モンスター 8
「毎月東京出張とか、どんだけブラック企業なんですかね。うちの街は」
大空を舞う旅客機のなか、魚顔軍師が慨嘆する。
「まったくですね。絵梨佳ちゃんとデートできないまま、夏休みが終わってしまうんでしょうか」
実剛も同調する。
今回の東京行きは、彼自身が提案したことではある。
望んでのことではなく、他に選択肢がなかったからだ。
「まだその野望を捨ててなかったんですか? 往生際が悪いですよ。御大将」
「往生してたまるかー 僕は絵梨佳ちゃんといちゃいちゃしたいんだー」
だだをこねている。
「まあまあ実剛さん。いつも一緒に旅行しているじゃないですか」
慰めつつ、絵梨佳が弁当を差し出す。
「公務出張ばっかりだけどね……て、お弁当?」
機内で食べろというのか。
函館から羽田まで一時間もかからないのに。
それは、すごくイナカモノっぽくないだろうか。
「久しぶりに揃いましたからね。今朝は腕によりをかけましたよ」
「あ、言われてみればそうだね」
子供チームの料理人たる絵梨佳、佐緒里、五十鈴の三人が揃うのは珍しいし、一緒に出張というのは初めてだ。
澪に料理人が残らなかったので、残留組の食生活が心配なほどである。
まあ、最近は美鶴も少し料理ができるようになってきたので、光と暁貴が餓死する可能性はあまりないだろうが。
「腕によりをかけて、焼きそばとコロッケ?」
使い捨て容器を開けた実剛が首をかしげる。
「仕上げを五郎次郎ですよ」
「ご覧じろ、ね。いただきます」
もちろん澪豚を使った焼きそばとコロッケなのだろう。
さっそく食べてみる。
「なん……だと……」
違う。
何もかもが。
深みと奥行き。
口腔に広がるハーモニー。
その中に混じる、さくりさくりとした謎の食感。
炒めるときに使った油か。油が違うのか。
「市販の麺だよね? 肉も澪豚のバラ? え? なにこれ。すごい美味しいんだけど」
「五十鈴さんがラードを作ってくれたんですよ。さくさくしたのは肉かすって言うそうです。解説お願いします」
そういって五十鈴に話を振る絵梨佳。
「脂身をたくさんわけてもらいましたから。揚げ物ようにラードを作りたくて」
「そもそもラードって作るモノだったの?」
「わたしも知りませんでした」
澪豚の脂身。
普通は捨てる部分なのだが、五十鈴はそれを使った。
ラード作りはべつに難しくない。
適当な大きさに切った脂身を、ごく少量の水と一緒に揚げ鍋で熱するだけだ。
脂身からどんどん油が溢れ、十五分も加熱を続けると脂身を揚げているような状態になる。
こうして抽出されたのがラードだ。
すっかり油分を取られた脂身は、かりかりしたスナックのようなものになる。
これを肉かす、または豚かすともいう。
「もともとラードは上質な油です。澪豚のラードならなおさらですね」
肉の旨味には当然のように脂の旨味も含まれている。
それだけを抽出したラードは、まさに暴力的な旨さだった。
そして、当たり前だが澪豚との親和性は抜群に高い。
焼きそばの炒め油に用いることで、投入された澪豚のバラ肉はさらなる進化を遂げたのだ。
そしてトッピングとして添えられた肉かす。
さくさくとした食感。
脂っぽさなど感じない。
「コロッケも食べてみてください。肉の代わりに肉かすが入っています。澪豚のラードで揚げたんですよ」
「え、ええ」
いやが上にも期待が高まる。
生唾を飲み込んで、一口。
植物性の油で揚げたものより、むしろあっさりしている。
なのに、突き抜ける。
凶暴なまでの旨味。
美味い。
美味すぎる。
たかがコロッケが、ここまで人を魅了するのか。
「僕は……なにも判っていなかった……」
呟く実剛。
澪豚のザンギ。肉の味しか見ていなかった。
違うのだ。
料理とは、主役となる素材だけで語られるものではない。
脇役たちの力をどれだけ引き出せるか、そこにこそ神髄がある。
「わたしも同じ事考えましたよ。実剛さん。五十鈴さんにきてもらってホントに良かったですよねえ」
「だねえ。驚かされてばかりだよ」
「何より驚くのは、特別な調味料なんてなんにも使ってないってことなんですよ」
まったくである。
しばらく前に食べたトントロの煮込みといい、今回のラードと肉かすといい、ハンマーで頭を殴られたような気分だ。
「貧乏でしたからね。ただでもらえる脂身には、ずいぶん助けられましたよ」
五十鈴が笑う。
あるものを使って、最高の味を作る。
「肉かすはたくさん置いてきましたから。チャーハンに入れても美味しいですよ」
「そりゃ美味しいでしょうよ。食べなくても判ります」
苦笑する実剛だった。
自分たちが留守の間の巫家の食事を思いやって。
伯父も妹も、その守人も、きっと取り憑かれたように肉かすを食べ続けることだろう。
けっして太らない能力者の体質に感謝しなくてはならない。
「しかし、俺たちの貧乏が役に立つとは、つくづくおかしな場所だな。澪は」
ずぞぞぞと焼きそばをすすりながら、御劔が言った。
鳶職のバイトの経験や、貧乏料理が役に立つ。
これだから人生は面白い、としておくべきなのだろうか。
短い空の旅は、もう終わりに近づいていた。
「思ったより減らなかったが、こればかりは仕方ないな」
丘陵地に立ったサトルが呟く。
「最強の戦士と鬼姫。それに軍師を遠ざけられたんだ。よしとしなきゃ」
その横にしゃがみ込んだカトルが笑う。
捕らわれた眷属を救い出すために澪の陣営が動く。
それは既定の事実だ。
大きな作戦となるため、全戦力の半分ほどは振り向けるだろうと読んでいたが、少数精鋭で挑むらしい。
「街に残ったのは有象無象。と、油断したら足下をすくわれるぞ」
「わかってるよ。サトル」
澪の血族は、いずれも一騎当千の強者ぞろいだ。
しかも蒼銀の魔女と、その娘も残留している。
おそらく最大の障害となるだろう。
「母娘ともども、今度こそ俺のものにしてやる」
舌なめずりする青年。
「性欲を満たすのは、全滅させてからにしてね。そっちこそ油断してんじゃん」
「雑談はそのくらいにして、そろそろいかない?」
三人目が口を開いた。
少女だ。
「へいへい。リンちゃんは真面目だね」
「仕事は真面目にやるものよ」
リンと呼ばれた少女が手をかざす。
現れる長大な槍。
腰を落とし、やり投げ選手のような投擲体制に入る。
「時間合わせ。いい?」
「了解だ」
「OK」
「第一次作戦目標、澪町役場。十五分で制圧する。作戦開始っ!」
言葉とともに放たれる槍。
後を追うように駈ける青年と少年。
はるか視線の先。
澪町の中枢を目指して。
「澪の血族。私を熱くさせてね」
に、と微笑した少女も地を蹴った。




