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温泉エルフ! 後編


 温根湯温泉郷は、JR留辺蘂駅から自動車をつかって十五分ほどの距離に存在する。

 開湯(かいとう)は明治時代まで遡るというから、一口にいってかなりの伝統だ。

 無加(むか)川という川の畔に、かつては多くの温泉旅館が軒を連ねたらしいが、いまでも営業しているのは二軒くらいしかないという。

 時代の流れというには、せつない話である。

 バブル経済の時代、日本人観光客の目は海外に向けられた。

 国内の観光地は見向きもされなくなった。

 そしてバブル崩壊後、ようやく客足が戻る頃には、どこの施設も消えてしまっていた。

 待ち続ける体力がなかったからである。

 和歌山県の和歌浦(わかうら)しかり、この温根湯しかり。

「ゆーて、客を呼び込む努力が足りなかったってことなんだろうけどね」

 駅レンタカーのハンドルを握った佐藤が苦笑する。

 一応、彼はチーム最年長ということになっているので、ドライバー役を買って出たのだ。

 自称二十一歳。

 本当の年齢は誰も知らない。

「待ってるだけで客がくるって時代ではなくなったからね」

 肩をすくめる美鶴。

 後部座席だ。

 なにしろ八人という大所帯なので、大きめのワゴン車を借りた。

 まあ、普通免許保持者は佐藤と琴美の二人なので、べつだん車が二台でも困らないのだが、佐藤が分乗は嫌だと頑として譲らなかったのだ。

 ちなみに、徒歩や公共交通という選択肢は、あんまり存在しない。

 どこの田舎でもそうだろうが、わりと自動車は生命線なのである。

「まあ、今日はみんな疲れているだろうから、ゆっくりくつろごう。観光は明日で良いよね」

 さらっと実剛が方針を決めちゃう。

 チームリーダーだもん。

 澪から札幌まで三時間。そこから留辺蘂まで四時間。

 さすがに疲れているのは事実だ。

「調査じゃないんですかー? 実剛さん」

 まったく、これっぽっちも疲れていなさそうな絵梨佳が首をかしげる。

「調査もするよ。明日は『山の水族館』と『キタキツネ牧場』にいこう」

 遊ぶ気まんまんの御大将であった。

 調査とはいったいなんなのか。




 借りた部屋は二つ。

 部屋わりとしては男女別だ。

 それなりに豪勢な夕食をとり、源泉かけ流しの温泉でゆったりくつろぐと、あとはだらだらタイムである。

 二泊ならではの、贅沢な時間の使い方だ。

「……さて、諸君」

 おもむろに口を開く佐藤。

 温泉宿の浴衣をまとっていなければ、どっかの司令官もびっくりの厳かな口調である。

「んあ? なしたよ。サトーの兄ちゃん」

 携帯端末でゲームなどをしていた光が顔を上げる。

 温泉宿にきてまでゲームに興じるのは、現代っ子ならではだろう。

「重大な発表がある」

「なんだ?」

「どうしたんです? いったい」

 光則と実剛も注目した。

 すっと佐藤が浴衣の懐から取り出したのは、チラシだった。

 中高生トリオの前に差し出す。

 魅惑の妖精、とか、飾り文字が踊っている。

 ショータイムのご案内だ。

 なんと、未成年は入れないらしい。

「妖精……エルフですか!」

「なるほど。こんなところにヒントが」

 ふむと腕を組む次期魔王と腹心の砂使い。

 温泉宿にエルフがいるならば、ぜひ会っておかなくてはいけないだろう。

 当然のことだ。

「いや。ただのストリップじゃん。なにいってるんだよ。兄ちゃんたちは」

 年長者たちに半眼を向ける光。

 判ってない。

 彼は全然わかっていない。

「妖精と書いてあるだろう。羽原くん」

 将来の義弟の肩に手を置き、ゆっくりと実剛が首を振る。

「いや、だから、ルーマニア人だから妖精ってことだろ。なんでかはわかんねーけど」

 東欧系の美しい白人女性を妖精と評するのは、ある一定以上の年代の人ならば理解できるだろう。

 しかし風使いは、その一定まで、はるかに達していなかった。

 そこは問題ではない。

 まったく問題ではないのだ。

「妖精と書いてあるんだ。調べないわけにはいかないだろう?」

「まったくだ。困ったもんだな。光は」

「え? なに? 俺がおかしいの?」

 混乱するアホの子。

「佐藤さん。取りはからっていただけますか? 僕たちは未成年ですが」

「すでにホテルには金を握らせているよ。万事ぬかりなく。御大将」

「素晴らしい。さすが影豚(カゲトン)のエースですね」

 御大将べた褒めです。

 ここまできて、やっと光にも事情が飲み込めた。

 こいつら、調査にかこつけてストリップショーを見に行くつもりだ、と。

 美しい白人女性の。

「な、な、なんてことを……美鶴たちにばれたら……」

 声をうわずらせる。

 想像は戦慄と恐怖をはらんだ。

 そりゃ浮気とかじゃないけど、ないんだけど!

「そうだな。なんなら光は留守番でもかまわないか。調査(・・)に同行しないというのも、選択のひとつだろう」

 少年の耳元に口を寄せ、悪の砂使いがささやきかける。

 邪神の誘惑のように。

 たとえ一パーセントでも可能性があるなら、調べないわけにはいかない。

 結果として何もなかったとしても、それは仕方のないことなのだ。

「戦闘力のない実剛と佐藤さんは、俺ひとりで守ることになるな。少々きついが、やってやれないことはないだろう」

 ちらちらと光を見ながら。

「ご、護衛、ひ、必要だよね! 光則兄ちゃん!」

 籠絡された。

 大義名分の化粧によって、いとも簡単に降ってしまう風使いであった。

 彼だって男の子なのである。

 彼の心は、もちろん美鶴にすべて捧げているが、それはそれこれはこれというやつだ。

 ちなみに、実剛は絵梨佳に、光則は佐緒里に、佐藤は琴美に対して同様の思いを抱いている。

 だがしかし、仕方がないのである。

 調査だから!

「では御大将。行きましょうか。不本意ながら」

 (うやうや)しく導く佐藤。

「そだね。しかたないね」

「だな。まったく行きたくないけどな」

「どんな危険があるかわかんねーもんなっ」

 すげー嫌そうに言いながら、意気揚々と男どもが部屋を出る。

 そして、ばったり出くわした。

 女性陣に。

「遅かったですね。実剛さん」

 にたりと、芝の姫が唇を歪めた。

「ひぃっ!?」

 びびり御大将。

「妖精ストリップを見に行くのだろう? さっさといくぞ。光則」

 がし、と鬼姫が首をホールドする。

「ひぃっ!?」

 びびり砂使い。

「ま、だいたいこうなるだろうと判ってはいたけどね」

「読み通りっていうか、バカばっかりっていうか。あなたまで何をやってるんですか。佐藤さん」

 苦笑する美少女軍師とビーストテイマー。

『ひぃぃぃっ すんませんすんませんっ』

 びびり以下略。

 こうして野郎どもは、自らの恋人ないし憎からず思っている相手と一緒に、ストリップ見物をするハメになったのである。

 どんな苦行だよって話だ。




 流麗な音楽が、さして広くもない店内を回遊する。

 劇場というほどの規模はない。

 ちょっとしたバーラウンジような場所に、ステージがあるだけの店だ。

 客は、実剛たちだけ。

 佐藤がホテル側に大金を握らせた結果、というより、田舎ホテルのストリップショーを見にくる物好きがどれだけいるのかという部分だろう。

 まして平日。泊まっている客の数だって限られるのだから。

 充分なおひねりを用意して待つ一同の前に、やがて踊り子が姿を見せる。

「うわ……美人……」

 思わず口に手を当て、絵梨佳が呟いてしまった。

 彼女自身、澪の三大美少女の一人に数えられているし、アイドルが裸足で逃げ出すほどの美貌をもった親友もいるのだが、それでも別格の美しさだった。

 さらさらと音が聞こえそうに流れる長い金髪。

 透き通るように白い肌。

 深い森で眠りにつくような翡翠の瞳。

 ちょっとこの世のものとは思えない美しさ。

「マックスの気持ちも判ろうというものだな。これは」

「意味がわからん。だれだよマックス」

「異星人の女を初めて見たとき、うつくしいとほざいた男だ」

「しらねーよっ!」

 相変わらず変な引き出しの多い佐緒里と、光則がじゃれ合っている。

 仲が良くてけっこうなことだ。

 ぺこりと一礼し、異国の美女が舞い始める。

 優雅にして妖艶。

 まとっている薄い衣が、(ほの)暗い照明に透けるようだ。

 足首に巻かれた鈴が、しゃんと鳴る。

 それだけで、幻想郷に誘われる。

 踊り子の手がひらりと舞い、衣が宙を飛ぶ。

 露わになる胸。

 大きすぎず、小さすぎず、美しさを追求したような双丘(そうきゅう)

 感動すらおぼえるようなヌードだが、残念ながら男どもは拝することができなかった。

 それぞれのパートナーが、思わず両手で目を覆ってしまったからである。

 もうね。

 なんというかね。

 あれは見せるべきじゃない。

「な、なにするの!? 絵梨佳ちゃん!?」

「ダメですダメです。これからあの人と比較されたら、わたし泣いちゃいます」

 今後のことを考えても、あれはダメだ。

「アンジー。きみまで」

「まあ付き合いで。どうしても見たい? 佐藤さん」

「僕としては、いまは背中に当たっていてる感触の方がうれしいかな」

「すけべ。へんたい」

「ありがとうございます」

 兄たちと又従姉たちの会話を聴きながら、美鶴は退きどきだと悟った。

 女の自分まで見入ってしまいそうだ。

「みんな。おひねりを全部まいて。逃げるわよ」

 決断する。

 さすが魚顔軍師に次ぐ、澪第二の頭脳である。

 迷いがない。

 ほうほうの体で逃げてゆく若者たちだった。




「ふう。なんとか諦めてくれたようですね。クンネチュプアイ」

 次期魔王と愉快な仲間たちが去ったラウンジ。

 おひねりを回収していた異国の美女に、ホテルの支配人が話しかける。

「バレたらバレたで面白かったんだけどね」

 舌を出してみせる。

 アイヌの言葉で、月光の矢という名を持った女性が。

「またそういうことを。騒動師はウパシノンノだけにしてほしいですよ。私どもとしましては」

 苦笑を浮かべる支配人。

 彼は、知る側の人だ。

 近隣にあるエルフの郷で一番のやんちゃ娘だったウパシノンノが旅に出て、そろそろ一月が経過しようとしている。

風の精霊(シルフ)の報せてくれた魔王の一族。愉快な子たちだったわね」

「だからといって、里長みずからが見にくるのは、どうかと思います」

 しかもストリップを披露するとか。

 サービスしすぎである。

「けっこう良いアルバイトになったわよ?」

「さいですか……」

 やれやれと肩をすくめる支配人であった。




「結局、なーんにもなかったですねー」

「まあね。仕方ないよ」

 翌々日。

 特別急行列車に乗り込む実剛に、絵梨佳が話しかけた。

 温泉に入り、山の水族館でイトウの巨大さに驚き、キタキツネ牧場でソマリたちとたわむれ、もう、ただの観光旅行で終わってしまった。

「骨休めなんだからさ。主目的は」

「ですねー (じん)くんにお土産かって帰らないと」

 きゃいきゃい騒ぎながら、座席につく。

 あるいは、義弟の仁のようなニンジャや、勇者を伴っていれば、べつの結果になっていたかもしれない。

 なにしろ彼らは認識阻害を使うことができるから。

 当然のように相手が使っていても気がつく。

「ん? どした? 美鶴」

 なんだか考え込んでいるような巫の姫に、守人が話しかけた。

「たいしたことじゃないわ。昨夜はショータイムやってなかったなって思っただけ」

「毎日やるわけでもねーんじゃ?」

「かもね。もしかしたらあれが本当にエルフで、私たちの様子を見にきたってオチだったら面白いなって思っただけよ」

「まさかだろ」

 けらけらと笑う光。

 ゆっくりと列車の扉が閉まる。

 旅の終わりを告げるように。



記念短編でした!

おつきあいいただき、ありがとうございます!

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