温泉エルフ! 前編
第5回ネット小説大賞の、
書影表紙風イラストプレゼントで、イラストをいただいた記念の短編です。
前後編です。
心身の疲れを癒し、傷を治す。
そのために温泉に行くのは、この国古来の伝統である。
湯治という。
滞在期間は、一週間から一ヶ月。
閑静な宿で、じっくりじっくり療養するのだ。
「というわけで、温泉に行く」
萩佐緒里がいった。
唐突に。
額に右手を当てる少年。
文脈がまった見えなかった。いま、なにがというわけだったのだろう?
彼の名は坂本光則。
佐緒里の下僕という肩書きを持っている。
ちなみに他にも、恋人とか砂使いとか次期魔王の親友とか、どうでもいい肩書きがいっぱいある。
「一番どうでもいいのが最初に紹介された気がする」
「なにが?」
「気にするな。ただのウワゴトだ。そんなことより温泉がどうしたって?」
「温泉に行きたい。連れて行け」
「命令形になったっ」
北海道というのは温泉王国だ。
基本的に、温泉のない市町村は存在しない。百七十九市町村すべてに温泉がある。
これはちょっとしたものだろう。
「湯の川とか?」
「近すぎて風情がない。もっと遠くだ」
「定山渓とか?」
「留辺蘂の温根湯温泉」
「遠すぎじゃねっ!?」
澪から札幌まで二百キロちょっと。そこから北見市留辺蘂までは、さらに三百キロもある。
往復したら、日本縦断にちょっと足りないくらいの距離なのだ。
「つーか、なんで温根湯?」
「留辺蘂にはエルフがいるときいた」
「いねえよ!」
光則の恋人は、とてもエキセントリックである。
基本的に、考えるというルーチンはもっていない。
「あたしたちが存在するのだ。いないと決めつけることもない」
「そりゃそうだが……」
ふむと下顎に手を当てる光則。
エルフは実在するのか。
かなり胡散臭い話ではあるが、幻想種族を完全に否定することはできない。
なにしろ目の前にいる少女は鬼である。
しかも茨木童子の流れを汲む、由緒正しい血統だ。
恋人の視線を感じだ佐緒里が無意味に胸を張る。
素晴らしいプロポーション。
モデルが裸足で逃げ出しそうなほど均整の取れた肉体と、やや色の薄い黒髪。射抜くような三白眼をのぞけば、まず美人といって良い整った容姿。
きれいだな、と、思う。
比較すれば、光則の容貌は平凡である。
身長は高校二年生男子の平均を少し超える程度。
引き締まって無駄のない体つきではあるが、べつに希少価値を主張するほどの美少年でもない。
「どうしたんだい? ふたりとも。難しい顔をして」
光則と同年配の少年が寄ってきた。
容姿のレベルもほとんど変わらない。
イケメンのカテゴリにかろうじて入れても良さそうだが、一山いくらで売ってるくらいの、ありふれたイケメンである。
巫実剛。
いちおうは、佐緒里や光則の主君にあたる人物だ。
じっと実剛を見る鬼姫。
「……こいつはつかえるな」
ぼそりと呟く。
「使えるって何がっ!?」
「温根湯温泉に行きたいから公務出張あつかいにして。巫実剛」
「さらっと職権濫用させようとしてるよねっ いまっ」
ひどい話である。
ここまでストレートに、君の立場を利用しようという主張は珍しいだろう。
「ち」
「舌打ちしたっ!?」
「まあまあ実剛」
平和主義者のふりをしながら、光則が仲裁する。
エルフがいるという話を交えながら。
「けど、確定情報なの? 佐緒里さん」
ふうむと腕を組んだ実剛が訊ねる。
「噂よ。巫実剛」
「やぶ蛇になる可能性は?」
「おおいにある」
「それはそれでまずいじゃん……」
エルフが実在するのか、それがどの程度の勢力をもっているかは判らない。
仮にあったとして、敵か味方かも判らない。
触らなければ何もなかったのに、接触したせいで敵対した、などという話になったら目も当てられないだろう。
「実剛はどう思う? 俺としては探るだけは探ってみたいんだが」
光則が言う。
それも一理ある。
こちらから接触した方が主導権を握ることができるし、相手の意図を知りやすい。
座して待っていては、初手を取られてしまう。
腕を組んで考える実剛だったが、そう長い時間ではなかった。
「調べてみよう。爪弾いてみなきゃ、どんなギターだって弦の調子は判らないからね」
いつもの胆力で決める。
「やった」
佐緒里が手を拍つ。
婚前旅行の口実ゲット。ついでに活動資金もゲット。
うまうまだ。
「ただし。僕も行くからね?」
「えー?」
「いま露骨に嫌そうな顔したね? 佐緒里さん」
「そそそそんなことはない。ははは萩に逃走はないことだ」
「どもってるから。だいたい、もしエルフと接触したとして、君たちだけでどう交渉するのさ」
「む。拳で」
「拳で語らない」
なんでいきなり殴り合いが前提になっているのか。
「実剛も一緒ということは、絵梨佳もか」
溜息を吐く砂使い。
芝絵梨佳。実剛の婚約者であると同時に、彼の護衛役でもある。
光則からみると従妹だ。
「僕と絵梨佳ちゃんはツーマンセルだからね。当然一緒だよ」
次期魔王が護衛も連れずに出歩けるわけがない。
「それとも、二人きり出掛けたかった?」
人の悪い笑顔を、親友に向ける実剛だった。
「いや。正直助かる。もちろん二人きりというのも嬉しいんだが、さすがに泊まりがけとなると、な」
日帰り出張は、ちょっと不可能な距離だ。
「部屋は二部屋だよ?」
へたれな親友のために助け船を出してやる。
自分だってへたれのくせに。
「二部屋なら問題ない」
にやりと笑う鬼姫。
「……何を考えたかだいたい想像つくけどさ。佐緒里さん。部屋割りは男女別だからね?」
「ち」
「いま舌打ちしたよねっ!?」
どうして澪は、女性陣の方が積極的なのだろう。
にぎやかなことである。
やれやれと肩をすくめる砂使いだった。
重低音を響かせて、ディーゼル特急オホーツクがひた走る。
北の島では、電化されている区間が少ないため、ほとんどは汽車である。
「謎すぎる……」
車窓に映る景色を眺めながら実剛が呟いた。
どうして北海道は電化されないのかを悩んだわけでは、むろんない。
少年の懊悩は、一気に二倍に膨れあがった同行者にのせいである。
「何が不満なのよ。兄さん」
斜向かいの座席にすわった巫美鶴が、兄の歎息に反応した。
「きみと羽原くんが一緒なのは、まあ百歩譲って仕方ないとしよう」
妹の美鶴と、その守人である羽原光。
こいつらはツーマンセルなので、ふたりで一セットだ。
それに、交渉事があるかもしれないとなれば、澪の第二軍師たる美鶴の知謀は、けっこう有力な武器になる。
「一歩も譲る必要なんてないじゃない。当然の帰結でしょ」
ふふんと妹君が胸を反らしてますよ。
言いたいことはたーくさんある兄だが、ここは逆らわない。
口で勝てるわけがないし、もっとずっと問題にすべきことがあるからだ。
「じゃああれはなにさ。いったい」
ぐりっと顔を動かす実剛。
通路をはさんだ反対側の座席で、談笑に興じている女性が視界に入る。
「なにって。みれば判るでしょ。アンジー姉さんよ。又従姉の顔も忘れたの? もう認知症がはじまってるとか?」
美鶴がひどいことを言った。
安寺琴美。愛称はアンジー。
実剛や美鶴にとっては又従姉にあたる存在で、澪を代表する戦士の一人だ。
「忘れるわけないだろっ それに僕が言ってるのは姉さんのことじゃないよっ」
琴美の談笑相手の方だ。
澪の諜報・防諜部門を司る影豚隊のひとり、佐藤である。
なんでそやつがここにいるのか。
「姉さんの同行者たるを賭けたじゃんけん勝負で、将太さんに勝ったから」
「将太くん……不憫な……」
澪孤児院のリーダーのため、次期魔王が祈りを捧げる。
「ま。本当のところはお目付役よ。澪としては、初めてのことだからね」
肩をすくめてみせる第二軍師。
澪が、澪以外の人外に積極的な接触をはかる。
これまでになかった展開だ。
何が起こるか判らない。
だからこそ魔王も、その腹心も同行者の人選に腐心した。
実剛の指揮権を確立した上で、すべての分野で彼をフォローできるように。
「考えすぎじゃないかなぁ」
そもそもエルフが実在するなどという話、実剛自身が信じているわけではない。
晩春から初夏にかけて起こった動乱で疲れた身体を癒す。
主目的はそれだと思っている。
「備えていて何もなかったときは笑い話で済むわ。でもね兄さん。備えを怠ってなにかあったら、笑えないのよ」
妹の苦笑。
秋の深まる北の大地。
紅葉の季節も、もうすぐである。




