こんなシリアスな話だっけ? 7
登校すると、机に落書きがあった。
バカとか、死ねとか、そういった類のものだ。
「あるぇ? 昨日ちゃんと解決したと思ったんだけどなぁ」
なんだろう、見てる前でやらなければ大丈夫だと思ったんだろうか。
「薬が足りなかったとか?」
「全員殺そう」
一緒に登校している光則と佐緒里が、それぞれ為人で論評した。
殺すのはともかくとして、あれ以上の薬となると荒療治になってしまう。
陰湿な行為に対して直接的な暴力では、あまり効果がないのだろうか。
ふと心づいて実剛が口を開く。
「絵梨佳ちゃんは大丈夫かな?」
こちらは三人だが、絵梨佳は一人きりだ。
よりひどい状況になっている可能性がある。
「いちおう確認してみるか。心配はないと思うが」
教室を出てゆく光則。
残される実剛と佐緒里。
ため息をつく。
「心配? 巫実剛」
「結局僕たちは少数派だからね。どうやったって隙ができちゃうんだよね」
「手ぬるいからじゃない? 何人か殺せばこんなことはなくなる。誰だって命は惜しいもの」
「君の意見は世紀末すぎるよ」
とはいえ、支配者が軽侮された時点で力による支配など意味がなくなる。
強引さも必要なのだ。
「けどなぁ、学校なんか支配しても仕方ないんだよなー」
実剛が嘆く。
中学でも高校でも良いが、そんなとこを支配したところで意味がない。
一円の利益を上げられる場所でもないのだ。
将来的な人材育成以上の意味はないし、締め付けすぎては卒業後に町を捨てる人間が増えるだけだ。
「割り切りは必要。この時点で逆らうような人間なら、将来的にもたいして有用性はないわ」
「うーむ」
落書きを消しながらうなる実剛。
そうこうするうちに光則が戻ってきた。
「あ、どうだった?」
「まあ、なんというか、言葉にするのは難しいんだが、結果的に問題なかった」
「意味がわからないよ?」
「ちゃんと支配権を確立させていたとか、そういう感じだ」
いじめられていない、ではなかった。
ちゃんとというかなんというか、絵梨佳に対しても嫌がらせはあったのだ。
ただ、彼女は実剛ほど優しくはなかったというだけだ。
クラスカースト上位の五人ほどの男女が、報復でたいそう酷い目にあったらしい。
人間としての尊厳を奪われるほどの。
「具体的に聞くのが怖いよ……」
「ああ。俺も説明したくない。聞くだけなら実剛の耳が汚れるだけだが、解説すると俺の心が汚れる」
ちなみに報復された生徒たちは、今日は欠席しているらしい。
復活できるか引きこもってしまうか、いっそ別の町に逃げるか、そのへんはまだ判らない。
「あいつは容赦ないからな」
うむうむと佐緒里が頷く。
伊達に何度も拳を交えていない。
通じ合うものがあるのだろう。
「あたしの方が優しい。ゆえに乗り換える? 巫実剛」
「……どうしよう未来が見えない」
「まあ、実剛の未来なんぞどうでも良いとして、この件はどうする?」
「最近光則が冷たい気がするよ」
「両手に花のリア充なんか死ねばいいと思ってるだけだから気にするな」
「両手に……花だと……?」
佐緒里を見た。
笑っていた。
怖い。
「このまま放置は、さすがにまずいかな」
咳払いして本題に戻す。
「それだけはダメね。皆殺しの方がまだマシ」
「佐緒里に消極的賛成だ。皆殺しとまでは行かなくても報復しなくては舐められる」
「テロに屈しないとかじゃないんだから」
「だいたい同じ次元だろ」
殴ったら千倍にして殴り返される。それを肝に銘じさせなくては、何度でも同じ事が起こってしまう。
「仕方ないか……」
ため息をつく実剛だった。
担任教師が入る前から、教室は水を打ったように静まりかえっていた。
めずらしいこともあるものだと思った。
教師になって四年。この町に赴任して初めて担任を持った。
生徒たちと歳もそう離れていないこともあり、畏怖はされてはいないが親しまれている。
町も田舎で閉鎖的ではあるが、住みにくくはない。
平和で良い町ではないか。
「……そう思っていた時期が私にもありました」
目の前に広がる光景を見て、佐藤奈月が呟いた。
「あ。先生、おはようございます。ホームルームはもう少しだけ待ってくださいね」
少年が言った。
この春、東京から転校してきた子だ。
名を巫実剛。
教頭や先輩教師たちからは、関わるなと何度も言われてきた澪の血の一族らしい。
それがどういうものなのかは判らないが、不可解なことはいくつもあった。
四月の、校舎の窓ガラスがすべて割れるという事故。
その後、特例として自動車通学が認められた一部の生徒。
さらには萩が巫に降ったとか、よくわからない噂。
「何を……しているの……?」
震える声を絞り出す。
巫実剛が支配者のように教卓に腰掛け、左右を萩佐緒里と坂本光則が固めている。
その他の生徒たちは床に正座させられ、一様にうなだれていた。
異様な雰囲気。
「裁きですね。今朝登校したら、僕の机に落書きがしてあったんですよ。たぶんクラスの誰かが犯人なんで、連帯責任で全員に罰を与えてあげようと」
何でもないことのように少年が告げる。
異常だ。
学級崩壊とか、そういうレベルの話ですらない。
「すぐにやめなさいっ こんなばかな……っ」
制止しようとした女教師の足は、一歩も前に進まなかった。
ありえない速度で接近した佐緒里が押し止めたからである。
「いち教師ごときが、巫の次期当主に意見するか? 身の程をわきまえろ」
「ひ……っ」
女子高校生とは思えない迫力。
たったいま人を殺してきました、といわれても頷いてしまいそうな眼光。
「萩佐緒里。無関係な人を脅しちゃいけないよ」
「是非もない」
淡々と命令に従った佐緒里が、奈月を解放する。
へなへなと座り込む女教師。
人外。その言葉が脳裏をよぎる。
一瞥をくれ、再び生徒たちと相対する実剛。
「さて、話を戻そうか。昨日の僕に対する暴行は、勇気ある少年の意気に免じて不問にしたけど、二日連続って事になると遇する術を知らないな」
さえざえと響く声。
死刑宣告にも似て。
絶望の面持ちのクラスメイトたち。
もう駄目だ。おしまいだ。今度こそ殺されるだろう。
誰がこんなことをしたのか。一人の馬鹿のせいで全員が死ぬ。
いっそ全員で襲いかかるか。何人かは殺されるだろうが、一人でもあのバケモノのもとにたどり着いて殺すことができれば……。
できれば、どうなる?
万が一にも巫の次期当主を手にかけてしまったら、もう取り返しはつかない。一族郎党皆殺しくらいで済んだら御の字だ。
「実剛くんっ いえ、実剛さまっ どうか今回だけは許していただけないでしょうか」
ひとりの女生徒が膝立ちで進み出る。
「昨日、僕はチャンスをあげたよね。でも君たちはまた似たようなことをした。もう一度許しても、繰り返しになるだけなんじゃないかな?」
「そこを曲げてっ そこを曲げてお願いしますっ」
にじり寄ってくる女生徒。
放っておいたら、靴でも舐めそうな勢いだ。
さすがにそういう趣味は持ち合わせていないので、実剛の脳細胞は必死に落としどころを探っている。
「……どんな賢者だって間違いはあるからね。まして僕たちは凡人だ。一度の失敗から学べないこともあるだろうね」
言葉を切って微笑を浮かべる。
「三回目はないよ?」
「実剛さまっ ありがとうございますっ」
少女が床に額をすりつける。
だが、実剛の言葉はまだ終わらない。
「それに、今回もお咎めなしってわけにはいかない。理由は判るよね?」
一回目は謝っただけで許した。
二回目も謝っただけで許したら、少し甘すぎるだろう。
謝ればOKと、軽く考えられるのも困る。
「だから労働によって贖うことを、今回は特別に許すよ。校舎内すべてのトイレの掃除。男女に分かれてやってね。一応監視も付ける。さぼったり手を抜いたら背信行為と見なすから。舐めたみたいに綺麗にすること。いいね?」
ようするに懲役刑だ。
本当は金銭で解決する方が楽なのだが、学生からむしり取るわけにはいかない。
「寛大な処置、ありがとうございます」
女生徒を皮切りに、一斉に頭を下げるクラスメイト。
ため息をついた実剛が、もう一度教室を見渡す。
「昨日イタズラした人、今日イタズラした人、これが君たちのやったことの結果だよ。犯人探しをするつもりはないから追及はしないけどね。僕たちは人外だ。君たちの命や尊厳を奪うことくらい容易いんだってことを、けっして忘れないで欲しいな」
優しげな口調。
もう、本当に、こんなしようもない茶番は勘弁してくれと思いながら。




