モンスター 1
特急スーパー北斗を降車すると、なんだか頭がくらくらしていた。
終着の札幌駅。
振り子特急とかいう謎の乗り物なので、とにかく三半規管がおかしくなってしまうのだ。
「それでも、車を使うよりはぜんぜん早いですからね」
ぐーっと伸びをしながら、信二が言った。
今回の遠征メンバーは、実剛、信二、絵梨佳、佐緒里、光、美鶴の六名。
交渉メインになるため、軍師二名の布陣である。
絵梨佳と佐緒里と光は、きっぱりと戦力外であるが、護衛役としての随伴だ。
「二時間半。半分の時間で移動できるんですから、文句を言ったらばちがあたりますよ」
荷物を持ち上げる実剛。
北の拠点都市、札幌。
北海道の中心だ。自然地理的にではなく人文地理的に。
なにしろこの島に住む五百七十万の人間のうち、じつに二百五十万以上が、札幌とその周辺都市に居住している。
澪が一万六千人くらいだから、比べるのもばかばかしくなるような差だ。
どのくらいばかばかしいかというと、一万六千という数字は、札幌市の一街区にも及ばない。札幌には十の区があり、そのうちのひとつ豊平区の美園で人口一万九千である。
その一街区にも劣る小さな町が、資金という一点のみにおいて、北海道全体の経済規模を超えた。
もちろん公式には、なにひとつ発表されていないが、知事の目の色が変わるのだって当然といえるだろう。
ただ、目的は金ではない。
霊薬。
なんの訓練も、難しい外科手術の必要もなく、ただ経口接種のみによって超人となさしめる薬。
投薬による人体への悪影響は何一つ確認されず、継続して飲み続ける必要もない。
たったの一回、馬糞のような味(佐藤教諭談)のする液剤を飲み干すだけで良い。
劇的というより爆発的に身体能力が向上し、肉体は頑健になり、皮膚炎や肩こり腰痛、風邪などとは無縁になり、戦士として理想的な体型になってゆく。
長寿の効果があるかどうかを確認するには将来を待つしかないが、新陳代謝が活性化しているのに細胞の劣化速度が著しく低下するという謎の研究結果のため、まず間違いなく不老長寿の効果があるだろうとはいわれている。
「我々の祖先である異星人たちは数万年の寿命をもっていたらしいですからね。そう考えると人間の寿命など一瞬と変わらないでしょう。一秒や二秒寿命が延びる程度の効果なのかもしれませんよ。ハイドラやレラからみれば」
とは、信二の感想である。
美鶴や光に蘇った記憶の断片を元にした推測である。
もちろん確認する方法もないので、現在のところは与太話に過ぎない。
ともあれ、異星人から見てサプリメント程度の効果であったとしても、人間にとっては夢の薬である。
知事が求めるのも無理はない。
無理はないが、おいそれと渡すわけにはいかないのも事実だ。
「権力者が私利私欲のために使うくらいなら良いんだけど、軍事利用とかされちゃうと怖いからね」
「や、私利私欲もよくねーとおもうぜ? 俺は」
美鶴の言葉に反論する光。
「ん? いいのよ? 人間ひとりができる悪事なんてたかがしれてるもの」
けっこう辛辣なことを言う美少女。
権力者というものは、当たり前の話だがすでに金も力も持っている。
量産型能力者となったところで、その力で銀行強盗をしてやろう、などとは考えない。
逆に言えば、彼らが欲しているのは不老長寿・健康増進の薬としての霊薬であって、超人製造薬ではないのだ。
本当に怖いのは、霊薬を人類の発展に役立てようと考えるような輩である。
「ぬう。良いことじゃねーの? みんなのために使おうってのは」
「土地を放射能で汚染することが目的で原子力発電所を建てる人はいないし、自分の国を焼け野原にすることが目的で戦争を始める人もいない。そういうことよ」
婉曲的な言い回しをする美鶴。
もちろん光には理解できなかった。
ようするに、悪の成功より善の失敗の方がダメージが大きい、ということである。
自分が不老長寿になりたいから霊薬が欲しい権力者と、自衛隊を量産型能力者にして諸外国の圧力に対抗しようと考える愛国者。後者の方が恐ろしいのは当然だ。
「そーゆーもん?」
さっぱり理解できない光くん。
「そういうものよ」
優しげに言った美鶴が、少年の頭を撫でる。
「はいはい。いちゃついてないでいくよ。今日はホテルに泊まって、明日は知事との会談。あさっては自由行動ね」
実剛がさっさと歩くように促す。
子供チームの公務にしては余裕のある日程だ。
「ふ。明日は殴り込みか。血がたぎるな」
カートを引っ張りながら佐緒里が言った。
「殴り込まない。たぎらない。なんでそんなに好戦的なのさ。佐緒里さんは」
「鬼は共食いを忌避しない」
「決めぜりふみたいに言ってもだめだよっ ここにいる鬼は佐緒里さんだけだからねっ」
「是非もない」
相変わらずにぎやかな子供チームである。
ちなみに宿泊場所は札幌グランドホテル。
トリプルが二部屋。
男女別の部屋割りだった。
六人中、四名ほどが文句を言っていたが、こればかりは仕方がないのである。
「暁貴どの。鉄心どの。折り入って頼みがある」
副町長室を訪れた御劔が、真剣なまなざしで切り出した。
「勇者隊はこないだの襲撃から萩邸を守りきった立役者だ。頼みをきくのは吝かじゃないぜ。なんでも言ってくれ。なあ鉄心」
「ああ。第一隊の不甲斐なさは目を覆いたくなるほどだったが、勇者隊に助けられた。俺からも礼を言いたい」
副町長と盟友の本心である。
御劔たちがいなければ萩邸は陥落し、霊薬もその製法も知事の手に渡っていたことだろう。
いくら感謝しても足りないくらいだし、なにか褒美を望むなら、可能な限り応えたい。
「我ら六名に、霊薬をいただけないだろうか」
「…………」
沈黙してしまう鉄心。
絞り出すような声を発したのは暁貴だ。
「……お前さん。人間を辞める気かい?」
霊薬を飲むとはそういうことだ。
誰も彼もが華やかな効果ばかりを見ているが、ようするに人間から澪の血族に近づくということなのである。
「今回は、たまたま処理が上手くいった。だが次は? その次は?」
静かな声で、御劔が言葉を紡ぐ。
「…………」
「…………」
澪の王も、その盟友も答えられない。
第一隊の不甲斐なさを鉄心は嘆いたが、これが澪の唯一の戦闘部隊なのだ。
高校生が中心の第二隊は実戦投入が難しいし、そもそもまともな訓練も受けていない彼らではものの役に立たない。
身体能力の差が戦力の決定的な差ではないことが、先の戦いで証明されてしまった。
超常の力を持つ第一隊が、自衛隊くずれの雇われ兵ごときに、反撃すらできずに次々と無力化されていったのた。
もちろん沙樹や絵梨佳などが前線に立てば話は別だろうが、能力者の数は限られている。
すべての方面に主力を投入することはできない。
第一隊も第二隊も使い物にならないのであれば、最初から戦う力を持っている者が戦うしかない。
つまり、勇者隊だ。
だが今のままではすぐに限界がきてしまう。
肉体的には普通の人間だからだ。疲労もするし怪我もする。
「御劔……なにがお前さんをそこまで駆り立てる……」
人を守るべき勇者。
モンスターと手を組むことさえ驚きなのに、人の身を捨ててまで怪物たちを守ろうとする。
「実剛は俺の友だ。友と明日を守るため全力を尽くすのに、なにか理由が必要だろうか」
黒い瞳に決意が漂う。
知らず、目頭を押さえる暁貴。
「御劔……いや、御劔どの。甥は良い友人を持ったようだな。鉄心」
「ああ……ああ。霊薬六人分。今日中に届けさせよう」
鉄心もまた、感極まったという表情である。
友のため、名を捨てて命を張る。
口で言うほど簡単なことではない。
友と、明日のために。
このときの彼の言葉が、澪の血族の合い言葉になってゆくのだが、それはまた別の説話で語られるべきものだろう。
「痛み入る」
「だが、すぐには飲まないでくれ。大事な決断だ。じっくり考えてから飲んで欲しい」
「痛み入る」
繰り返す御劔だが、とうに腹は決まっているのだろう。
「……苦労をかける。御劔どの」
鉄心が深々と頭を下げた。




