モンスター 6
偶然がもたらした出会い。
そういうとロマンチックだが、暁貴と稲積の場合は、情緒もへったくれもなかった。
ざっと二十年前。
休暇のたびに札幌にくりだしてススキノで遊んでいた暁貴。澪に呼び戻されたばかりで、荒れた生活を送っていた時期だ。
たまたま入った風俗店で買った女。
それが稲積の母親だった。
商売女の身の上話。そんなものを信用する男はいないだろうが、無視しえない単語がいくつか混じっていた。
変なチカラを持っていた死んだ亭主とか、生まれてきた息子も変なチカラを持っており学校でいじめられているとか。
暁貴はその女から詳しく事情を聞いた。
かなり迷惑がられたが、直感があったのだろう。
紆余曲折を経て、巫の当主は滅び去った稲津の血を引く子と面会することになった。
当時、稲積秀人は七歳だった。
母親がまた新しい男を引っ張り込んだのかと思ったが、そうではなかった。
血について教わり、チカラについて教わり、その使い方と隠し方を教わった。
大学を卒業するまで、経済的な援助をしてくれた。
「そして俺は北大を卒業し、国家公務員一種試験を経て警察官僚になったわけだ」
稲積が説明する。
場所をグランドホテルに移して。
「暁貴氏には返しきれない恩がある。正直にいって父になって欲しかったくらいだ」
冗談めかしているが本心なのだろう、と美鶴は推測した。
母と二人、社会の底辺近くで逼塞していた少年にとって、伯父の存在がどれほどの救いになったのか、と。
彼は、実剛や美鶴と同じである。
「それで、宇蘭と津流木が捕らわれた、というのはどのような意味なのでしょう。稲積の」
信二が訊ねる。
軽く頷く稲積。
警察官僚となった彼は、静かに、だが着実に情報網と影響力を広げていった。
暁貴からは普通の人間として生きるように言われていたが、チカラをもって生まれたからには、なにかを成し遂げるつもりだった。
具体的には、警察庁のトップに立つ。
そのために北海道に地盤を築く。
ところが、この国に深く関われば関わるほど、裏に蠢くものの存在を感じてしまっていた。
人外。
自分と暁貴以外にも、そのようなものがおり、国の中枢に食い込んでいる。
そして、それを束ねるのが、御前と呼ばれているもの。
じわりじわりと調べていこうと思っていた矢先に、澪の騒動だった。
暁貴が実質的な澪の支配者となり、甥と姪が後継者となった。
敵対していた萩や、不干渉だった芝まで抱き込み、モンスターの王国を作ろうと画策した。
「王国て……」
実剛としては苦笑するしかない。
やっていることは、ただの町おこしなのだから。
稲積の話は続く。
「だが、お前らには圧倒的に情報が不足している。俺の目的はシフトした」
情報面で暁貴をバックアップする。
またとない恩返しの機会を得た。
そうして探ってゆくうち、巫の眷属たる宇蘭と津流木が家族ごと御前の捕らわれたという情報をキャッチした。
宇蘭と津流木には息子が一人ずつおり、どちらも東京の私立大学に通っている。
もちろん澪から通学することなどできないから、東京で一人暮らしだ。
まずその二人が懐柔された。
酒と女で。
大昔からの常套手段だが、二十歳そこそこの若造を籠絡するのは難しくない。
まして田舎からでてきた純朴な青年だ。
澪の血族といっても、思慮も経験も足りないのである。
籠絡された息子たちによって、宇蘭と津流木の家族は東京に呼び寄せられる。
ここで使われるのは金だ。
白金の一等地に建てられた邸宅。
将来を約束された息子たち。
こうして、宇蘭家三名と津流木家二名。その息子たちの合計七名がめでたく御前の触手に絡め取られた。
「目的はなんです? やはり霊薬ですか?」
訊ねる信二。
そこまで手間暇をかけて欲しいものなど、澪には霊薬しかあるまい。
「巫の軍師よ。俺もそう考えた。というより、普通に考えてそれしかないだろうからな」
「と、前置きするということは、違うのですね。稲積の」
「御前が率いるのはモンスターだ。俺たちと同じだな。彼らは手駒が無原則にチカラを持つことを嫌う」
知事のような俗物とは違うのだ。
「となると欲しいのは……」
「澪の血の秘密そのもの、だろうな」
「めんどくさいですねぇ……」
魚顔軍師の慨嘆。
霊薬を求める人間がいる。
秘密を求めるモンスターがいる。
どちらも、そう易々と渡すことのできない澪だ。
「お前らは明日にでも澪に戻って、暁貴氏の指示を仰いだ方が良い」
稲積が告げる。
事態がこのように推移した以上、札幌に戦力を残すことに意味はない。
じきに救出作戦が始まるだろう。
「あるいは、もっとえげつないことになるかもしれませんが」
「利用されるくらいなら殺せ、か。暁貴氏ならば、そのように判断するかもしれないな。彼の肩には澪に住む能力者すべての命がかかっているからな」
警察官僚の言葉は、事実を過不足なく捉えている。
上に立つ者は、ときとして非情な決断を迫られるものだ。
「そうさせないためにも、一刻も早い救出が望まれるわけだ」
「是非もない」
薄く笑った佐緒里が荷物を片づけ始める。
彼女には戦略的な考えは判らない。
判るのは、事態が急を要することと、かつてないほどの苦境だという二点のみだ。
「単純で良いね。佐緒里さんは」
肩をすくめた美鶴。
「知事の件はどうなりますか? 稲積さん」
「そちらは俺が抑える。お前らを一日早く追い払った功績で、また一歩知事に近づけるだろうしな」
俗物には俗物のコントロール方法というものがある。
そういって笑う警察官僚。
制服警官が起こすところだったトラブルを未然に防ぎ、それどころか澪のモンスターどもを予定より早く帰郷させることに成功した。
これを武器に知事に近づく。
うまく手綱を握ることができれば、彼がこの島を掌握する日もぐっと近づいてくるというものだ。
「野心家ですね」
苦笑する実剛に、若い官僚は笑って応える。
「北大出身なもんでな」
少年よ大志を抱け。
北海道大学の前身、札幌農学校の教授だったクラーク博士の言葉はあまりにも有名である。
「巫の。アドレスを交換しておこう」
「是非に。稲積の」
端末を近づける二人。
軽快な音が響き、ラインが結ばれる。
「札幌のことは頼みます。秀人さん」
「任せておけ。暁貴さんによろしくな。実剛」
互いに呼称を変えた。
芝にと萩に引き続き、稲津が巫の陣営に加わった瞬間である。




