うごめくモノども 10
御前の屋敷を出ると、新山首相が待っていた。
べつに嬉しくも何ともないが、この屋敷の所在地が判らないので、送迎は必要である。
「勝利したようだね。次期魔王」
「どうでしょうね。御前は逃げましたが」
声をかけられ、事実を過不足なく伝える実剛。
「一方が去り、一方が残っている。勝利と言っていいだろうよ」
苦笑した首相が、くわえていた煙草を携帯灰皿に押しつけ、少年たちをバスへと誘う。
人数が一人増えていることに関しては、感想めいたことは口にしなかった。
囚われていたものだということは想像が付くし、一人しかいないというのも、だいたいの状況が理解できる。
わざわざ問いただす必要などないことである。
「羽田に直行していいのかね?」
「お願いします」
「食事は?」
「空港でなにか食べますよ」
「それならば、私の行きつけの店で、一緒にどうかね?」
誘う。
意外、ではなかった。
御前が一敗地にまみれた以上、首相としては手を結ぶ相手を考え直す必要がある。
このあたりは、伊達に政界の荒波を泳いでいるわけではない。
澪陣営と御前陣営を秤にかけているのだ。
現状、澪の方が有利なため、よしみを通じておく。
本格的な修好とまではいかなくとも、チャンネルを持つことは損にはならない。
「ご厚意はありがたいのですが、澪の様子も気になります」
「なに。私たちが食事をしている時間くらい、澪だって待ってくれるだろうさ」
にやりと笑って片目をつむって見せる総理大臣。
そこまで言われたら、実剛としても固辞することはできなかった。
「わかりました。おつきあいしますよ」
肩をすくめる。
一難去ってまた一難であった。
案内されたのは、ものすごく高級そうな料亭だった。
まだまだ陽の高い時間帯なので、日本の伝統であるゲイシャは呼ばれていない。むしろ、本来なら開店すらしていないかもしれない。
コネクションでねじ込んだのだろう。
先日の帝国ホテルといい、じつに判りやすい影響力である。
「生まれて初めての料亭が、総理大臣のお相伴とか、ちょっと見かけない設定ですね」
「事実は小説よりも奇なり、というやつですよ。御大将」
閑雅な廊下を歩きながら所在なさげに頭を掻く実剛に、信二が笑いかける。
穏やかな笑顔が気持ち悪い。
このふたりはまだ余裕がある方で、絵梨佳などは緊張で右手と右足が同時に出ている。
御劔と五十鈴は、血族ではないので同席するのは憚れると言って聞かず、邸外での護衛を買ってでた。
津流木は精神面のダメージを無視できなかったので、佐緒里が付き添ってバスの中で休養をとらせている。
ツルギが体内に戻っても、すぐに体調が復活するというわけではないらしい。
このあたりは、澪に戻ってからちゃんと調べなくてはいけないだろう。
ともあれ佐緒里も不参加である。
実剛に随伴するのは信二と絵梨佳の二人だけだ。
前者は参謀役、後者は護衛役というポジションのもいつも通りなので、あらためて打ち合わせをする必要もない。
やがて、座敷に腰を落ち着けた彼らに、新山首相が酒を勧める。
「まずは一献」
「未成年です」
「魔王の後継者が、日本の法律を気にするのかね?」
「最近の魔王は遵法精神旺盛なんですよ」
「武力の行使は躊躇わないがな」
「降りかかる火の粉を払っているだけなのですが」
「この国では、火の粉を払うのも警察の仕事なのだよ。決闘罪は無くなってはおらんよ」
「警察に頼めば御前を何とかしてくれた、と?」
「まさか。警察の権限が及ぶのは人間に対してのみだ」
表面上は友好的に話が進んでゆく。
運ばれてくる料理。
コース料理ではなく、一品料理が並べられてゆく。
「まだ豚肉の研究をしているのかね?」
「秋のB-1にむけて、日々研鑽あるのみです」
「それほどの力を得て、なおB級グルメ選手権などにこだわるのが不思議だな。話題作りなど、いまさら必要あるまい」
現在の澪には潤沢な資金がある。
大手企業の誘致も決まっている。
観光事業など捨てたところで、べつに問題はないだろう。
「お金が欲しくてやっているわけではありませんから」
言いながら箸を動かす実剛。
どの料理も厳選された素材を使った匠の一品なのだろうが、たいして舌の肥えていない少年には、超高級そうな美味しい料理、という以上のことが判らない。
信二や絵梨佳も同様だ。
「ほう?」
「開かれた街にしたいんですよね。閉鎖的なのはもうこりごりですから」
だから、今後も観光事業は澪の主産業にしたい。
「欲がないな」
「そうですかね? 僕としてはかなり欲張っているつもりですよ。総理」
人外と人間が共存できる街。
人の往来が絶えない活気ある都市。
けっして小さな夢ではない。
「私としては、君が私利私欲のために行動する人間である方が交渉しやすいのだがね」
「これだって私利私欲ですよ」
シニカルな笑みを交わし合う総理大臣と少年。
「そろそろ本題に入りましょうか。首相閣下」
おもむろに口を開く魚顔。
長年の友のように会話を続ける二人に不安を覚えたのだ。
油断のできる相手ではない。
あまりフレンドリーに対応されると、実剛が調子に乗って、ペラペラといらないことまで喋りそうである。
「澪の軍師。性急だな」
「まあ、女体盛りも出てきませんし、さっさと用件を済ませて帰ろうといったところですね」
とくに表情も変えずに冗談を飛ばす。
「あれはさほど良いものではないぞ。刺身も人肌で温くなってしまうしな」
「感想はいりません。むしろやったことがあるんですか?」
「そういう接待を受けたことがある」
「どうなっているんでしょうね。この国の中枢は」
「まったくだ。なにしろ人外が裏から牛耳っていたくらいだしな」
ごくさりげなく投下される言葉の爆弾。
ゆっくりと首相の言葉を吟味し、信二は自分の意見を開陳する。
「その状況を、閣下は好ましく思っていなかった、というわけですね」
答えず、女体には盛られていない刺身をついばむ新山。
信二は機嫌を損ねたりしなかった。
否定しない、ということで察しなくてはならない。
明言してしまうと、いろいろとまずいことがあるのだから。
「かといって、共存を拒むつもりもない」
「さてな」
肯定とも否定とも取れる言葉。
まだ旗幟を鮮明にする時期ではないということだろうか。
吸血鬼の王は滅びたわけではない。
すぐに力を取り戻すだろうし、彼の仲間たちもいまだに健在である。
もちろん信二はサトルが滅んだということは知らないが。
「ところで、前々から疑問に思っていたのですが。勇者の襲来、あれは閣下の采配なのではありませんか?」
「そうなんですか? 信二さん」
「ただ推測ですがね。考えてみれば、あの一手だけが妙に下策なのですよ」
実剛の質問に応える。
首相は、続けるよう視線で促した。
「勇者の襲撃で、我々は自分たち以外の異能の存在を知りました。知ったというよりは思い出したというのが近いかもしれません」
結果、放っておくのも拙いという理由で、調査のために沙樹が上京し、サトルの手に落ちた。
そこから御前陣営と澪陣営の戦いが始まってゆく。
だが、御劔たちが澪にこなかったら?
東京と北海道。
距離という壁に阻まれ、接点すら持たなかったのではないか。
そう考えると、勇者を動かしたのは、御前陣営にとって明らかにマイナスだ。
本来なら敵対する必要のない澪の血族との戦いに発展する呼び水となったのだから。
信二はずっと不思議に思っていた。
御前の手管とするなら、開戦の方法としていかにも悪手だ。
結局、一戦目である程度の手の内を晒してしまっている。
あれがなければ、今回の二正面作戦は取れなかった。御前陣営の戦力が予想できなくては総力を挙げて動くしかないのだから。
だが、第三者、あるいは御前の潜在的な敵の手が動いていたとしたらどうだろう。
この結果は計算通りではないのか。
御前陣営と澪陣営が争い、前者が手酷い敗北を喫する。
そのための布石。
「置いたのかもしれません。もちろん御劔君たちは何も知らないでしょうがね」
「ふむ。この豚の唐揚げは絶品だな」
またも首相は答えず、料理をつまんでいる。
台詞があざとい。
苦笑する軍師。
なるほど、じつにくせ者だ。民主的に選ばれた割に。
とはいえ信二は首相のことが嫌いではない。
きっちり計算を立て、それに基づいて動く。
ブレがないのだ。
「澪豚料理もなかなかのものですよ。機会があればお召し上がりください」
「その機会を作って欲しいな」
「わかりました。当主殿に口添えしましょう」
「よしなにな。軍師どの」
首相、新山鉦辰が笑った。
百年を生きた梟よりも狡猾そうに。




