こんなシリアスな話だっけ? 5
豚肉の唐揚げをあるだけというとんでもない量を買った一行だったが、食べきれるのかとの心配は無用だった。
巫邸にもどると、腹を空かせたひな鳥たちが待っていたからである。
具体的には、暁貴と沙樹と信一と光と准吾だ。
五人で三キロちょっと。
ぜんぜん余裕でした。
買ってきた大量の豚肉を台所に運び込み、女性陣はさっそくいろいろ研究するらしい。
沙樹や琴美も一緒に籠もってしまっている。
居間にいるのは、むさくるしい男どもだけだ。
「うまく役場を掌握できたみたいですね。おめでとうございます。伯父さん」
「何の因果か官憲の手先。笑いたければ笑うが良いさ」
「元ネタが判りません。そもそも伯父さんは元々公務員じゃないですか」
「いえす。あいらぶ」
「何を言っているかすら判りません」
「そういうお前さんはどうなんだ? 学校は」
「なんかいきなり先生に絡まれました。あと生徒たちからも少しだけ」
「タイムリーすぎるな。情報が漏れたか」
偶然、時期が重なっただけ、と、考えるのはいささか楽観的過ぎるというものだろう。
今回の作戦は裏で萩も動いている。
情報の漏れる余地はいくらでもあるのだ。
とはいえ、実剛に嫌がらせをして意味があるとは思えない。
徒に巫陣営との対立を深めるだけだ。
「まあいい。人間が束になったところで、お前さんに危害を加えられるわけでもあるまい。それより問題は今後の町おこしだな」
そのために欲しくもない権力を奪取したのだ。
「つーかさ。実剛兄ちゃん。このザンギだけでB-1獲れんじゃね?」
もっふもっふと唐揚げをほおばりながら光が言う。
こいつ一人で一キロくらい食っている。
食欲魔神の胃袋の容量はともかくとしても、旨いのはたしかだ。
揚げているので肉は若干硬め。だが、その歯触りが心地良い。
がぶりと噛み切ると凝縮された肉汁が溢れ、えもいわれぬ旨味で口内を満たす。
二度三度と咀嚼し、ごくりと飲み下す喉ごしは、絶頂すら呼び起こすほどだ。
この濃密な味わいと比較すれば、一般的な鶏の唐揚げなど、お子様向けの幼稚な味としか思えない。
「たしかにな。こいつでビールを飲ったら、この世の快楽を独占したようなもんだ。いやポン酒でも良いな。むしろウイスキー……ちがう、ハイボールこそ至高か」
ぶつぶつと言っている信一。
こいつもけっこう食っている。
「おめーまだ未成年だからな? 念のためいっとくけどよ」
呆れた顔で暁貴が指摘した。
お酒は二十歳になってから。
「羽原くんの言うことも一理あると思うよ。絶対に勝てるとは断言できないけど、僕の知っている中でこれほど美味しい唐揚げは存在しないからね」
光に同意しつつも、実剛は現状に満足していない。
B級グルメ選手権の優勝などに興味はない。そんなものは、どこかの焼きそばにくれてやってかまわない。
彼が欲しいのは、錬金術だ。
恒久的に、澪に観光客を呼び込むための錬金術。
一時的な栄光など、すぐに廃れてしまう。
美味しい名産品、というのは客を呼び込むきっかけにはなるが、それだけではいささか弱いのだ。
「この町にある観光資源を列挙してみますか」
缶茶で喉をしめらせた信二が口を開く。
「たとえば、環状列石。縄文時代の遺跡です」
「公開されていません」
「たとえば、駒ヶ岳。秀峰と評される美しい山です」
「警戒レベル一の活火山ですよ。ついでに登山家が喜ぶようなものでもありません」
「たとえば、桜。この界隈ではなかなか美しいと評判です」
「松前や五稜郭の方が有名です。そもそも本数が十分の一じゃ勝負になりません」
「たとえば、鳥崎八景。鳥地獄からはじまる秘境ツアーは、最後の大滝なんて滝壺までいけちゃいますよ」
「秘境すぎて人が近づけません。熊とかマムシとかもいますし、噛まれたら洒落にならないです」
「たとえば、榎本武揚上陸碑……は、だめなんでしたね」
「ですね。整備すれば使えるとは思いますが」
「たとえば、海と海産物。このまちのメイン産業ですね」
「それが最大の問題です。海が汚くて臭いがひどい。漁具とかが放置してあって危険だから遊泳禁止。特産のホタテは貝毒がありますから通年の産業としては弱いです。毎年基準値超えして自主規制するくらいですし」
「いかめしはどうです? 知名度は全国区ですよ」
「有名すぎます。知名度的に、これ以上あがることもないでしょう。未来の展望にはなり得ないですね」
信二の発言に、次々とダメ出しをする実剛。
意地悪でやっているのではなく、一種の思考実験である。
現状の問題点を洗い出すことで、改善すべきポイントが見えてくるのだ。
「ふむ。いけそうですね」
「思ったより豊富です。上手く回せば充分だと思いますよ」
「いやいや。いまの会話のどこに、いけるとか充分とかいう要素あった?」
二人の意図に気づかない光則が疑問の声をあげる。
ゆったりと実剛が微笑んだ。
もちろんきちんと説明するつもりである。
「観光ってのはさ、本来、ゼロから一を生み出すものなんだよ。光則」
無から有を生む錬金術。
そして生み出した一を、百にふくらませる。
それが観光産業だ。
何もないところに価値を作る。それに付加価値を付けてゆく。
関西圏などでは特に顕著だが、もともと人を呼べるような場所でもなんでもないところに、何らかの魅力を作って人を呼び込むのだ。
「たとえば、奈良漬けってどこの名産か知ってる?」
光則は知らなかった。
仲間たちを見渡すと、信二を除いた全員が首を振っている。
「奈良漬けって言うくらいだから奈良県なんだろうけど、わざわざ設問するんだから違うんだろ?」
代表する形で暁貴が問う。
「発祥はもちろん奈良ですけどね。鳥取だの愛知だの福島の漬け物と融合して、いま一番有名なのは兵庫県の伊丹のものって感じです」
本家争いがばかばかしいほどの混沌だ。
そこまで改良したなら伊丹漬けとでも称すれば良さそうなものだが、ネームバリューがあるので、相変わらず奈良漬けのままなのである。
「なんというか……商魂たくましいな」
呆れる。
むしろ伊丹まったく関係ない。
「そのたくましさが、北海道にはないんですよ」
北海道には恵まれた観光資源がある。ゼロから一を生み出さなくても、最初から十とか二十くらい持っている。
そしてそれに胡座をかいて、消費しているだけ。
資源は目減りし、五とか三しか残らない。
「北海道は、行ってみたい観光地のトップです。ですが、もう一度行きたい観光地のトップではありませんね」
信二の指摘は重く苦い。
リピートしない。
何度でも行きたいと思えない。
最終的に、京都などに負けているのだ。
「だから、資源を使うのではなく増やします。ゼロからの錬金術は、僕程度には難しいかもしれませんが、ベースになるものがこれだけあるんですから」
「そういうことです。頼みますよ。副町長閣下」
「そこで俺に振るのかー くっそ。そのための権力掌握かよ」
ぼりぼりと頭を掻く暁貴。
図書館に入れる本を選ぶ楽しみは、まだまだ先になりそうだった。




