杜の都へ 2
「寒河江……深雪……」
実剛がうめく。
この登場の仕方で味方だと考える馬鹿はいないだろう。
「久しぶり。色男。芝の姫だけじゃなく、萩の娘までたらしこんだんだってね」
悪意に満ちた笑みを浮かべる少女。
「とても残念だよ。君たちとは良い縁を結べたと思ったのに」
一歩、また一歩と近づいてくる。
水面に広がる波紋。
「妙な予感がしたんでね。迎えにきて良かったよ。村井さん」
「助かった。礼を言う」
さっと包囲を脱して、深雪と合流する男。
妨害しようとした絵梨佳を、魚顔軍師が押し止めた。
琴美と佐緒里が負傷している今、二対一の状況で不用意に攻勢に出ることはできない。
「寒河江が受け入れ先でしたか」
「意外だったかい?」
「答えを知ってしまえば、べつに意外ではありません」
信二が肩をすくめる。
むしろ歓迎すべき事態ではある。
政府や他国に技術を売り渡そうとしているわけではないのだから。
「なら、このまま見逃してもらおうか」
「そういうわけにもいかないでしょう」
絵梨佳と光則に目配せする。
現状、戦えるのは二人だけだ。
「実剛君。本部に連絡を取ってください。至急来援を乞うと」
少年にだけ聞こえる声。
現有戦力で戦えないことはない。
絵梨佳は深雪と互角以上の戦いができるだろうし、村井は疲労している。
琴美や佐緒里より戦闘力が劣る光則でも、良い勝負ができるだろう。
「勝てませんかね?」
「希望的観測なら」
「判りました」
手早く携帯端末を取り出す。
「光則君。絵梨佳嬢。足止めをお願いします。けっして逃がさないように」
「了解」
両手に砂の剣を提げた光則が駈ける。
「まかせてっ」
一足飛びに深雪の前に着地する絵梨佳。
ぶん、と、音がして右足が振るわれる。
がっちりと受け止める深雪。
「速い。そして重い。こっちも制御してなきゃ吹き飛ばされてたね」
一歩も動いていない。
いつもの横回転ジャンプで距離を取る絵梨佳。
脇を光則が駆け抜ける。
「せいっ!」
気合い一閃。
振るわれる砂の剣。
光の槍を現出させた村井が受け止める。
ちりちりと砂の焼ける音が響く。
鍔迫り合いは一瞬。
大きく後ろへ飛ぶ男。
その身体を、背後に回った深雪が受け止める。
そしてそのまま加速。
水上を滑るように退いてゆく。
逃げを打った。
「まちなさいっ」
飛び出す絵梨佳の肩を、光則が押さえた。
「深追いしたら逆撃されるぞ」
「でもっ」
「いいんですよ。絵梨佳嬢。作戦の範囲内です」
歩み寄ってくる魚顔軍師。
逃がすなと言ってみたり、追わなくて良いと言ってみたり。
短時間で指示が変わりすぎてついていけない。
「つまり、逃がすなといったのはブラフですか。信二先輩」
実剛が確認した。
軍師が軽く頷く。
深雪が寒河江の総戦力とは限らない。負傷者を抱えている状態での戦闘継続はリスクが高すぎる。
ゆえに、援軍を呼んだから逃がすな、と、聞こえるように指示を出した。
得意の心理戦である。
「正直、退いてくれて良かった」
大きく息を吐く実剛。
村井だけでも難敵だったのだ。このうえ深雪まで加わっては、勝ったとしてもこちらに犠牲が出たかもしれない。
「良いんですか? 実剛さん」
不安そうに絵梨佳が訊ねる。
「良いよ。戦略目標は果たせなかったけど、みんなの命には代えられない」
鷹揚に頷く少年。
もともと少ない仲間を失うわけにはいかないのだ。
「秘密が人間の手に渡るわけではない、というあたりで満足すべきでしょうね」
肩をすくめる軍師だった。
作戦失敗には違いないが、完敗とまではいかない。
村井の背後を知ることもできたし、持ち出されたと思しき資料は車とともに灰になったはずだ。
「身につけていたとも考えられますが、データだけでしょうからね」
現物がなければ、すぐに能力者が大量生産される心配はない。
「一度、帰還するか」
光則が言う。
琴美と佐緒里が負傷している。もちろん放っておいても回復するが、回復スキルを使った方が治りもはやい。
「それは良いんですけど、この惨状どうするんです? 信二先輩」
実剛が問いかける。
車は燃えているわ、アスファルトはめくれているわ、ガードレールは拉げているわ。
新聞に載ってもおかしくないような大惨事だ。
「まあ、萩に手を回してもらうしかありませんね」
常識的なラインで、スピードを出しすぎた車の自損事故という扱いになろうか。
「それで済みますか? この国の警察は有能ですよ?」
「はい。有能ですからね。上司の指示には絶対に逆らいません」
実剛の皮肉を、信二が皮肉で切り返す。
官僚的な意味合いにおいての有能さとは、独自の見解を持つということではない。
上司の命令に疑いを持たず、余計な意見を言わず、都合の良い結果を導くことである。
シニカルな笑みを交わし合う次期当主と軍師。
やがて、琴美を回収した信一が車を回してきた。
「撤収」
リーダーたる実剛が指示を下す。




