歓迎! 勇者様御一行 1
勇者(笑)の名を、御劔朔矢という。
芸能人みたいにかっこいい名前だ。
公園に放置するのもアレだったし、いちおう武装もしていたので、萩の本家へ引き渡し事情を聴取してもらった結果、いくつかの事情が判明した。
きらきらネームもそのひとつである。
種族は人間で、彼に同行していた仲間たちも、普通の人間だった。
量産型能力者でも生粋の能力者でもない。
ついでに、どこかの機関に所属しているわけでもなく、背後関係はとくに存在しない。
にもかかわらず武器まで所持していて、それなりに鍛えられた動きをしていたのは、彼らのご先祖様に問題がある。
「なんというか、アレだ。勇者の血統とか。そういうやつだ」
苦り切った顔で萩鉄心が告げた。
深夜の決闘から一夜明けて、翌日のことである。
実剛はダメージから回復はしたものの、大事を取って今日の海水浴は中止ということになった。
んなもん知ったこっちゃないぜ、という空気を丸出しにして、美鶴を中心とした中学生チームは朝から出掛けてしまっている。
巫邸にいるのは、実剛と絵梨佳、それに琴美と信二だけであった。
いつもは護衛役として側にいるはずの佐緒里と光則すら残ってくれなかった。
御大将より海水浴の方が大切である。
あまりにも当然の結末だった。彼らを放って、実剛と絵梨佳だけで戦いに赴いたのだから、へそを曲げられても文句は言えない。
「勇者の子孫ですか」
ふむ、と、右手を顎にあてる魚顔軍師。
そう呼ばれる存在がいることは知っている。
まあ、鬼の末裔がいるのだ。勇者の末裔がいてもべつにおかしくはない。
「とはいえ、生き残っているケースは稀だと聞いていましたが」
「そのとおりだ。凪の。人は嫉妬する生き物だからな」
鉄心の言葉は抽象的なものではあったが、信二が頷く。
最高の英雄とは死んだ英雄。そんな標語がある。
英雄などというものは、国なり世界なりが危機のときにいてくれれば良い存在で、平和な時代には無用の長物だ。
ゆえに、勇者とか英雄とか呼ばれた人たちの後日談というものは悲惨である。邪魔になって粛正されるか、無実の罪を着せられて殺されるか。
「まあ、たいていはろくな死に方をしていないわけです。だから物語なんかでは後日談は語らずに、そしてみんな幸せに暮らしましたとさ、で終わることになっているんですがね」
そのみんなに勇者は含まれていないから。
ところが、勇者の中にも、平和になったら自分が邪魔者になるということを知っているものがいる。
国を譲ると言われても、
「いえ王様。もし自分が治める国があるとすれば、それは自分で探したいのです」
とか言って、去って行ってしまう人だ。
「どこかで聞いたような話ですね。信二先輩」
「たとえ話ですよ。極端な方が判りやすいでしょう」
ともあれ、そうやって難を逃れた勇者や英雄はわずかながら存在する。
そのような血筋が連綿と受け継がれて登場したのが、御劔たち六名というわけだ。
「彼らは巫の噂をどこからか聞きつけ、自費で澪までやってきたらしい」
「自費って、どこからです? 萩の」
実剛が問う。
「御劔は岡山らしいな」
「桃太郎ですかっ」
「桃太郎の子孫かどうかまでは知らぬがな。いずれにしても、あいつらはあいつらで能力者ではある」
「能力者ですか?」
小首をかしげる絵梨佳。
何の訓練も積んでいない普通の人に比べれば強いとは思うが、正直、量産型能力者にすら勝てないと思う。
「芝の姫は特別だ。量産型能力者でも、たとえば実戦経験のない第二隊くらいになら勝てるだろうよ。タイマンならな」
「つまり彼らの力は戦闘系ではない、ということですね。萩のご当主」
「そうだ。彼らの力は認識阻害。実剛は体験しただろう?」
水を向けられ、少しだけ考える次期当主。
心当たりはある。
彼らの武器だ。取り出すまで武装していると思わなかったのである。
ダガー程度ならともかく、ロングソードやロングボウを隠し持つことは不可能なのに。
「厄介ですね」
武器にだけ使っているなら良いが、使い方次第では犯罪し放題である。
勝手に家に入ってきて、勝手に戸棚を開けて、勝手に金を持っていっても認識されない、ということなのだから。
「もっと厄介なこともあるぞ。彼らな、金がないそうだ」
「え?」
「金がないそうだ」
繰り返す鉄心。
いっそ荘厳なほどだ。
御劔は岡山から、他の面々も全国各地から、それぞれ自費で集まった。
手持ちの金は使い果たしてしまったらしい。
「勝ったら町民に感謝され、金銀財宝をもらえるとでも思っていたのだろうな」
「……不憫な……あらゆる意味で」
勝っても報酬などあるわけがない。
まして負けたのだから、目も当てられない。
どこまでも残念な人々だ。
「勇者の末裔といってもただの人でしょうし、金銭的に苦労もしているのでしょうな」
腕を組む軍師。
でなければ、縁もゆかりもない北海道まで鬼退治にくるはずがない。
「それで、だ。もう何の希望もないから殺せといって聞かないのだ。あとは任せたぞ。実剛」
ぽん、と巫の次期当主の肩を叩く鬼の頭領。
相当に閉口しているらしい。
「いやいやいやっ なんでそこで僕に丸投げするんですかっ」
「仕方なかろう。俺はこれから暁貴と一緒に知事と会談だ。子供のことは子供チームに任せる」
そういって鉄心がそそくさと巫邸を後にする。
逃げやがった。
仕事を口実にして逃げやがった。
最悪である。
「どうします? 御大将。めんどくさいから殺っちまいますか?」
「戦闘中ならともかく、抵抗の手段もないような連中を殺すのはちょっと」
「かといって、生かしておいて良いことがあるとも思えませんが」
酷薄なことを言う魚顔軍師。
かなりの線で同意見ではあったが、
「仕方ない。僕が話してみるよ……」
海よりも深い溜息を吐く実剛だった。
「僕はいつになったら海水浴にいけるんだろう……」
「さて、結論は出たかい? 知事さん」
あいかわらずエアコンもない副町長室で、暁貴が口を開いた。
目の前に座するのは北海道知事。
彼の後ろには沙樹が控え、右隣には萩鉄心が座っている。
本来なら役場は開庁していない日曜日ではあるが、階下では職員たちが忙しく働いていた。
ブラック企業並みの休日出勤率である。
新事業が次々と打ち出されるため、澪町役場はほぼ二十四時間営業と化している。本気で過労で倒れるものが出そうだ。
とはいえ職員の表情には暗さがない。
高木が取った徹底した評価制度のため、成果を上げれば上げるほど俸給に反映されるからだ。
いち早く問題提起を行い、解決策を提示した若い職員の中には、今月の給料が百万円を超えるものもいる。
一種異様なまでの活気の原因だ。
ちなみに三ヶ月連続で給料アップしないものは、向上心がないものと見なされてリストラ対象者となるらしい。
話を聞いたとき、高木の飴と鞭の使い方に畏怖すら憶えた暁貴であった。
「道職員たちにも見習わせたいですね。徹底ぶりが恐ろしくもありますが」
「何人か受け入れるぜ? なにせ人手不足だからな。実力のある奴が三年も働きゃあ一財産築けるぜ? うちには地方自治法なんざ関係ないからな」
「では、専門職を三十名ほど融通しましょう。建設と土木の」
「冗談で言ったんだがな」
「受け入れられませんか?」
知事か微笑する。
これが彼女の返事だ。
職員を派遣するということは、澪のありようを肯定するということ。
そしてそれ以上に、巫や萩の懐に人員を潜り込ませたいということだ。
とんだ女狐である。
「いいや。受け入れるさ。けどいいのかい? 橋を渡っちまって。後戻りはできねぇぜ?」
暁貴としては、局外中立を貫くと予想していた。
手を組むだけの度胸も、敵対するだけの気概もないだろうから。
「昨日の会談の後、海水浴場の露店を見させてもらいました」
唐突に話題を変える知事。
「あの売り子たちは、あなたたちの「作品」ですね?」
「霊薬に興味がおありか? 知事殿」
問いかけたのは鉄心だ。
薄い笑いが顔に張り付いている。
権力者が求めるものは、秦の始皇帝の昔から変わっていない。
「些かならず」
欲しいとは言わない。
老獪な笑みを、知事も浮かべた。




