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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第1章 ~おかしな人たち~
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おかしな人たち 8


「というのが、昨日の出来事なんだよ。信じられるかい?」

「誰にいってるんだ。おまえは」

 謎の呟きを発した実剛に、すかさず光則がつっこんだ。

「いやあ。波瀾万丈(はらんばんじょう)だなぁと思ってね」

 知己を得て、同盟を結んで、婚約者を得た。

 どんだけ濃い一日なんだって話である。

 実剛でなくても、我が身をふりかえって驚いてしまう。

 萩の襲撃を退けた巫陣営は、えっちらおっちら斜面をのぼって学校へと帰還中である。

 たぶん授業どころではないだろうが、このままサボるというのさすがに気が引ける。臨時休校になるにせよ、一度は学校に戻った方が良いだろうと実剛が決断したのだ。

 リーダーの決定である。仲間たちに否やはない。

 視線の先、頂上あたりで手を振る人影が見える。

 琴美だ。

「アンジー姉さん!」

 実剛が手を振り返す。

「おつかれ。みんな無事だったみたいね」

「俺は腕を折られたけどな」

「登場が遅いですよ。アンジー。気付いてなかったわけでもないでしょうに」

 魚顔双子が苦笑を浮かべた。

「まあね。見てた(・・・)し」

「だと思いましたよ」

 琴美は特殊能力を使って、実剛たちの戦いを見守っていた。

 光則の覚悟も信一の苦戦も知っている。

「なのに助けてはくれなかったんですか? アンジー姉さん」

 実剛の声がややとがった。

 その肩を、ぽんと信二が叩く。

「アンジーには他にやることがあったんですよ。それに、どうにやってもこちらが不利だとなれば、援軍を投入したでしょうしね。大量に」

「信二先輩?」

「それがビーストテイマーの能力です」

「じゃあやることってのは?」

「佐緒里嬢の軽率な襲撃を奇貨(きか)として、萩陣営と折衝をおこなった」

「正解よ。信二」

 微笑する琴美。

 子供たちが襲われている間、暁貴はただぼーっとしていたわけではない。

 必要な手はすべて打った。

 萩家の当主、鉄心(てっしん)との会談もその一つである。

 芝と同盟して飛躍的に増したチカラを背景に、暁貴は萩から不戦協定を引っ張り出した。

 もちろん無期限ではない。

 三ヶ月。

 六月一杯までの限定的な平和だ。

「それをもぎ取るために、俺たちは最小戦力で勝利しなくてはいけなかった、ということです」

 実質的に戦ったのは、光則、信一、光の三人だけ。

 絵梨佳は佐緒里の足止めに終始している。

 対する萩は、十名以上の能力者を投入したにも関わらず、九割の者が負傷するという惨敗だ。

 戦力を立て直すにも、今後の戦略方針を練るにも、それなりの時間がかかるだろう。

「こちらとしても、なんであんなに能力者がいるのか、かなり気になるところです」

 結局、巫陣営も萩陣営も時間が欲しい、という利害が一致した。

 その結果としての、かりそめの平和。

「三ヶ月ですか。僕としては、こちらにきて最初の夏休みくらいは平和に過ごしたかったんですがね」

 大げさに実剛が嘆いてみせる。

 せっかく北海道にきたのだ。

 あちこちいってみたいではないか。

 五稜郭(ごりょうかく)とか、弁天台場(べんてんだいば)とか、江差(えさし)とか、渡島中山峠(おしまなかやまとうげ)とか、榎本武揚(えのもと たけあき)上陸の地とか。

「……やたらと函館戦争がらみの場所が列挙されましたね。もしかして好きなんですか? 幕末」

「たしなみ程度ですよ」

 信二の質問にしれっと応える。

「たしなみで武揚(ぶよう)の名前は出てこないと思うんですがね。どマイナーでしょうに」

「マイナーじゃありません。偉人です」

 ぐいと顔を近づけてきっぱりと言う。

 信二が異相だとか関係ない。

 この点は譲れないのだ。絶対に。

 身分や差別のない完全共和制。北の地において目指した男。

 それが榎本武揚である。

 彼の理想がどのような結末を得たのか、それは歴史が示すとおりだ。

 新政府軍の猛攻によって蝦夷共和国軍は降伏し五稜郭要塞は陥落する。そのとき榎本武揚は自刃しようとしたが、部下が命がけで止めたことで思いとどまった。

 具体的には、白刃を素手で握ってまで制止したのである。

 それだけではない。才能を惜しんだ新政府軍の高官たちも榎本の助命を嘆願した。

 彼は近代日本で最初の反乱指導者ということになる。本来なら死刑になって当然である。

 しかし、彼は結局は助命され、明治政府の大臣職を歴任した。

 破格の待遇といえるだろう。

 榎本の識見、指導力、構想力、実行力、人格的求心力などは群を抜いており、俗な言い方をすれば、世界に通用する人材だったのだ。

 とくに人格的な吸引力は特筆に値するするものがあり、五稜郭での戦いのときにはフランス軍の士官らも蝦夷共和国軍とともに戦った。不干渉を決めていた自軍を脱走してまで、である。

 反乱主導者でありながら民のために尽くし、世界に通用する人材でありながら極端な欧米流行(はやり)を嫌い、情に厚くて気っ風(きっぷ)の良い江戸っ子気質(かたぎ)

 薩長(さっちょう)閥が幅を利かせる明治政府にあって、さほど出世したわけではないが、民衆は彼を『明治最良の官僚』と称え、勝算を惜しまなかった。

 榎本が亡くなり、葬儀が執り行われる際、遺体を運ぶ葬列が自宅を出発して先頭が寺院に到着しているのに、最後尾はまだ自宅から出ていないほどの長蛇の列になったらしい、と、曾孫である榎本隆充(えのもと たかみつ)氏が講演で語っている。

 歴史の授業など中には登場する機会は少ない榎本だが、その治績は無視できるようなものではまったくない。

「そんな人をつかまえて、マイナーとか」

 ふんすと鼻を鳴らす実剛。

 うたううたう。

 勢いに押され、信二がかっくんかっくん頷いていた。

「なあ……美鶴」

「あによ?」

「実剛兄ちゃん、たしなみていどとか言ってなかったか?」

「バカね。オタクが言うたしなみなんて、一般人がドン引きするレベルよ」

「まじか……」

 ぼそぼそと会話を交わす年少組だった。




 四月の後半は平穏だった。

 前半部分に比較して、という意味ではある。

 転入早々に巻き込まれた騒動に比べれば、ほとんどの日常は平穏といえるだろう。

 眷属たちとの出会い、芝との同盟、萩の襲撃。

 わずか二日間の出来事だったとは、未だに信じられない。

 ともあれ、どれほど信じられなくても事実は事実なので、実剛としては割と簡単に受けて入れている。

 あれ以来、佐緒里も大人しい。

 敵対してくることも、接触してくることもない。

 見えない線が引かれているような状態だ。

 おそらく、休戦期間中はずっとこういう状態が続くだろう。

「俺としてはずっとこれでもかまわないんだけどな。むしろ、この状態の方が望ましい」

 光則が言った。

 おおむね同意見だったので、実剛が頷く。

 午後の教室。

 どことなく全体的に浮ついた雰囲気なのは、明日から大型連休が始まるからだ。

 それぞれに予定を立てているのだろう。

「実剛はどうすんだ?」

「江差へ……」

「却下」

「ちょっ!? なんで一秒で却下するんだよっ!?」

「婚前旅行など認められん。従兄(あに)として」

 厳かに言い放つ。

 距離が遠いので、出掛ければ泊まりになってしまう。

 認められるわけがなかった。

「同じ部屋に泊まるわけじゃないんだし……」

「いいえっ 許しまへんえっ」

「どこの人だよ……」

 光則は過保護である。

 まるで花嫁の父親みたいだった。

 ちなみに絵梨佳には、ちゃんと他に父親がいる。

 その父親の方は放任というか、もっと積極的らしい。

 既成事実を作ってしまえ、と、日々娘をけしかけているとかなんとか。

「なんだかなぁ……」

 ため息をつく実剛。

 そのとき、ばーんと音を立てて教室の引き戸が開く。

「そんな君にっ」

「悩める君にっ」

 現れる人影がふたつ。

 もはや見慣れた魚顔。

「身内への安心感を提供するっ」

「とっおきの移動手段を提供するっ」

『俺たち! 愛の請負人っ!!』

 最後はハモって、かっこいいポーズを決める。

 無責任に拍手を送る実剛。

 しかたなく光則が問いかける。

 ずっとそのポーズのままでいられるのも迷惑だし。

「凪先輩。どうしたんですか?」

「ふっふっふっー」

 不気味に笑って、魚顔筋肉と魚顔軍師がなにやら頭上高く掲げた。

 カードだ。

「おおおっ 免許ですねっ とったんですかっ」

 実剛が目を輝かせる。

 彼だって男の子。免許欲しい。

「しばらく顔を見ないと思ったら教習所に通ってたのか……」

 自動車運転免許は、すべてを犠牲にしてそれだけに打ち込めば、二週間くらいで取得可能だ。

 そして交付されるときに満十八歳になっていれば問題ない。

「俺たちが十八になったのは今週だけどな。ゴールデンウィークに間に合って良かったぜ」 

 ふふんと胸を反らす信一。

「学校にもこないでずっと教習所にいってたんですか? とんでもないですね」

 首を振る砂使い。

 澪高校は最底辺ではあるが公立の高校だ。そんな勝手が許されて良いのか。

「俺は運動神経が良い故」

 嘘だ。

「俺は成績が良いです故」

 嘘だ。

 そんな理由で特例が認められるわけがない。

「まあ、本当のところは、光則君の想像通りですよ」

「ですよねー……」

 四月頭の襲撃事件。あれが決定的だった。

 幸い死者はいなかったものの、十名を超える怪我人が出たのだ。

 高校サイドとしては憂慮せざるを得ない。

 あまりに事が大きくなりすぎると、北海道教育委員会への報告もごまかしがきかなくなる。

 責任問題に発展するのはまずいし、万が一にでも澪の血の秘密が知られてしまった場合、萩の報復も恐ろしい。

 出世できないならまだしも、家族にまで危害が加えられるかもしれないのだ。

 そんなわけで、高校サイドが採った選択は、もし襲撃されたらとっとと学校から離れてくれ、と、巫陣営に申し出ることだった。

 交渉の結果、巫陣営はいくつかの特権を獲得することに成功した。

 在学中の免許取得もその一つである。

 もちろん免許があるだけでは意味がないので、自動車通学も許可された。

 破格の待遇だ。

 ここまで差が付くと一般生徒から文句が出そうなものだが、なにしろ萩や巫に関わることだ。文句どころか関わり合いにすらなりたくない、というのが本音だろう。

 そのような事情で、最も誕生日の早い凪兄弟が、早速免許を取得した。

 二週間ほど学校を休んで。

「ここまでくると、在籍する意味があるのか、という疑問すら湧いてきますけどね」

「でも、免許があったって足がなくちゃなんにもできませんよ?」

 光則が問う。

「はっはっはっ。俺を誰だと思っているのですか。光則君」

「魚顔軍師?」

「OK。君はクビです」

「ええーっ!?」

 解雇されてしまった。

 ちなみに、自家用車はすでに入手済みだ。

 明日には納車されるという。

「これからの時代、やはり最後にものをいうのは貯蓄です。親の名義でこつこつとデイトレで貯めてきた甲斐がありました」

 貯金をはたいて買ったトヨタのハイエース。

 中古車だが、暁貴が懇意にしている自動車工場の工場長が、値段的にもだいぶ融通を聞いてくれた。

 若者が好むような車種ではないが、搭乗可能人員数で決めた。

 正真正銘、彼らの車。

 実剛陣営にとっての、最初の武器だ。

「こいつの試運転もかねて江差まで。という計画でどうです? 御大将」

「ひどいや信二先輩。その計画に嫌だなんて言えるわけないじゃないですか」

 実剛が笑う。

 初デートは、仲間全員で行くことになりそうだ。



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