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杜の都へ 7


 誰と拳を交えるか、その選択は深雪に委ねることした。

 選択肢は三つ。

 芝の姫たる絵梨佳、美鶴の守人たる光、そして鬼姫である佐緒里だ。

 実剛や美鶴では、将棋やチェスくらいでしか相手をできない。

 あと格闘ゲームとか。

「ちなみに実剛って誰使うの?」

「ざんぎ」

「しっぶっ ていうか古っ」

「原点にして基本。ここを押さえないでかくげーは語れないよ」

 他人には判らない会話を繰り広げる次期当主たち。

 もちろん一緒にテレビゲームをやって仲良くなりました、では、眷属たちが納得しない。

「巫の守人、芝の姫、どっちも興味深いけど、やっぱりボクの相手として相応しいのは、キミでしょ。萩佐緒里」

 ぴっと指さす。

「是非もない」

 かるく頷く鬼の姫。

 光が失望の表情で肩をすくめた。

 またしても出番なしだ。

「光の拳は私のためだけに使えばいいのよ」

「すげー良いこと言ってるみたいだけど、ようするに下僕ってことだよなっ」

「まあ、にたようなもの?」

 小首をかしげる美鶴。

「せめて否定しろ……なんで疑問系なんだよ……」

 がっくりとうなだれる守人の肩を叩く。

 騎士とはすなわち奉じる者。

 下僕となにが違うのかと問われれば、明確な答えを出せない少女なのである。

 だから、光は私のナイトなんだから離れちゃ駄目なの、とは言わなかった。

「日本語って難しいのよね」

 難しいのは母国語ではなく少女の心の軌跡だが、彼女自身がそのことに気づいていない。

「わたしとしても、また出番なしなんで、慰めてください。実剛さん」

 ごろごろと婚約者に懐く絵梨佳。

 あざとい。

 べつに戦えなくて残念とか思っていないくせに。

 チャンスは逃がさないのだ。

「ここは萩に花を持たせようよ。寒河江としてもそれが筋だろうし」

 よしよしと少女の髪を撫でる。

 簡単に籠絡されていた。

 実剛だから仕方ない。

「爆発すればいいんだよ」

 けっ、と深雪が吐き捨てた。

「わりと同意見だが、巫実剛まで爆死するのは困る。爆弾は芝絵梨佳にだけ仕掛けてくれ」

「具体的な殺人計画だったっ キミたちは仲間じゃないのかいっ」

「萩に逃走はないことだ」

「意味がわからないよっ!?」

 わいわいと騒ぎながら移動する。

 なんというか、べつに拳を交えなくても、すっかり打ち解けていた。




 深夜の野球場。

 カクテルライトが照らす。

 模擬戦の舞台だ。

 寒河江が運営する場所である。

 充分な広さがあり、多少壊したところで文句も出ない。

 観戦するのは寒河江の家臣たちと、実剛のチーム。

 前者に村井の姿はなかった。

「残念ね。接触できたらよかったのだけれど」

「いいさ。僕らみたいな若造がなにを話したところで、大人の意見を変えることはできないよ」

 肩をすくめてみせる。

 すくなくとも、巫陣営の話を聞く気分にはなれないだろう。

 十七年以上に渡る確執だ。

 それより短い期間しか生きていない実剛や美鶴の言葉が、彼の心に届くとは思えない。

「結局、私たちの未熟さが、事態の解決を阻むのよね。いつも」

 すこしだけ切なそうな美鶴。

 視線の先では、佐緒里と深雪の戦いが始まろうとしていた。

「本気でやる?」

「手加減して勝てるつもりだったのか? 寒河江深雪」

「いうねぇ」

 ふい、と消える深雪の姿。

 次の瞬間、上空から振ってくる脚。

 およそ人体がぶつかったとは思えない音を出して、佐緒里が受け止める。

「よく上に出ると判ったねっ」

 ふたたび宙を舞う寒河江の鬼。

「大沼で、貴様の技は見た」

 湖面を歩いていた。

 つまり重力干渉ができるということだ。

「萩に同じ技は二度通じない」

「いやっ あのときキミと戦ってないよねっ それ言いたかっただけだよねっ」

「是非もない」

 少年漫画好きの萩の鬼が構えを取る。

 ボクシングのように。

 たんたんと軽いステップ。

 二度、三度。

 四度目のステップを刻んだとき、彼女の姿は空中にあった。

 助走なしで数メートルの大ジャンプ。

 いきなり間合いに入られた深雪が、重力制御を解除して落下する。

 空を切る拳。

「飛べば死角。そういったのはキミじゃなかったかな」

 着地と同時に迎撃姿勢を取る。

 落ちてくる膝。

 ニープレスだ。

 隙だらけの攻撃。回避は容易いが……。

 動かない。

 両腕を交差させて防御を優先する。

 ずん、という衝撃は正面から。

「気づいたか」

「まぁね」

 ふたたび飛び離れる二人の鬼姫。

「幻影を使うとは思わなかったよ」

「鬼幻魔拳。見破ったのは貴様が初めてだ」

「へえ。そうなんだ」

「使ったのも初めてだが」

「うわー ありがたみないなー」

 軽口を叩き合いながら、ゆっくりと間合いを詰めてゆく。

「茶番は、そろそろ終わりにしようか」

「是非もない」

 一気に加速する二人。

 互いの右拳が、大気を切り裂いて衝突する。

 波紋のように衝撃波が広がり、観戦者たちの髪が逆立つ。

 爆風に等しい。

 力の奔流に耐えかねた佐緒里と深雪の服が千切れ飛ぶ。

 この光景を、実剛は見たことがあった。

 萩邸での戦いの時だ。

 足を止めた鬼姫たち。

 ノーガードでの殴り合いが続く。

「……つまりこれが、拳骨で語る、か」

 実剛の呟き。

 チカラのみを求め、極め、正解とする。

 それが鬼のレゾンデートル。

 人間が()を使うのは、獅子の爪も狼の牙も熊の巨体も豹の俊足ももっていないから。

 逆からいえば、力は技を凌駕する。

 それができないから、たとえは村井などは技を用いていた。

 すべてを破砕する力をもつ鬼が、区々(くく)たる小技に拘泥(こうでい)する必要などない。

 ただひたすらに豪腕を振るう。

 それが正解。

「……実剛さん。なんかあのふたり笑ってますけど」

「……うん。きっと楽しいんだろうね……」

 ぽそぽそと会話を交わす絵梨佳と実剛。

 球場の中心部で、哄笑をあげながら殴り合う二匹の鬼。

 理解不能の光景だ。

 互いの顔が変わるほどの殴り合い。

 防御も回避もせず。

「すっげぇ……」

 手に汗握って、食い入るように見つめる光。

「半裸に喜んでるなら怒るんだけど。なんだろう、戦士に憧れる少年の瞳は、微妙に怒りづらい」

 美鶴が溜息をついた。

 明らかに異常なのだが、男の子の心に響くものがたしかにあるのだろう。

 拳を握りしめ、渾身の力を込めて撃ち出す。

 ただそれだけ。

 華麗な技の応酬もない。

 目を奪うような動きもない。

 数トンを数えるような打撃、ただひたすらに撃ち込む。

 数トンを数えるような打撃、ただひたすらに受け入れる。

「や、やるじゃないか重力制御もしないで、ボクの拳をうけつづけるなんて……」

 くぐもって聞こえる深雪の声。

 顔の形が変わるほどに殴られているからだ。

「退きません。媚びへつらいません。反省しません」

 似たような顔をした佐緒里の声も、やはり同様にくぐもっていた。

 両者とも限界が近いのだろう。

 全身から血が噴き出し、小さな滝のようだ。

 あちこち骨折もしているのだろう。腕や脚が変な方向に曲がっている。

 服はぼろぼろで、ほとんど何も隠せてはいない。

 むろん色気など欠片も感じなかった。

 野蛮人。

 その単語が最も相応しい有様。

 それでも鬼の姫たちは笑う。

 楽しくて仕方がないと、全身で語っている。

「ぬおぉぉぉぉっ!!」

「うがぁぁぁぁっ!!」

 年頃の娘が発するとは思えない雄叫びをあげて突撃。

 同時に決まる。

 互いの拳を自分の顔にめり込ませながら、姫たちの動きが止まる。

 そして、ずるずると崩れ落ちた。

 両者ノックダウン。

「見事なりっ!」

 立ちあがった寒河江の当主が吠える。

 一斉に喚声をあげる眷属たち。

 足を踏みならし、腕を突き上げ。

 血がたぎっているようだ。

「……これって見事なの?」

「僕にきかれても知らないけど、判る子もいるみたいだよ」

 妹の問いかけに実剛が指さしてみせる。

 視線を動かすと、光が両腕を振り上げて絶叫していた。

「……なるほど」

 理解した。

 生物としての原初の魂を揺さぶられたのだろう。

 まったくバカなんだから。

 小さな溜息をつく少女だった。


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