学園ラブコメだと思ったんだけど 7
廊下を走る三人。
高く低く戦闘音が響いている。
仲間たちが戦う音、仲間の命が消えてゆく音だ。
「くっ」
陰性の想像を頭を振って追いだす実剛。
やがて、彼らは開けた場所に出る。
広間だろうか。
ちょっとしたパーティーくらいならできそうなスペースだ。
前方に立つ五人の男。
うち一人に絵梨佳と実剛は見覚えがあった。
先日、光と死闘を繰り広げた萩の副将格だった男だ。
「ここが本陣?」
「……なるほど」
少年の質問に応えることなく、琴美が小さく頷く。
「左奥の扉。あそこから地下に降りられるわ」
ささやく声。
このときまで情報収集を続けてきた、ということなのだろう。
「そんなわけだから、ここは任せてね。実剛君。絵梨佳ちゃん」
首をこきこきと鳴らしながら告げる。
散歩にでも出掛けようか、くらいのノリで。
「アンジー姉さん!?」
「聞き分けなさい。ここに萩佐緒里はいないわよ」
反論を許さぬ口調。
唇を噛みしめた少年が、無言のまま絵梨佳の手を引いて走り出す。
立ちはだかろうとする戦闘員。
ぎらっと眼を剥いた絵梨佳が襲いかかる。
一瞬の攻防。
崩れ落ちる男。
息も乱さぬ少女。
「……行きましょう。実剛さん」
ふたりが扉をくぐる。
高速の踏み込みから突き出される砂槍。
光の槍が迎撃する。
じゃ、という音とともに砂の槍が焼き切られた。
にやりと笑う戦闘員。
そしてその表情のまま倒れ込む。
先ほど叩き落とされた砂嵐がポールのような形に変化し、男の鳩尾を突いていたのだ。
「砂には形がない。ゆえに、目に見えるものが本当の姿とは限らない」
淡々と言って右手を振る光則。
両手に収束してゆく砂礫。
「砂剣」
剣というよりパンチダガーのような形。
刺突に特化した短剣だ。
「ゆくぞ」
再びの踏み込み。
間合いの外だ。余裕もって回避しようとした戦闘員が大きくのけぞる。
放たれた右ストレート。砂の短剣がレイビアのように伸びたのだ。
「よけたか。さっそく戦訓を取り入れるとは、なかなかやるな」
大きく飛びさがる。
二対一。
じりじりと距離を詰める戦闘員たち。
数瞬の睨み合い。
仕掛けた!
光の槍を手に距離を詰める!
「砂盾」
光則の目の前に薄く展開される砂の壁。
「こんなものっ!」
「よせっ!」
突きかかる男と制止する仲間の声。
間に合わなかった。
全身に無数の裂傷を負い、突進した男が倒れ伏す。
「……薄刃を並べた盾……」
「良く気が付いた」
サンドシールドは防御のための技ではない。飛び込んできた相手を切り刻むための罠だ。
「降参しないか? もう勝ち目がないくらい判るだろう?」
むしろ優しげに問いかける少年。
戦闘員たちのサイコキネシスは強い。光の槍を現出させるなど、漫画やアニメの世界だ。
だが、能力者の戦い方をというものを彼らは知らない。
「ふざけるなっ」
ふわりと男の身体が浮く。
「……PKを使った浮遊術か」
光則の射程外から次々と光の槍を撃ち込んでくる戦闘員。
遠距離戦に活路を見出したのだろう。
何故か余裕を持って回避する少年。
「能力者としては間違った判断ではないが……砂弾」
右手の親指が砂礫を弾く。
「ぐぼあっ!?」
小さな砂粒が、ありえない速度で男の右肩を穿った。
どさりと床に落下する戦闘員。
「な、なぜだ……」
「砂でわずかに着弾までの時間を遅らせていただけだ。解説するほどのことでもない」
「特殊能力者……」
次元が違う。
戦闘員が呻いた。
「お前もな?」
苦笑する光則。
次元など違わない。特殊能力に優劣などない。
能力の限界を知るものと知らないものの差、あるのは、ただそれだけである。
「ぬおおおおっ!!」
立ちあがった男が拳を握りしめて襲いかかる。
「正しい判断だ」
両腕をクロスさせてガードした光則。
直前に飛ばした砂弾はすべて防がれていた。PKをすべて防御に使っているのだろう。
ようやく気づいたというわけだ。
能力者同士の戦いで能力に頼ることの愚かさに。
「だが、遅かった」
ぐっと踏み込んだ光則のボディブローが鳩尾に突き刺さった。
崩れ落ちる男。
「最初からそうしていれば三対一、お前らが負ける道理などなかっただろうに」
二人が倒され、残った一人も片腕を負傷してから、肉弾戦勝負をしても勝敗の帰趨など論じるに値しない。
「だから降参しろといったのに」
やれやれと肩をすくめる。
振り返ると、近づいてくる人影があった。
信二と、肩を借りた信一である。
「そちらも終わったみたいですね」
声をかける。
弟にもたれかかったまま、信一が親指を立ててみせた。
満身創痍で勝利した主人公みたいだった。
魚顔だけど。
「たったふたりで鉄心さまと戦うつもりか」
男がせせら笑った。
対する琴美が冷笑を浮かべる。
「……ぷ、くく、あははははっ」
そしてそれは途中から哄笑に変わった。
あまりにも場面にそぐわない。
四対一という絶望的な戦力差。仲間たちと分断された恐怖のあまり気が触れたか。
「……何を笑っている」
「あはは……ああ、ごめんごめん。あなたたちがあんまりにも馬鹿なんで、おっかしくなっちゃって」
瞳の端に涙まで浮かべている。
「まったく、ここまで信二の書いたシナリオ通りに踊ってくれるとか、どんだけよ」
笑いが獰猛なものになってゆく。
「なんだとっ!?」
「わかんない? あいつはあなたたちが戦力を逐次投入するように仕向けたのよ?」
親切に解説してやる。
きっと判らないだろうから。
魚顔軍師は心理戦を仕掛けたのだ。
最初に自分たちが囮になってみせることで。
萩はそれを自己犠牲と考えた。
自らを犠牲にしてでも仲間を先に進めるのだと。
「けど、ちがうのよ」
くすくす笑う。
信二の狙いは敵を分断すること。
単純な戦力比較である。
総力戦を行えば、多大な犠牲者が出る。下手をすれば全滅だってありえるだろう。
だが現実はどうだ?
萩の戦闘部隊は各所で足止めされ、まったく無傷の二人が最深部へと向かってしまった。
これが魚顔軍師の描いたシナリオだ。
萩の幹部たちは、おそらく彼らの様子をモニタリングくらいしていただろう。
だからこそ、なるべく悲壮に見えるように信二も琴美も演技した。
もちろん実剛あたりは本気で仲間たちを心配していたわけだが。
敵を欺くには味方からの言葉通り、信二と琴美は味方まで騙して有利な戦術を構築した。
ただし、有利といっても完勝に至るほどのものではない。
たった数人の無傷なメンバーを敵の総大将にぶつける、そのために残りの仲間が危険を冒す非情の策だ。
各個撃破されたあげくに全滅、という可能性だってあった。
「あなたたちは上手に踊ってくれたわ」
「だがっ たったふたりで鉄心さまに勝てるものかっ!!」
いきり立つ男。
握りしめた拳が震えている。
「そうやって語れば語るほど、あなたたちの底が見えてくるんだけど、知ってた?」
「なんだとっ!?」
「たとえば萩鉄心を守っている兵はいないとか、たとえばあなたたちにもう余剰戦力はないとか」
「…………」
沈黙は、すなわち肯定の証である。
圧倒的に少数の琴美が、完全に優位に立っていた。
「だがっ ここでお前を打ち倒し、鉄心さまのもとへ救援に赴けば良いだけのこと!」
焦りをにじませた声とともに構える。
再び琴美が冷笑を浮かべた。
「気づいたわね。私の長い話につきあってくれてありがとう」
「なっ!?」
驚愕。
この会話すら、琴美の策略であった。
実剛たちが先に進むための、貴重な時間を稼ぎ出すための。
琴美の解説など聞かずに男たちは戦えば良かったのだ。
もちろんそうならないよう、話術を凝らしていたのは少女自身だが。
「それとね。一刻も早く救援に向かいたいのは私も同じだから」
すっと眼を細める。
変わってゆく。
少女の栗色の髪が。
鮮やかな蒼銀へと。
「蒼銀の魔女が一子、安寺琴美。この姿を見せたからには、生きて帰れると思わないでね」
魔女の娘の唇が、半月を描いた。




