謎の転校生とか求めてないから 1
「うぎょぉぉぉん。うもぉぉぉん」
奇声をあげて転げ回っている、へんな物体がある。
固有名詞を巫実剛という。
八月も中盤を過ぎた澪。
夜の巫邸。
「うざい。叩き潰してやろうかしら」
履いていたスリッパを脱ぎ、右手で掲げる美鶴。
ドメスティックバイオレンスの現場だ。
「わーっ! まてまて美鶴っ」
身を挺して将来の義兄をかばう光。
「どいて光。兄さんを殺せない」
「ヤンデレるなっ」
繰り広げられる漫才。
夏休みが終わる。
明日から新学期だ。
実剛の鋼メンタルも、長期休暇終了のおしらせには勝てず、このていたらくである。
結局、泳ぎには行けなかった。
泊まりがけの旅行にもいけなかった。
ボランティアとアルバイトと出張と会談と戦闘で夏休みが終わってしまった。
「なにこの多彩さ。僕の人生どうなってるのっ!?」
高二の夏は一度しかないのに。
よよよと泣き崩れたりして。
「あ、ごめん実剛兄ちゃん。俺も今ちょっとイラっとした」
味方であったはずの光まで寝返ってしまった。
しょせんリア充だ。
心の底から解り合えるはずがないのだ。
「君らは良いよね。いっつもいちゃいちゃして」
「よし。殺そう」
兄の殺害を決断する美鶴。
だいたい、中学生組だってけっこう働いている。
出張だって、半分くらいは同行しているのだ。
忙しいのはお互いさまなのである。
「そもそも兄さんは時間の管理ができていないだけなのよ」
兄の頭をスリッパでべちべち叩きながら、妹が偉そうに説教する。
改革を志向したときから忙しくなるのは判りきっていたことだ。
札幌や東京への出張はたしかに予定外ではあったが、どちらも短時日で片が付いている。
「遊ぶ時間なんてものは、もらうものじゃなくて、作るものなのよ」
ちなみに美鶴と光は、夏休みの前半で宿題を終わらせてしまっている。最初に計画を立て、後半遊ぶために頑張ったのだ。
残り一週間を切ってから手を着けた実剛とは違う。
おかげで、御前との戦いが終わった後、中学生チームは充分に夏休みを謳歌することができた。
さすがは信二に次ぐ軍師。そつがない。
そして光のためには全力で協力するが、兄のためには小指一本動かしてくれないのである。
あ、動かしてるか。
べちべち頭叩いてるもんね。
しょーもないことを考える兄であった。
襲撃を凌ぎきった澪であるが、爪痕は小さなものではなかった。
とくに役場庁舎のダメージは深刻で、老朽化しているという事情もあったので、この際は新築しようという流れになった。
街全体の「改装」と平行して行われるため、ただでさえ人手不足な建設部門は、パンク寸前である。
北海道からの専門職の派遣がなければ、実際に破綻していたかもしれない。
そしてそれ以上に、さきの戦いでは初の人的損害が出た。
戦死した量産型能力者が二名。御前に殺された巫の眷属が六名。
公式にはすべて病死だ。
戦力的にもかなり厳しいが、精神的な衝撃も大きい。
自分たちの進む道には、流血があるのだと再認識せざるを得ない出来事だった。
津流木の生き残りである聖は、暁貴や鉄心とも話し合った結果、さしあたり大学卒業までは東京で暮らすこととなった。
本来であれば澪に戻した方が安全なのだが、暁貴が強硬に反対したのである。
大学を卒業し、本人が望むなら相応の地位をもって迎え入れれば良い。
東京で就職するのならそれもまた良し。
その点について、万事に鷹揚な暁貴がまったく譲らなかった。
彼の経験が言わせていると知っている腹心たちは、もちろん澪の王の意向に逆らったりしなかった。
御前陣営も澪に劣らぬ痛手を受けており、以前ほどの危険度が東京になくなったという事情もある。
互いに得るものの無かった戦いだ。
すぐに再戦という可能性は低い。
とはいえ、いくら可能性が低くとも、訓練を欠かすことはできない。
脆弱さが浮き彫りになった第一隊はなおさらだ。
少数の兵は精鋭でなくては意味がない。指導する立場に抜擢されたのが御劔である。
鉄心に請われ、勇者は澪唯一の戦闘部隊を鍛え直すことになった。
そして、部隊を指揮する指揮官に、改めて信一が選任された。
これは本人の希望である。
先日の戦闘結果に忸怩たるものがあったのか、魚顔筋肉は一から指揮というものを学び始めた。
激戦を生き残った者たちは、それぞれのやり方で前へと進もうとしている。
もちろん、澪の実質的な支配者たる暁貴も。
「明日か……」
プレハブの仮説庁舎で、ぐーっと伸びをする。
甥や姪の新学期の話ではない。
「十時に到着って話だったわね」
冷たい麦茶などを差し出しながら、秘書の沙樹が確認する。
新山首相の訪町である。
幾度かの電話会談でなんとか予定のすりあわせが完了し、ついにこの国の主権者が澪を訪れる運びとなった。
「せめて庁舎が完成してからにして欲しかったんだがな」
麦茶を一口。
喉ごしが心地良い。
この北の島では、盛夏はもう過ぎている。
八月も後半となると、夜には長袖がほしくなるほどだ。
「まあ。向こうとしても先延ばしにできる案件でもないだろうからな。御前が大人しくなっている今のうちに、中立なり同盟なりの約束を取り付けようとの腹だろう」
客用ソファから、鉄心が声をあげる。
「けどよう鉄心。さすがにプレハブ庁舎に総理大臣をお迎えってアレすぎね?」
「どうせ公式の訪問ではない。どこでもよかろう」
見栄を張ってどうする、と、黒い瞳が語っていた。
小さな町なのはいまさら取り繕いようもないし、襲撃で庁舎がお亡くなりになってしまったのも事実だ。
どうしようもないではないか。
「いっそ鉄心の家に招待ってのがいいんじゃね? 大邸宅だし」
「かまわんが、うちは霊薬の製造工場でもあるぞ? 良いのか?」
「……いいわけねーだろうが」
「では視点を変えて、お前に家にすれば良かろう」
「勘弁してくれ……」
巫家はごく普通の住宅だ。
そんなところに一国の元首を招くのは、さすがに恥ずかしすぎる。
「良いではないか。お前の蔵書の自慢でもしてやれ」
万巻の書物。
九十パーセントまでがライトノベルとジュブナイル小説で占められている。
それを見られるのは、澪が鼎の軽重を問われそうだ。
まあ、恥ずかしさはともかくとして、さすがにそこまで懐に入れるのは拙い。
「無難にホテルでしょうね」
男たちの不毛な戦いを、ばっさり切り捨てる沙樹。
結局、大沼公園に程近い場所にある温泉ホテルが会談場所となった。
市街地からはかなり遠いが、べつに徒歩で移動するわけでもないので特に問題はない。
「信二くんも同席するって言ってたわよ。そういえば」
「ああ。あいつも軍師が板に付いてきたな」
瞳に信頼感をたたえて頷く鉄心。
連戦連勝の子供チーム。じつのところキーマンは魚顔軍師だと思っている。
彼の存在がなければ、実剛などは年相応の少年に過ぎないだろう。
名実ともに、子供チームの頭脳なのだ。
「言いたいことは判るけどよ。受験生が始業式からサボるのも、どうかと思うぜ。俺は」
苦笑した暁貴が煙草の先に火を灯した。
ゆらゆらと紫煙が立ち上る。




