うごめくモノども 4
玉座から消える御前。
次の瞬間、その姿は津流木の右隣にあった。
無造作に手を伸ばして青年の腕を握る。
「人を指さすなと教わらなかったのか? 不出来な親だな」
ごきりという音が響き、腕がありえない方向に曲がる。
「あぎゃあああっ!?」
津流木の悲鳴。
「うるさい」
蹴り飛ばす。
さらに骨が折れる音が奏でられ、倒れた青年の身体が床を滑る。
口からごぼりと溢れる血泡。
「肋骨が肺に刺さったか。やはり弱い。なのに二、三日もすれば回復する。まっこと不思議な身体よな」
無様にもがく青年を、生ゴミでも見るような目で見おろす。
「そもそも、おぬしに仇討ちなどと格好いいことを言う資格はあるまい」
津流木と宇蘭の息子たちが、御前の奸計に嵌らなければ、今日の事態は招来していない。
酒と女と金に目がくらみ、家族まで呼び寄せておいて、いまさら被害者面とは片腹痛い。
「だからといって、はいそうですかと殺させてやるわけにはいかんな」
津流木と御前の間に立つ御劔。
右手に提げただんびら。
「その手のすり替えは個人的に嫌いなのだ。吸血鬼の王よ。貴様がそもそも奸計を巡らせねば、こんな事態は起きていないのだぞ」
騙しておいて、騙された方が悪いという言い分は通らない。
津流木と宇蘭が欲に目がくらんだのは事実だろう。
短慮さはたしかに責められるべきものだ。
うまい話など、世の中にはないのだから。
しかし、それは本人の心の問題だ。
一番悪いのは誰かといえば、間違いなく騙した側なのである。
「説教か。勇者くずれ」
「弾劾だ。不死の王」
剣が閃く。
危なげなく飛んで回避する御前。
伸ばした御劔の左手から無数の光弾が放たれ、着地地点をめがけて殺到する。
「詠唱なしで攻撃魔法? 初めて見るな」
空中に静止した御前が面白そうに言う。
「魔法ではない。友情パワーとでもしておこう」
「は。いいぞ道化者。相手になってやろう」
男の手に生まれ出る深紅の細剣。
急降下しながら振りかざす。
がっちりと受け止める御劔の剣。
倒れた青年に駆け寄った五十鈴が絶望の表情で首を振る。
彼女の回復魔法で治療できる限度を超えていた。
「実剛……」
弱々しい呼びかけ。
前線指揮を信二に委ね、次期当主が近づく。
「すまない……すまない……」
血の涙を流しながらの謝罪。
「まったくですよ。不出来な眷属を持つと苦労が絶えません」
あえて偽悪的なことを言って実剛が笑う。
負担にならぬために。
「羨ましかったんだ……東京からきたお前が……」
そして口惜しかった。
いずれは澪へと戻らなくてはいけない自分の身が。
大学の四年間は執行猶予にすぎない。
急速に発展している澪だが、田舎町だという事実は動かないのだ。
いやだった。
都会から離れたくなかった。
だから、甘言に乗ってしまった。
家族共々住める豪壮な邸宅と、超一流企業へのコネ入社。億を超える年収。
最初は信じなかった。
だが、何度も美女をあてがわれ、幾度も高級酒を振る舞われ、見たこともないような高級車をプレゼントされるうち、信じてしまった。
必要とされているのだと。
「バカですよ。津流木さん。そんなうまい話、あるわけないじゃないですか」
優しげに説教する年少の次期当主。
「ああ……まったくだよ……」
笑おうとした青年が苦しそうに咳き込む。
しょせんは田舎町の小倅。
さぞ騙しやすかったことだろう。
自嘲にもならぬ思い。
「実剛……いや、御大将……願いをきいてください……」
「なんですか? お金ならありませんよ?」
冗談には答えず、青年の左手が実剛の右手を掴む。
男に手を握られても、嬉しくも何ともない。
「なんかこういう展開に慣れていく自分がいやですね」
「はは……ご勘弁を……ツルギを我が君に……」
青年の手が離れてゆく。
だが、実剛の手は何かを握りしめたまま。
「つまり、津流木はツルギって意味だったんだね。もうちょっと捻ってもいいのよ?」
次期当主の冗談に青年は応えない。
ぱたりと床に落ちる手。
ぎょっとする実剛に、
「気を失いました」
五十鈴が伝える。
頷いて立ちあがる少年。
その手には白銀に輝く剣。
片刃で刃渡り一メートルほど。
材質は判らない。鉄なのか鋼なのか、それとももっと他の何かなのか。
ただ、判ることもある。
「不思議だね。こいつのこと昔から知っているような気がするよ」
それは魂に刻まれた記憶。
もしこの場に美鶴や光がいれば解説を加えてくれたことだろう。
「五十鈴さんは津流木さんを本陣に運んでください」
信二のいるポイントだ。
本陣などといえるほど体裁の良いものではないが、逃走しやすい場所として最初から位置している。
さしあたり、信二の側が最も安全なのだ。
「わかりました。そのままあちらの援護に入ります」
「お願いします」
言い置いて、御劔の方へと歩き出す。
「不死の王、ドラキュラ。我が眷属を害した罪、千歳の時が流れようとも赦されるものではない。これより汝の不義を正す。覚悟めされよ」
一歩二歩と進みながらの宣告。
斬り結んでいた御劔が飛び離れ、実剛の左側に並んだ。
「大丈夫なのか。実剛」
「体が軽い。こんな気分で戦えるのは初めて。もう何も怖くない」
冗談を飛ばす。
とあるSFファンタジー作品に登場する台詞だ。
この台詞を言った本人は直後に死ぬことになるのだが、もちろん御劔はそんなことは知るよしもない。
「そもそもこれが初陣ではないのか?」
何を言っているのだ、と顔に書いてある。
せつない。
「うん。素で返されると悲しくて恥ずかしくて、泣きたくなるね」
「すまん。不調法でな」
「謝るような事じゃないよ。戯言だからね。それより、鬼退治の時間だよ」
「任せろ。鬼退治は得意なのだ。先祖代々な」
「や。それは頼もしい」
御前と正対する二人。
「別れの会話は済んだか?」
嘲笑には応えず、
「巫実剛」
「御劔朔矢」
『推して参るっ!!』
魔王の後継者と元勇者の声が唱和した。




