若い家臣たちに婚活を進めていたからだ。
しっかりと家庭を持つことで、自家のため、そして日野家のためになるとして、奨励をしている。家庭を持った者に対しては銭が出る。また、働く女性の事も考えて、共同体保育の案も出している。
そのためか、若い家臣たちは意中の娘を口説き落とそうと必死だ。無礼講なので上役たちも窘めるどころかけしかけるぐらいだ。
そんな中、龍哉としては想定外、虚を突かれる場面に出くわした。例えるなら、日見峠攻略の謀略を全て暴かれ、首を取られるくらいの驚きだ。
少し離れた寒い縁側で、何と明智十兵衛と……日野希美が肩を寄せ合う場面を見てしまったのだ。……見てしまったというか隠れて逢瀬しているわけでもないので、多くの者が目撃している。
「……空海」
「はい?」
「俺は疲れているようだ。二年ぐらい休養を……」
「寝言は寝て言ってください。……私も、正直信じがたい場面ですが……良いことではありませんか」
「……敵は日翔寺にあり、とかは無しか?」
「無しでしょう。」
そう言いつつ、その場面が見える小部屋へ料理を運ばせる。
日野希美……日野家の筆頭代官。男に生まれれば、間違いなく龍哉でなく希美が後を継いでいた傑物だった。性別が敵だった。だが、日野龍哉の抜擢により日野家の内政は彼女の許可がないと動かないとまで言われている。事実、当主の龍哉すら内政については希美にお伺いを立てている程が。突出した財政管理能力と人材管理・育成能力は、現代人の知識を持つ龍哉から見ても有能なのだ。
一方の明智十兵衛光秀……諸国流浪の中で朝倉に仕え、将軍義昭を織田と引き合わせ、織田家の中で常識ある重臣として立身出征した苦労人。軍事、内政、外交と超一級の人材で、信長から後継者として指名されていれば名二代目として発展させることができたであろう傑物だ。
その傑物同士の寄り添う姿は、完全に誤算であった。
「いや、こうなるのを期待していたわけではないんだよなぁ」
「知ってますよ。殿がそんな男女の機微に鋭いわけないじゃないですか。元はニートなんだし」
「うっせえ、おっさん。結婚できないからって僻むなよ」
「いえ、妾が数名程いますからねぇ……」
「この俗物坊主め」
「俗物じゃなければ、日野家に勤めませんって」
「それにしてもそうか」
俺も空海もそんなに酒は飲まないので、食べる方に集中しながら話をする。
「それにしてもなぁ……俺は希美姉の仕事の負担を減らすために、側近にしたんだがなぁ……」
「まぁ、できる男ですからね、彼は。」
「まぁできるだろうなぁ。織田四天王の一人だったんだから」
「それにしても、半ば涙目になりながら『結婚なんてしない』と言い切っていたのになぁ」
「いや、まだ結婚するかはわかりませんよ?」
「空海よ、いくら朴念仁の俺でも、あの雰囲気を見て、男女の付き合いがない、なんて思えるわけないだろうが」
「そりゃそうですがね、熱々でしたし」
「だが……誤算と言えば誤算だが、彼を一門衆に取り込めるとしたら……是非、希美姉の恋愛を成就させたいなぁ」
「でも殿、当主の姉と元とはいえ一介の浪人だった男の結婚は難しいのでは?」
「ん? 周りの風評の事か?」
「そうそう。城内では半ば公認状態であっても、領内、領外から見るとどう見られるかですよねぇ……」
流石深謀遠慮の塊、空海だ。この婚姻を外交や謀略の一環として見据えている。
「……いっそ、俺の命令で婚姻させるか」
「……よろしいので?」
「よろしいも何も、俺としては使える男が家臣となるのだから、万々歳だ」
「……当人たち同士の感情を抜きにすれば、行き遅れの一門の女を、元浪人だった男にあてがった悪い奴、と評判になりますが。」
「別構わんよ。それであの二人が幸せになるのならな。特に姉には、日野家が落ち着くまでとは言え、無理をさせて結婚願望を我慢させていたのだから……」
「でも一手策を練らないと、断固拒否すると思いますよ。意固地な希美様は……」
「何とかするさ……何とか」
天文二四(一五五五)年弥生四日
この日、鳥屋城周辺の石堤防が崩落した。幸い、いくつか組んでいる石堤防の上流部分だったので、大洪水にはならなかったが、工事責任者である日野希美と側近の明智光秀が鳥屋城へ呼び出される。
「此度の件、真に申し訳ございませんでした」
「……いかがいたすべきかね」
壊れた石堤防の修復についてだ。今のところ大きな災害には至っていないが、修復が出来なければ、その周辺の収穫に影響が出る。
流石の事態に、希美も顔色を蒼白にしている。今まで行ってきた工事でこのようなことは起きていないのだ。初の瑕疵に、想像以上に動揺している。
「殿、お待ちくだされ……」
明智光秀が意を決して言う。
「事故現場を見分してきたところ、明らかに人為的に崩された部分がございまする。」
……僅かな時間で調査してきたか。流石できる男。危なかった、火薬を使っていたら確実にばれているだろうなぁ。
「これは日野家に対する謀略の一環と思われますれば、即時対応が必要かと存じます」
「具体的には」
「は、自警団の強化、村落自警団の推奨。また、南蛮漆喰の表面に石材を張り付けるなどの外側からの攻撃に対する強化などが挙げられます」
流石できる男は違うね。
「左様か……。希美」
「はっ」
「敵の謀略で其方の責任ではない可能性が高いことは、十兵衛の報告で分かった」
「ははっ」
「されど……」
俺の言葉に身を竦める。
「今後もこのような事態が起きることは想定される。その時々で、そのように顔色を変える気か」
はっきりいって言いがかりもいいところである……。
「総代官を明智光秀と致す。」
「へっ?」
「殿、お待ちくだ……」
「待たない。日野希美は総代官補佐として、総代官の身辺から一切離れず、学び続けよ。彼の者の冷静さ、危機管理能力は学ぶ価値がある。本当なら他の家臣も其方の側近として学んでほしいくらいだ」
「殿! 希美様に瑕疵がないのであれば」
「瑕疵はある。あの程度の事故でそこまで動揺したことは総代官として相応しからず。新たなる総代官から学び、危機管理能力を身につけよ。そして……日野家のために働いてほしいねぇ」
敢えて最後の言葉をにこやかに、意味深に呟く。
日野家の為に働く……。
「ちょっ?! 龍哉」
「殿」
「……殿! 今回の件まさか……」
「本日は大儀であった、下がれ」
やべえやべえ、ばれるところだった。
「うまく行きましたか、猿芝居」
「猿芝居言うなや」
とりあえず打ち合わせ通りには行ったはず。希美の地位は高すぎたのだ。瞳にそんなえらい女性と結婚したいという勇気ある男性は極稀、とばっさり切り捨てられたのだ。
そこで、良策とは言えないが、猿芝居を演じた訳だ。手の者に壊れても大して支障のない石堤防を破壊させ、工事責任者を追求する。その中で、他国の謀略ではないか、を光秀に言わせ、対応法も確認する。その上で、実験的であるが総代官を明智光秀に抜擢するというザルもいいところなシナリオだ。
まぁ、短時間で直接調査した上で、こちらから水を向けることもなく対応法まで完璧に答えた光秀の才略は誤算だったが……それ以上に、希美だ。今まで成功ばかりで、失敗した時あそこまで動揺するとは思っていなかった。ああ見えてメンタルは少し豆腐っぽいのかな……なんてな。
あのメンタル面の弱さも誤算だったが、おかげで当初のザルなシナリオよりはいくらかマシな猿芝居になったわけだ。
日野家の為には豆腐メンタルは克服してもらわないといけないし、一緒にいれば学ぶことが多いのも事実だ。まぁ、元々仲が良く、地位もそれらしく互いに相応しい状態になったのだから、時間はかかるかもしれないが婚姻にも至るだろう……。
天文二四(一五五五)年 文月九日
明智光秀と日野希美の婚姻は、意外にも「やっとか」という雰囲気の中報告された。
新年の宴の際の寄り添い方からも、いつ結婚するのか状態だったようだ。
そして弥生に起きた『不審な石堤防崩落』で見せた光秀の才幹と希美を庇うために当主に敢然と立ち向かった『噂』
家中の男どもは政略結婚だの玉の腰だの陰口を叩いたが、女子の光秀高評価に逆らえるわけもなく、自然と下火になっていった。
光秀・希美互いに二六才。晩婚であるが、家中のほとんどから祝福された結婚であった。なお、一番号泣していたのは、父の鉄斎だ。龍哉の筆頭家老として働きに働いたため、溺愛する長女から逃げていく婚期を止めた光秀を抱きしめ男泣きに泣いていた。光秀も別の意味で泣いていたという。合掌
「俺は……俺はこんなに嬉しいと思える日が来るとは思ってなかったぁぁぁぁ!」
希美は顔を真っ赤にしながらも、幸せそうにしていた。
そして俺は、というと一通の手紙をしたためていた。宛先は島津貴久。……本格的な同盟を結ぶためだ。
光秀と希美は多忙の中ながら、龍哉の命によって、薩摩までの旅を命じられた。密かに先に送った使者に「温泉地と旨い食べ物」を言付けていたので、おそらく日本初の新婚旅行となるに違いない。
二人が帰ってくるまでの間、内政担当の文官にひたすら恨み言を吐かれたのは誤算だったが……。
弘治元(一五五五)年霜月一日
「殿!」
空海が血相を変えてやってくる。
「龍造寺、少弐、松浦、波多が連合を対日野連合を結んだとのことです」
今回の光秀・希美の婚姻は、作っていた年表とアドバイスから思いついたものです。年齢を調べてみると同い年。光秀の前妻煕子さんには申し訳ございませんが、都合良くこういう展開にさせてもらいました。史実通り? どうなんだろうねぇ^^;




