四方八方的だらけ 6
帝国ホテル。
千代田区に存在する日本屈指の高級ホテルである。
海外のVIPなどが宿泊することも珍しくないこのホテルを実剛たちが訪れたのは、午後も七時をまわろうという時刻だった。
「ふおぉぉぉぉぉ!」
ロビーに入った光則が奇声を発している。
シックでありながらゴージャス。
普通の生活をしていれば、なかなか縁のない場所だ。
「わたしの格好、変じゃないですかね?」
しきりに服装を気にするのは絵梨佳。
やはりそのあたりは女の子である。
「変に決まっているだろう。芝絵梨佳。全員しま○らの服なのだから」
同じ女性でも、佐緒里などは堂々としたものだ。
さすがはオカネモチの娘、と言いたいところだが、彼女の場合は単に無頓着なだけであろう。
子供たちが騒いでいる間に、沙樹と実剛がフロントで受付をすませる。
どうやら、タワー館とやらの最上階が、まるまる彼らのために供されるらしい。
海外の賓客などが使うフロアらしい。
面積といい、部屋数といい、どう考えても広すぎるが、謝罪を込めた配慮だと受け取っておくことにする。
そういって笑う沙樹。
「そうですかね。他の客がいないフロアなんて、襲い放題だとおもいますが」
うがった意見を返すのは、もちろん魚顔軍師である。
たしかに一理あるが、さすがにもう襲撃はないだろう。
「まあ食事もでるらしいから、一食か二食浮いたと考えればいいのかな」
いつもの胆力で割り切った実剛が、ドアボーイの案内に従ってエレベーターに向かう。
「ち、チップとかいるんだべか」
「坂本光則。なまっている」
「つってもよう。俺のし袋なんかもってきてないぞ」
「どこの世界にチップをのし袋に入れて渡すひとがいるの? 心付けなどティッシュにでもくるんで渡せば充分」
挙動不審な光則と堂々とした佐緒里。
女王と従者という風情だ。
そしてエレベーターを降りると人影があった。
直接的な面識はないが、テレビなどでは何度も見たことのある人物である。
「お初にお目にかかる。澪の王族の方々」
「こちらこそ。お目にかかれて光栄です」
代表するかたちで深々と一礼する実剛。
「え? だれ」
「総理大臣ですよ。絵梨佳嬢。たまにはアニメ以外の番組を見た方がよろしいでしょう」
「し、しってたもんっ ちょっと忘れてただけだもんっ」
「ああ。もちろんあたしも知っていた。当然のように。名前だって判るぞ」
「……ぜってー嘘だろ。こいつら……」
嘘つき娘が二人。
溜息を吐く光則。
新山首相は何も言わず、全員を誘う。
「此度のことでは迷惑をかけた」
「伯父のメールにありました。日本政府は無関係なのでしょう。謝罪にはおよびません」
「そういってもらえると助かる」
案内された場所は広い部屋。
中央におかれた円卓に料理が並んでいる。
見るからに豪華そうだ。
「ささやかなものだが料理を用意させてもらった」
着席するように促す首相。
「さきにお風呂はいってくるわ。はじめていて」
そういって席を外した沙樹を除く全員が席に着く。
「あっ 実剛さんっ 豚肉の料理がありますよっ」
絵梨佳が目を輝かせた。
にっこりと首相が微笑んだ。
「君たちが豚肉に並々ならぬ興味を持っていると聞いたのでね。金華豚を用意させてもらった」
世界一美味いともいわれる超高級ブランド豚だ。
大きく目を見開く絵梨佳と佐緒里。
もしこの場に五十鈴がいれば、同じ表情をしたかもしれない。
「これは御馳走ですね。ご配慮、痛み入ります」
次期当主が鷹揚に微笑する。
鋼メンタル健在だ。
一国の元首を前にして臆することなく会話を続けている。
「あとから料金を請求されたりしませんよね?」
「請求したとしても、君たちには端金だろう」
「そこまでご存じでしたか」
「秘匿している情報でもあるまいに」
「ごもっともです」
「明日の飛行機の手配も済んでいる。朝のうちにチケットを届けさせよう」
「重ね重ねのご配慮、感謝の言葉もありません」
「では、ゆっくりくつろいでください」
席を立つ首相。
料理に手をつけることなく。
「お会いできて光栄でした。伯父に良い土産話ができます」
「よしなに」
去ってゆく。
実剛は引き留めなかった。そもそも引き留める理由もない。
姿が見えなくなるまで見送った信二が溜息を吐いた。
「とんだ食わせものですね。あれは」
「先輩もそう思いましたか」
「伊達や酔狂で政界を泳ぎ切って頂点に立ったわけではない、というところですか」
「あんな怪物の相手は伯父さんたちに任せますよ。僕では荷が勝ちすぎます」
「怪物? なんなんだ? 普通に紳士にみえたがな? 俺には」
控えめに料理をつまみながら、光則が問いかけた。
琴美も頷いている。
「表面だけとらえれば、その通りですよ。光則くん。アンジー」
素通しの眼鏡をくいと持ち上げる軍師。
高級ホテルを無償で提供してくれた。
これは、ここから出るなよ、という意味である。
航空券も手配してくれた。
これは、さっさと帰れ、という意味である。
得体の知れない田舎のモンスターどもが東京を闊歩し、たとえば渋谷などでチンピラにからまれたりなどしたら目も当てられない。
渋谷消滅くらいで済めば御の字だろう。
もちろん彼らは、自分たちがそんなことをしないと知っているが、自己評価と他人の解釈は、往々にして食い違うものだ。
「ようするに首相閣下は言っているわけです。エサと寝床と帰りの切符は用意してやったから、とっとと巣に戻れよモンスターども、とね」
辛辣な口調の信二。
仏頂面を、琴美と光則が浮かべた。
なかなかに心楽しくなる話だった。
「でもっ この豚肉はおいしいですよっ」
「ああ。料理に罪はない」
遠慮という言葉をかなぐり捨ててがっついているのは絵梨佳と佐緒里だ。
この味をすべて盗んでやる、くらいの気概で挑んでいる。
くすりと微苦笑を浮かべた実剛。
「まったく。姫たちの言うことはいつも正しいね。尋常なものではないにせよ、どんな思惑があるにせよ、せっかくのご厚意だ。僕たちもご相伴にあずかろう」
両手を合わせて、いただきます。
軽く頷いた琴美と信二も箸を取った。
蒼穹を貫き、ジャンボ旅客機がひた走る。
一路、北の大地を目指して。
「さてさて。どうですかね。御大将」
「結局、裏はなんにも判りませんでしたからね。もう一幕か二幕はあるでしょうよ」
沙樹を拉致したサトルという男。
絵梨佳と交戦したカトルという少年。
そして、いまだ実剛たちは名を知らないが三浦という自衛隊の指揮官。
彼らの背後に何があるのか。
これまで何を企み、これから何を企むのか。
現時点で答えられるものは誰もいなかった。




