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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第8章 ~モンスター~
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モンスター 2

 知事との会談は北海道庁で行われる。

 思い切りアウェーだが、こればかりは仕方がない。

 まさか知事を呼びつける、というわけにもいかないのだから。

 地上十二階、地下二階の巨大な建造物。

 それが知事の牙城たる北海道庁だ。

 事前にアポイントを取っていたこともあり、実剛たちはとくに不審がられることもなく、知事室にたどりつく。

 見学の学生とでも思われたのだろう。

 扉の前の事務官に来訪を告げると、ほどなくして室内に招じ入れられた。

「はじめまして、ですね。次期魔王殿下」

 椅子から立ちあがった知事。

 不穏当な敬称を付けて挨拶する。

「先日は伯父がお世話になりました。へんな肩書きはつけないでください。僕はただの高校生ですよ」

 促されるまま、ソファーに着席する実剛と軍師二人。

 佐緒里、絵梨佳、光の三人は起立したままだ。

 護衛役だから。

「では、巫くんとお呼びすればよろしいかしら」

「はい。普通が一番ですよ」

「まったく説得力のない言葉ね」

 くすくすと笑う女性知事。

 若い。

 もともと老け込んだ印象のある政治家ではないが、実年齢より二十歳以上は若く見える。

「お体の調子はいかがですか?」

「すこぶる良いわね。見る人見る人、若返ったって言ってくれるわ」

 霊薬が不老長寿の効果を発揮しているというより、肉体的に充実したことにより、気力もみなぎっているからだろう。

 結局のところ、肉体を支配しているのは精神なのだ。

「それは良かった。でも、だからといって欲をかくのは感心しませんね」

 本題に入る実剛。

 むろん先日の襲撃の件だ。

 マスコミを動かし、その隙をついて萩邸を襲い、霊薬と製法を盗み出そうとした。

 証拠はない。

 認めるか、とぼけるか。

「申し訳ありませんでした。わたくしの監督不行届です」

「というと?」

「霊薬の存在を知った副知事が、勝手に事を運んだのです」

「ほほう」

 そうきたか。

 人間たちのお家芸、トカゲの尻尾切り。

 まあ、人間にはもともと尻尾がないので、切ったところで痛くもかゆくもない、といったところか。

「今後、このようなことが二度とないように務めさせていただきますわ」

「そうですか。それでその副知事は?」

「病死と発表します」

 すでに「処理」は完了しているということだ。

 実剛の背筋を冷たい手が這い回る。

 人間の恐ろしさを、改めて認識する思いである。

 自己保身のためなら、いとも簡単に同胞を供物に差し出す。

「首謀者が副知事であるとして、彼が使った猟犬どもはどうなりましたか?」

 信二が問いかけた。

「あなたは?」

「失礼。申し遅れました。巫家の軍師、凪と申します」

 申し遅れるもなにも、そもそも知事は実剛にしか挨拶をしていないのだが、もちろん魚顔軍師はそんなことを追及するつもりはなかった。

「軍師さん。個性的なお顔ですのね」

「容姿をあげつらってはいけませんよ。知事閣下」

「あら失礼。それで猟犬たちね。べつになにも?」

「なにも処置していないと」

「あれは只の道具ですわ」

 道具には、人格も意志も必要ない。

 たとえば包丁。

 人に向ければ武器だが、食材に向ければただの調理器具だ。

 ゆえに道具に罪はない。

 すべての責任は使用者にある、というわけだ。

「それとも澪の王は、道具ごときの身命をお気になさるのかしら」

「まさか。確認しただけですよ」

 微笑を浮かべる信二。

 内心の動揺を悟らせることなく。

 生きた人間を只の道具と言い捨てる知事の神経に怖気が走るが、それを顔に出すわけにはいかない。

 ここまで巧みに責任を回避する女傑が相手なのだ。

「とはいえ、副知事とやらの処遇、急ぎすぎではありませんか?」

「悪い芽は早く摘むに限りますわ。軍師どの。わたくしなりの誠意ですのよ」

「痛み入ります」

 白々しい応酬。

 副知事が首謀者などという戯言は、信じるに値しない。

 ほぼ間違いなく知事が企んだことだろう。

 襲撃が失敗したことにより、この女狐はプランを変更したのだ。

 政敵の排除へと。

 そして猟犬どもの牙は、副知事という犠牲の山羊(スケープゴート)を引き裂いた。

 しかし、なんの証拠もない。

 この件をこれ以上追及するのは無理か。

 魚顔軍師が思い定める。

「猟犬といえば、こちらで二十匹ほど捕獲しておりますが、こいつらの処遇について、知事には何か存念がありましょうか」

「ご随意に、としか言いようがありませんわ。軍師どの」

 笑みを刻む知事の唇。

 処刑するも良し、解放するも良し、手駒にするもよし。

 しょせんは道具である。

 ひとたび手を離れてしまえば、なくしたコインと同じだ。

 知ったことではない、というわけである。

「では返還いたしましょう。落とし主に返すのが筋でしょうからな」

 にやりと笑う軍師。

「……痛み入りますわ」

 立て板に水を流すような会話を続けていた知事が、一瞬の沈黙を台詞の前に挿入した。

 表情も姿勢も変わらないが、魚顔軍師にはそれで充分だった。

 知事は疑っているのだ。

 埋伏の毒を。

 澪に捕らえられた猟犬のうち、何人かはすでに抱き込まれているのではないか、と。

 もともと、ただの雇われ兵だ。

 忠誠心などあろうはずがない。

 内通者として入り込んでくる可能性は充分にある。しかも霊薬を飲んでいたりした場合、知事側の戦力での対処はかなり難しい。

「まあぶっちゃけると、こちらとしても無駄飯食らいを飼っておくゆとりはないのですよ。金銭的にではなく、人員的に」

 旅費を与えて解放するから、そちらで回収してくれ、と付け加える。

 迎えにこい、とは言わない。

 猟犬たちを乗せたバスなりトラックなりが横転事故を起こして全員死亡、などというシナリオを書かれても面白くないから。

 ばらばらに解放すれば、少なくとも一網打尽にされるおそれはない。

 実際のところ、埋伏の毒でもなんでもない。

 澪陣営としては無原則に量産型能力者を増やすつもりはないのである。

 だが知事としては、その可能性を考慮せざるをえないだろう。

 心に闇を抱く者は、つねに影に脅えるものだ。

「野犬になられても、困るのですけれどね」

「そこは飼い主のしつけの問題でしょうから、我々としてはなんとも」

「わかりました、あとはこちらで対処いたしますわ。軍師どの」

「では、この件はそういうことで。あとの問題は、アイドルスカウトキャラバンですね」

 諧謔(かいぎゃく)をとばす魚顔。

 ようするに、絵梨佳たち四人が番組制作会社に声をかけられたことだ。

 はっきりと知事が苦笑を浮かべる。

「そちらに関しても独断専行ですね。話を聞いてわたくしも驚きました」

「なるほど」

 そちらに関して「は」だろう、とは、指摘しなかった。

「番組プロデューサーには辞表を出させました。才覚があれば、またどこかのテレビ局に雇用されるでしょう」

 殺すほどの価値もない小者ということである。

 信二が軽く頷く。

「了解ですよ。ただ、何度も続くと、こちらとしても対処を考えなくてはいけません。しっかりと釘刺しをお願いします」

「わかりました。不手際は幾重にもお詫びしますわ」

 知事の言葉を受け、実剛を見る軍師。

 交渉は終了、という意思表示だ。

 席を立つ次期当主。

「知事閣下。有意義な会見でした」

「こちらこそ。また会える日を楽しみにしております。巫くん」

 社交辞令に包まれた短い挨拶。

 握手を交わそうとすらしなかった。

 双方ともに。



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