学園ラブコメだと思ったんだけど 4
佐緒里との会見は、絵梨佳の乱入によってなし崩しに終わった。
もう少し真意を探りたかったという思いはあるものの、これで良かったと思う部分もある。
底知れない深淵のような佐緒里の精神世界に長く触れていたら、どうにかなってしまいそうだ。
「破壊のあとの再生、か」
帰り道、ぽつり呟く実剛。
「どうした?」
横を歩いていた光則が聞きとがめる。
「いや……」
「やめておけ。萩が語ったことが真意とは限らない」
光則の認識はドライだ。
萩の言うことを頭から信用することはできない。
短慮な佐緒里自身は嘘を付いていないかもしれないが、真実と思いこんでいるだけ、という可能性もある。
「願望が含まれているって線もあるしな」
「判ってるよ」
「願望っ だからあんなに顔を近づけていたんですかっ」
絵梨佳が食いついた。
まだ怒っている。
「絵梨佳ちゃん。あれは違うと思うよ」
「いーえっ わたしにはわかりますっ 女の勘ですっ」
絵梨佳が語るところによれば、実剛を執拗に攻撃したのも、存念を打ち明けたのも、愛情ゆえということらなるらしい。
「でも、光則の方が好みだっていってたじゃん」
「そこは微妙なオンナゴコロです」
都会からきた転校生と、同郷の少年。
外見的には甲乙付けがたい。
「そういえば聞こえは良いけど、二人とも十人並みってことだよね」
「本当のことを言うな実剛。悲しくなる」
一方は血統正しい澪の末裔。
他方は、血は引いているものの分家でしかない。
そして両者とも敵対関係にある。
「揺れる心……抑えられない気持ち……ぐふふふ」
「なあ絵梨佳。その妄想劇場はいつまで続くんだ?」
ぽす、と軽い音を立てて、光則のチョップが少女の頭に当たる。
「やんっ」
「やんじゃねーよ。そんな妄想のために俺は売られたのかよ」
やっすい人生だ。
売られていく仔牛だって、もうすこしマシな待遇だろう。
すくなくとも、あっちは生活がかかっている。
「平和だねぇ」
やれやれと実剛が肩をすくめた。
その夜のことである。
居間の座卓で、実剛は家主と差し向かいに座っていた。
「なるほどなぁ」
一応の事情を聞き終えた暁貴。
ため息とともに紫煙を吐き出す。
「伯父さんはどう思います?」
「萩の小娘はホントのことを語ってるとは思うぜ」
萩のありようについて語ったことも含め、一歩踏み出そうとしていると見るべきだろう。
「俺はそこまで過激じゃねぇがな」
べつに暁貴は破壊のあとの再生など目指してはいない。
「理由を尋いてもいいですか?」
訊ねる実剛の瞳に、やや険がこもる。
生まれ故郷の衰退を願うというのは、彼には理解できない。
血の桎梏があるにしても、だ。
「こいつは語弊があることを承知でいうんだがな。お前さん、この町に来て良かったと思うかい?」
「……たくさんの友人ができました」
返答の前に挿入される一瞬の沈黙。
それこそが答えだ。
都会にいても友人は作れる。
事実、東京にいたころにだって友人と呼べる存在はいた。
澪で短時日のうちにこれほどの知己を得たのは、巫の血のなさしめるところである。
つまりそれは、彼の立ち位置が特殊だったというだけで、他者に敷衍して考えることはできない。
「生活の便利さ。教育機関や医療機関の充実。職業選択の幅。田舎が都会に勝っている部分なんてもんは、ただの一つもねぇんだよ」
「…………」
黙り込む実剛。
言い過ぎだ、と言いたかった。
だが、彼自身が実感してしまっているのだ。
比べてはいけないと思いつつも、東京と比較してしまうのである。
「ま、文明を知った人類は、いまさら原始人には戻れねーからな」
もちろん不便さを楽しむことのできる人間はいる。
しかしそれは少数派なのだ。
「だから衰退を望むと?」
「俺が望む望まないじゃねえさ。いずれこの町は地図から消えるだろうよ。この町だけじゃねえけどな。消滅可能性都市って知ってるかい?」
耳慣れない言葉に首を振る実剛ではあったが、字面からイメージは掴むことはできる。
読んで字のごとく、消滅する可能性のある自治体だ。
「百四十五だってよ。笑っちまうだろ。北海道には百七十九市町村しかねーんだぜ?」
ようするに、ほとんど消えるということだ。
もちろんそれは数字上の可能性であるにすぎないが、事態の推移を手をこまねいてみていれば、可能性は事実に取って代わられるだろう。
少子高齢化と人口流失に歯止めのかからない田舎町は、すでに死に至る病に冒されている。
「それってどうにもならないんですか?」
「なるわよ」
割り込む声は美鶴のものだ。
飲み物を運んできた少女が、伯父の前に缶ビールを、兄の前に炭酸飲料のペットボトルを置く。
「何とかする方法なんて、いくらでもある。でも伯父さんはやりたくないのよね」
抽象的な指摘に苦い笑みを浮かべる暁貴。
どういうことか、と、実剛が視線で妹を促した。
「澪が再生するってことは、澪の血の一族も、また力を持っちゃうってことだからね」
もちろん萩もねと付け加える。
巫や萩が力を貸しての再生などありえない。
もし澪が生き返るとしても、それは町の人々の努力の結果でなくてはならない。
「そのへん頑固よねぇ」
呆れたように首をふる美鶴。
少女の目には年長者たちの思惑が見えていた。
自力で立て、できないなら滅びろ、というのが暁貴の考え。
特殊なチカラを使ってでも町の人々を決起させようとするのが、萩鉄心の思い。
そして、自らが破壊者となり、その後に再生を図ろうと考えたのが萩佐緒里だ。
「どれが正しいなんてのはないと思うよ? ぶっちゃけね」
肩をすくめる。
たとえば、高校を卒業したら東京の大学に進学する。
そのころには親の遺産が使えるようになっているはずだから、つましく暮らすには充分だろう。
こんな街は、ただの通過点として考える、ということもできる。
「……ずいぶんドライだね」
「私は女だもん。巫の家督を継ぐわけじゃないし」
いずれは結婚するだろう。
巫との縁は切れるのだ。
「問題は兄さんよ。澪を捨てるか、それとも救うか。主導権は、兄さんが握ってるんじゃない?」
「素直じゃないね。お前さん」
苦笑を浮かべる伯父。
少女は言外に言っているのだ。実剛が決めろと。自分はその決定に従うと。
「あの夜、伯父さんも決めたんでしょ? そのくせわざわざ惑わすような言い方するんだから」
「こいつは一本取られたな。美鶴の言うとおりだ。俺は実剛の決断に乗ってみようと考えてる」
二組の視線が実剛を射抜く。
揺るぎなく受け止める少年。
「僕の答えも変わらないよ。先のことは何も判らないけど、その判らなさを可能性と呼ぶなら、僕はそれを信じる」
一言一言を噛みしめるように言った。
と、覚悟を語ってはみたものの、話はそう単純ではない。
実剛は高校生にすぎず、政治的な影響力は皆無だ。
いくら澪の現状を憂いたとしても、なにもできないのである。
悪い奴らをばったばったと薙ぎ倒していれば万事解決、というほど現実は簡単にはできていない。
「まず必要なのは、何を置いてもお金ですよ。これがないとそもそも何もできませんからね」
信二が語る。
翌日のことである、実剛は知恵袋である魚顔軍師にアドバイスを求めた。
事情を聞き終えた軍師が導き出したのが、まずは金という結論である。
「お金ですかぁ……」
「金銭を侮ってはいけませんよ。実剛君」
嫌な顔をする後輩を、魚顔がたしなめた。
世の中が貨幣で回っている以上、金がなくては何もできない。
一定の自由を得るのにだって金がかかるのだ。
金がなくても買える自由など、餓死する自由とか、金持ちになった自分を想像する自由くらいのものである。
「けど、お金だけあっても仕方ないんじゃ?」
「そういう台詞は、金を持っている者だけに許された戯れ言です。我々が言っても貧乏人のひがみにすぎません」
正論である。
そして正論とは、常に切ないものなのである。
「つまり僕たちの選択としては、金を集める、というものになるんですか?」
「学生のアルバイト程度で稼げる金銭では、自分自身の生活すら支えられません。これもまた自明のことですがね」
にやりと笑う軍師。
悪いことを考えている顔だ。
「じゃあ、借りるとか?」
「借りたものは返さなくてはいけない道理です。まして澪には二百億円以上の借金があります。返す算段がつきませんよ」
金がない。借りたとしても返すアテもない。
これで貸してくれる人がいるとすれば、物好きという次元を通り越している。
「まあ、それでも国や道は貸すんですけどね。彼らの目的の一つに、地方自治体を借金まみれにするってのがありますから」
辛辣な口調の信二。
借金で縛る。
中央政府のコントロールを受け付けなくなるほどに一都市が力を付けるくらいなら、貧困にあえいでいてくれた方が御しやすいからだ。
言うことを聞かなければもう金は貸さないぞ、あるいは、耳を揃えて借金を返せ、と言われれば、従わざるを得ない。
それが現代流の支配術というものである。
絶望の表情を浮かべる実剛。
それでは手詰まりではないか。
「ですから、借りません。もらいます」
「え?」
「むしろ、奪います」
この町には、道南一帯を支配下に置くほどの資産家がいる。
その富をそっくり奪えば、財政的な不安など一気に片が付く。
「無茶苦茶ですよ……」
「でも、有効でしょう?」
魚顔軍師が笑った。




