こんなシリアスな話だっけ? 9
超常の力。
それを持ったとき、人間はどうするか。
正義の味方になろうとするだろうか。
悪の道に走ろうとするだろうか。
あるいは、ひたすら隠そうとするだろうか。
「俺たちのご先祖さんは三番目だった。この力がもたらすものは繁栄じゃなくて混乱だって考えたんだな」
暁貴の言葉が蘇る。
ハイエースの車内。
深沈と考え込む実剛。
量産型能力者のデータが持ち出された。
盗んだのは沙樹の離婚した夫で、琴美の父親である。
婿養子として安寺の家に入っていた彼は、妻と娘を捨てて出てゆく際に巫の資料をごっそり持ち去った。
長く行方知れずといわれていたが、じつは萩の傘下に入っていた。
その知識をベースとして、量産型能力者を生み出した。
そして今度は、完成した資料を持ち逃げしたのだ。
「投薬によって得られる特殊能力ですか。ぞっとしませんね」
ハンドルを操りながら、魚顔軍師が呟く。
萩鉄心からの報告を受け、巫陣営はすぐに追跡を開始した。
選抜されたメンバーは、実剛、信一、信二、琴美、光則、絵梨佳、佐緒里の七名である。
琴美の同行にはほぼ全員が反対したが、情報収集能力において彼女の右に出る者はいない。
絶対に逃すことはできないのだ。
「副作用もなく超人を生み出す薬。そんなものが世に出たら大変なことになってしまう」
光則の声も苦い。
彼らが受けた指示。
薬の製法の奪還。それが不可能と判断された場合には完全破壊。
もちろんそれには、犯人の拘束または殺害が含まれる。
未成年者だけで当たるような案件ではない。
だが、戦力として他に候補がなかった。
暁貴や鉄心が動くのは論外。芝の当主も同様だ。
沙樹も暁貴の側を離れるわけにはいかない。
萩の量産型能力者では返り討ちにあうだけ。
彼は逃走の際に研究員数名を殺害し、能力者を半ダースほど半死半生に追い込んでいる。
となれば、総合的な戦力を考えて実剛のチームが動くしかない。
それでも中学生たちは同行させなかった。
「……みつけた」
蒼銀に髪を染めた琴美が呟いた。
夜の国道五号線。
索敵と警戒の網を、半径五十キロにも及ぶ広範囲に広げている。
「やっぱり函館方面。もうちょっとで大沼トンネル」
「越えさせないでください。手段は任せます」
信二らしくない大雑把な指示。
余裕がないのだ。
ありふれたセダン車。
もう間もなく澪の領域を越える。
函館新道に入ってしまえば、あいつらもそう派手なことはできまい。
あとは手筈通り、空路を使ったと見せかけて海路で本州に渡るだけだ。
「っ!?」
突如、男の足がブレーキを踏む。
前方に黒々とした影。
まるで小山のようなそれが、いくつもセダン車の接近に合わせて立ちあがろうとしている。
ヘッドライトに照らされた瞳がぎらりと光る。
ヒグマだ。
山親父とも呼ばれる、北海道最大の陸上哺乳類。
それが何頭も、国道をふさぐように立ちはだかっていた。
異常な事態。
いくら自然が豊富な北海道だって、こんなことはありえない。
咄嗟に左にハンドルを切る。
大沼公園へと抜ける道だ。
誘い込まれた感がないでもないが、さすがにヒグマの群れを突っ切る気にはなれなかった。
「動物で時間稼ぎ……沙樹が動いたのか」
舌打ちする男。
萩が巫に降った以上、その可能性は考えていた。
だからこそ計画を急いだという側面もある。
「だが、時間稼ぎは諸刃の剣だぞ。普通では追いつけないと自分で言っているようなものだ」
アクセルを踏み込む。
曲がりくねった道を危なげなく駆け抜けてゆく。
ヘッドライト以外に灯りもない深夜の林道である。運転技術もさることながら、空恐ろしいまでの動体視力であった。
「とはいえ、こちらに誘い込んだということは、待ち伏せ……いや先回りするつもりか」
とるべきルートが脳裏に描かれる。
「駒ヶ岳方面から回り込む気か……となると……」
振り切るのは難しい。
徐々に減速してゆく。
逃げられないのなら、戦うしかあるまい。
男の横顔に刻まれる獰猛な笑み。
やがて、セダン車が駐車場に滑り込む。
白鳥の観察地としてひらかれた場所だ。
日中はにぎやかなこの場所も、この時間では人っ子一人いない。
脇に吊したホルスターを確認して、車を降りる。
「……出てきたらどうだ? 気づかれていないと思っているわけではないのだろう?」
暗闇へ話しかける。
ややあって、男の前に人影が現れた。
「久しぶりね。お父さん」
影が口を開いた。
「……琴美か」
「捨てた娘でも名前くらいは憶えてたみたいね。感謝すべきなんでしょう。誰に対してかは知らないけど」
紡がれる言葉。
淡々と。何の感情も含まず。
「追っ手がお前とは。巫も手駒が少ないのだな」
「希少価値なのよ。能力者は」
「これからはそうではなくなるさ」
「そうさせないために私がきた。あなたを拘束します。無駄な抵抗はやめて投降しなさい。村井雄三」
名を呼ばれた男が、口元を歪めて少女を見る。
記憶の中の少女とよく似た面影の。
「澪の血族。そんなものが本当に実在するとも思えんが、悪く思うなよ。少年」
「悪く思うよっ わけわからないからっ」
澪の血族とはそもそもなんだ?
しかも実在するかどうかも判らないもののために誘拐されたのか。
じたばたと暴れる。
無言で拳を繰り出す男。
強烈な打撃が腹部に入り、カエルが押しつぶされたような声とともに少量の胃液を雄三が吐き出す。
「できれば手荒なことはしたくない。貴重な披験体だからな」
殴りつけておいて、いけしゃあしゃあと良く言う。
ようするに、命さえあれば良いということなのだろう。
睨みつける雄三。
心だけは折らないぞと自分に言い聞かせながら。
「あまり我々を舐めないことだ」
「やっと見つけた」
割り込む声。
全員の視線が集中する。
天窓の外。
炯々と輝く月を背後に立つ人影。
肩までの髪がざわざわと寒風にそよいでいる。
割れ砕けるガラス。
少女とともに降ってくる。
拳銃や特殊警棒を取り出す男たち。
口々になにか喚きながら。
目を奪われる少年。
至近距離で放たれる銃弾すら舞うように回避し、次々に男どもを打ち倒してゆく少女に。
蒼銀の髪が、月光を浴びて踊る。
美しい。
もしこの世に戦女神が存在するなら、きっと彼女なのだろう。
数秒のうちに制圧される倉庫内。
近づいてきた少女が雄三の拘束を解く。
「大丈夫だった?」
「アンジー……なのか?」
「うわっ 一瞬でばれたっ 変身してるのにっ」
「変身って髪が青くなってるだけじゃねーかっ」
「一応、秘密なんだけどなぁ」
すっと元の黒髪に戻ってゆく。
「おいおい……」
「あたし澪の血族なんだよ。ようするに人外」
「んな漫画みたいな……」
「けど、どうしようかなぁ」
少年を立ちあがらせながら沙樹が呟く。
「能力を見られちゃったし。やばいかなぁ。怒られるかなぁ」
秘密のチカラならば、隠されるのは当然だ。
口封じとかあるのかもしれない。
ごくりと唾を呑む。
「お婿さんにくる?」
「へ?」
間抜けな声。
「や、だからさ。ゆーぞーくんが血族になっちゃえば秘密とか関係なくない? しかたないね。お婿さんにくるしかないね」
頭が痛くなってきた。
「あのなアンジー……結婚って仕方なくするもんじゃないだろうが……」
「えー」
「えーじゃなっ!?」
言葉の途中で沙樹を突き飛ばす雄三。
脇腹を突き抜ける灼熱感。
撃たれた、と、気づいたのは、床に片膝をついてからだ。
「ぐ……」
「ゆーぞーくん!?」
「さがってろアンジー……」
落ちていた特殊警棒を拾う。
睨め付けるのは、彼を殴りつけた男。
「モンスターどもめ」
「ガキに鉄砲向けるてめえのほうが、よっぼど怪物だよっ」
至を無視して駈ける。
一閃。
側頭部に警棒の一撃を受けた男が気を失って崩れ落ちた。
「俺だって剣道初段だ。なめんな」
言い捨て、ふたたび膝をつく。
「ゆーぞーくん」
駆け寄った沙樹の両手が淡い光に包まれ、傷口に触れる。
あたたかい。
痛みが消えてゆく。
「無茶しないでよ。あたしなら撃たれてもたいしたダメージはないんだから」
「すまん。勝手に身体が動いた」
沙樹の戦闘力は目の当たりにしたばかりだった。
それでも、この少女に傷一つつけたくなかった。
どうしてかは判らないけれど。
「こいつら縛り上げて長老たちに引き渡さないと。このへんに公衆電話ってあったなぁ。知らない? ゆーぞーくん」
「そもそもここがどこか判りません」
「OK。君はクビよ」
「ひでえっ」
「うそうそ。ここは東澪の倉庫街。つぶれた加工場の倉庫だよ」
「それなら橘商店の前に赤電話があったような……」
「ん」
「何その手?」
「赤電話だったらテレカ使えないじゃん。三十円くらいちょうだい」
「……財布取られてないといいんだけど」
ごそごそとジーンズの尻ポケットを探る雄三。
財布を取り出す。
「オカネモチだ」
「お年玉が入ったからな」
「よし。デートしよう」
「たかる気まんまんかよ……」
くだらないことを言い合いながら廃倉庫を出る。
沖天にかかる月。
仄白い光で照らす。
「アンジー」
「なあに? ゆーぞーくん」
「さっきの話だけどさ」
「どの話? ゆーぞーくんがおニューの服を買ってくれるって話?」
「そんな話はしていない」
「じゃあ、お婿さんの話?」
「それさ。俺、ぜんぜん弱くて釣り合わないと思うんだけどさ。それでも、アンジーを守りたいと思ったんだ」
一月の潮風がふたりを撫でてゆく。
ぶるっと身を震わせた沙樹。
少女の手を少年が握った。
おずおずと握り返す。
前だけ見て、少年が言葉を紡ぐ。
「俺、強くなるよ。せめて一緒に戦えるくらいに」
沙樹ひとりだけが戦わなくても良いように。
重荷を分かち合えるように。
「ゆーぞーくん……」
「ホントは、お前は俺が守る、とか言えれば格好いいんだけどな」
遠い。
あまりにも遠すぎる。
でも、いつか、必ず。
「アンジーに相応しい男になる」
「むー」
「なんだよ?」
「ゆーぞーくんがすごい格好いい。なんか腹立つ」
「ひでえなぁ。おい」
一世一代の告白のつもりだったのに。
少年の手を離し、少女が前に回り込む。
「それにさ」
「なんだよ」
「格好いい台詞を並べるだけが、口の仕事じゃないと思うんだよ」
ごくわずかに上向いた顔。
いくら雄三でもその意味に気づく。
高鳴る胸。
「じゃあ、もう一つの仕事をさせても良いですかね。姫君」
「よきにはからえ」
月光が、ぼんやりとした影をアスファルトに落とす。
ふたつの影。
ゆっくりはそれは近づき。
やがて、ひとつになった。




