四方八方敵だらけ 7
八月になった。
澪の改革は順調に進んでいる。
国道は建材や土砂を積んだ大型車両が往来し、毎日のように新しい作業員が来訪し、彼らの口を養うために食堂や旅館はてんやわんやの大騒ぎだ。
来月には濁川地区に千人を収容できる寄宿舎が三棟完成する。
そうなれば、さらに工事は加速することとなる。
上下水道の完備、生活道路拡張と、それによって転居する人々の代替住宅の建築。町営のアパートメントやコンドミニアムの建造も始まる。
ちょっとした特需が、このあたり一帯に訪れているのだ。
日給制や週給制の労働者たちにはすでに報酬が支払われ、その金を使って彼らは町に金を落とす。
飲食店、温泉、理髪店、衣料店、スーパー、コンビニ、あらゆる場所で人手が足りなくなり、大々的に募集がかかる。
労働力の奪い合いだ。
より好条件を提示して人を欲しがる。充分な利益が見込まれているから。
人が動く。
それはすなわち、金が動くということだ。
そして動いた金が、ますます景気を加速させてゆく。
「これが経済を回すということです」
とは、全体的な流れをプロデュースした高木が嘯いた言葉である。
働けば働くほど報われる社会。
それが現在の澪だ。
数ヶ月前までこの街を覆っていた停滞と退廃は、改革の暴風にすっかり吹き散らされている。
一種異様な活気に包まれた現在の澪を見れば、彼の大言壮語を否定する者は存在しないだろう。
ただひとりを除いて。
そのひとりとは、巫の次期当主たる実剛である。
海開きから二週間。
彼はすっかりくさっている。
なにしろ、せっかく海水浴場を整備したのに、その立役者である実剛がいまだに遊びに行けない。
勇者の襲来だったり、沙樹の拉致だったり、その後の料理研究だったり。
「佐藤先生。海水浴に行きたいです」
涙ながらに訴える。
「いや。そんなバスケットボール漫画みたいな顔で言われても」
澪豚料理の試食会におじゃました奈月が呆れる。
「だって先生っ もうすぐ夏休みが終わってしまいますよっ」
魂の叫び。
北海道の高校の夏休みは短い。
東京などの高校の夏休みが四十日間あるのに対して、だいたい二十五日間くらいなのが普通だ。
ちなみに冬休みも二十五日くらいあるので、十日しかない東京に比べて不公平ということはない。
まあ、それだけ夏が短いということだ。
暑さ寒さも彼岸まで、という言葉があるが、北海道の暑さは彼岸どころかお盆くらいまでである。
八月も中旬を過ぎると、朝晩は長袖が欲しくなってくる。
「海水浴に行きたいです。旅行もしたいです。デートもしたいです。婚約者のいる初めての夏休みがこれでいいんですか? 先生」
「それを私に訴えてどうしろというんですか? 巫くん」
名実ともに実剛は子供チームのリーダーである。
彼が決定しなくてはいけないことは数多い。
量産型能力者第二隊の動向にしてもそうだ。
実剛のゴーサインがなくては何もできないため、今日も裁可を求めて奈月が高校の調理実習室を訪れたのである。
そこで泣きつかれた、というわけだ。
ちなみに、実剛に次ぐ決裁権を持つはずの実妹は、下僕AとBを引き連れて遊びに行ってしまっている。
中学生に実務を担わせるわけにはいかないとはいえ、実剛としては地団駄ダンスのひとつくらいは踊りたい気分だ。
「三日。いや、せめて二日間の休暇をください。その間、僕の代わりは佐藤先生がやるってことで」
「その二日間で何をするんですか?」
「絵梨佳ちゃんとデートです」
いっそ見事なまでに言い切る。
海水浴。小旅行。一夏の初体験。
夢が広がる。
「ダメにきまっているでしょう」
「デスヨネー」
奈月にブレーキ役を求めたのは実剛自身だ。
変な声とともに野望を捨てる。
「んで、今日はどんな話でしょう?」
気持ちを切り替えて問う。
「テレビ出演のオファーがきたので、許可を頂きたいとおもって」
「テレビですかっ そりゃすごい」
「北海道ローカルのワイドショーだけどね」
「夕方にやってるやつですか?」
「ええ。あれよ」
北海道の夕方の顔といっても良い番組名を挙げる奈月。
「普通にすごいと思いますけど」
「では、許可?」
「ちょっと待ってください。信二先輩。良いですか?」
佐緒里が焼いたステーキを食べていた魚顔軍師を呼ぶ。料理のできない男どもは、もっぱら試食担当である。
紙ナプキンで口を拭きながら近寄ってくる軍師。
「どうです?」
「ロースはもちろん美味しいですが、ヒレの素晴らしさは特筆に値しますね。とくにシャトーブリアン。絶品です。残念ながらB級ではありませんが」
「紛れもなくA級グルメでしょうからね。ヒレステーキなんかは」
言い置いて、奈月から具申のあったテレビ出演について意見を求める。
「時期がタイムリーすぎます。きな臭いものを感じますね」
「やっぱり先輩もそうですか」
モデルが裸足で逃げ出すようなナイスバディーぞろいの第二隊。
美男美女たちがボランティアに精を出している。
テレビ局が食いつきそうなネタであり、オファーがあってもべつに不思議ではない。
不思議ではないが、時期が微妙だ。
海開きから二週間。
すこしばかり時間が経ちすぎている。
「どう見ます?」
「札幌の準備が、ようやく整ったというところでしょうか」
思慮深げに腕を組む信二。
北海道のテレビ局は、ほとんどが札幌に本社を構えている。
そして札幌は知事閣下のお膝元だ。
マスコミを動かし、耳目をそちらに引きつけておいて、何か仕掛けてくる。
充分に考えられることではある。
「では、断りますか?」
残念そうに奈月が眉を寄せた。
彼女もまた若い女性である。テレビ出演に興味があったのだろう。
「いえ。受けましょう。御大将」
「そのこころは?」
「相手にどんな意図があれ、話題性があることはたしかですから」
今回断ったところで、二度三度と申し込まれれば、いずれは受けざるを得なくなる。
どのみち受けるのであれば、最初から受けても変わらない。
それにテレビなどに露出することで知名度が増すのも事実だ。
この際は相手の意図に乗るのも悪くない。
「いっそ姫たちにもご出演願っても良いくらいですね」
姫とはもちろん、琴美、佐緒里、絵梨佳、美鶴の四人である。鬼姫の目つきの悪さをのぞけば、そんじょそこらのアイドル顔負けの美少女たちだ。
「えー」
「不満ですか? 御大将」
「そういうわけじゃないけどさ」
なにやらぶつぶつ言っている。
くすりと奈月と信二が微笑を交わした。
万事に鷹揚なリーダーに子供っぽい妬心があることがおかしく、同時に親しみを覚えたのだ。
「ま、本人たちの意思次第ですがね」
ぽんぽんと次期当主の肩を叩く軍師だった。




