謎の転校生とか求めてないから 10
北海道に残暑はない。
そう書くと語弊があるが、八月も半ばを過ぎると肌寒いと感じる日が多くなってくる。
それでも一応、高校は九月末までは夏服だし、クールビズもかなり意地で継続される。
すぐに厚着をしなくてはいけなくなると判っているから、多少の無理をしても去りゆく夏を惜しむのだ。
ちなみに、九月中頃くらいから、朝晩にストーブを焚く家がちらほらと出てくる。
ストーブを使いながら夏服。
この大いなる矛盾が北海道クオリティといえるだろう。
「おはようっ お姉様っ」
玄関を出た瞬間、佐緒里がのけぞった。
目の前に現れたリンの台詞によって。
「ぜ、是非もない」
耐えろ。
まだキレるような時間じゃない。
いつものことだ。
リンの転校から一週間。
ほぼ毎日のようにお迎えにくる。
実剛と絵梨佳、美鶴と光、佐緒里とリンの三組のカップルで学校に向かうのが通例になってしまった。
「あたしたちはカップルじゃない」
とは、鬼姫が熱心に主張することだが、子犬のようにまとわりつくリンを従えていては、説得力に乏しい。
光則に押しかけ女房出現かっ、というシチュエーションはわずか一日で消え去ってしまった。
かわりに、鬼姫と砂使いの仲は悪くない。
槍使いを交えて、よく三人で遊んでいるようである。
もともと澪の血族と萩は犬猿の仲だったことを考えれば、大いなる進歩といえるだろう。
なんとなく平和に時が過ぎ、月曜日の朝である。
「よ。おはよう」
光則が軽く手を挙げる。
朝の教室。
出迎えられたのは三人。
家を出るときは六人だったが、人数が半分に減っている。
味方を先に進めるため犠牲になっていった、のでは、むろんない。
中学校で美鶴と光が離脱し、二階の教室に絵梨佳が消え、三階の二年生の教室には、該当する実剛、佐緒里、リンが入る。
ごく普通の日常だ。
「お」
リンが突進する。
「は」
うなる右腕。
「よ」
間一髪で受け流す。
「う」
組み合う。
互いの息がかかる距離。
両手の指を絡めて、睨み合う。
「なんで毎朝毎朝攻撃してくんだっ おまえはっ」
「しれたことっ 光則を倒してお姉様を手に入れるっ」
「意味がわからんっ」
「ならば死ねっ」
もう見慣れたもので、死闘を繰り広げる二人を尻目に、それぞれの席に着く実剛と佐緒里。
仲良きことは美しき哉。
「おまえらにはこれが仲良しにみえるのかっ なんとかしろよっ」
叫んでいる人がいる。
仲良しに見えるから何ともしない。
とくにかまうこともなく、実剛が教科書を机に突っ込む。
「そういえば巫実剛」
やはりかまう気のない佐緒里が話しかけてきた。
「なんだい? 佐緒里さん」
「また転校生がくるらしい」
「珍しくもないじゃないか」
爆発的な膨張を続ける澪。
八月に入ってからはさらに加速している。
転校生の一人や二人、もう珍しくもない。
これはこれで、彼らの成功の証だろう。
「すこしばかり変わり種だと佐藤奈月が言っていた」
「ほう?」
「芝絵梨佳と同い年だが、飛び級で三年生に編入らしい」
「公立学校だよ。ここ」
げっそりと呟く次期当主。
無理を通して道理が引っ込むということは、どうせ誰かの肝いりだろう。
たいして良い想像には結びつかない。
「ただ、僕たちのクラスじゃないってのはちょっと意外だね」
誰の思惑が働いているにしても、学校生活においては実剛に接近しなくては意味がない。
事実、リンも実剛のクラスに編入された。
まあ、一学年三クラスしかないのだから、仮にくじを引いても確率的に三分の一なのだが。
「安寺琴美や凪兄弟と同じクラスだそう」
「なぁる……てことは、でどころは一緒か……」
「なにが?」
「解説する?」
「鬼に理屈など必要ない」
難しい話になると本能的に察した鬼姫が、さすがの回避力を見せる。
くすりと笑った次期当主が、視線をやや上方にむけた。
ご愁傷様、信二先輩、と、口中に呟きながら。
担任教師から紹介された転校生は、驚くほど垢抜けていた。
軽く巻いた明るめの髪。黄金分割法で採寸されたとしか思えないプロポーション。悪戯っぽく輝く大きな瞳と上品そうな口元の笑み。
すべてが完璧な計算の元に造型されているかのようだ。
一挙手一投足が目を惹きつける。
「新山楓と申します。若輩の身ではありますが、何卒よろしくお願いします」
鈴を鳴らすような美声と、優雅なお辞儀。
クラスの男子どもによる美少女ランキングが瞬時に書き変わる。
これまで澪高校を代表する美少女といえば絵梨佳であった。次点で琴美だろうか。
姿形だけなら甲乙付けがたいが、纏っている雰囲気がまるで違う。
この美少女のもつ都会的な雰囲気に比較すれば、やはり絵梨佳などは田舎っぽい。
「あかぬけ一番って感じね」
感嘆の吐息を漏らした琴美。
「その感想はどうかと思いますよ。元ネタ判る人いるんですか?」
律儀に信二が突っ込む。
ちなみに信一はといえば、まったく興味ありませんよという態度でハンドグリッパーを握っている。
魚顔筋肉にとっては、人間のメスなどどうでもいいらしい。
失礼な感想を琴美が抱いた。
「顔に出てるぞ。アンジー」
ぎろりと睨む。
「興味がないんじゃなくて、俺らとは縁のない女性だと判りきっているだけだ。自分たちが異性にモテるかどうかくらいは知ってんだよ」
まったく当然のように複数形を使う双子の兄。
弟の方が素通しの眼鏡を持ち上げる。
筋肉の言い分はもっともである。
もっともであるが、残念ながら事実を網羅してはいない。
しずしずと歩み寄ってくる美少女。
野暮ったい澪高校の制服が、ブランドものの最新モードに見えてしまうから不思議だ。
「あ、こっちくるよ。ひかりきん」
「だれが馬ですか。そのネタを引っ張るのはおやめなさい。アンジー」
ぼそぼそと会話を交わす魔女と軍師。
楓が足を止める。
信二の席の前だ。
そして優雅な一礼。
「お初にお目にかかります。信二様。お噂は祖父より聞き及んでおります」
「……やっぱりそうきましたか。そうじゃない可能性を信じたかったんですがね」
深い溜息。
「え? なになに? どうなってるの?」
琴美が混乱している。
「…………」
信一が体を鍛えている。
シュールな光景に動じることなく、楓が琴美に向き直る。
「あなたが琴美さんですね。わたくし絶対に負けません。かならず信二様を奪い取ってみせますわっ」
宣戦布告だ。
背景に花とか背負っていないのが残念なくらいに、堂々としたものだった。
まったく、何を聞かされてきたんだか。
「……ごめん。話が見えない」
お手上げアンジー。
仕方なく軍師が答える。
「謎の転校生ですよ。こういう展開はぜんぜん求めていないんですけどね」
肩をすくめながら。




