学園ラブコメだと思ったんだけど 2
大暴れする少女。
あまりの膂力に信一と光則が引きずられる。
「くぅっ このっ」
「なんて馬鹿力だっ」
地団駄を踏むと、それだけで地面が揺れるようだ。
無茶苦茶である。
それほどまでの激昂ぶり。
「あー はいはい。もういいや。だいたい判っちゃった」
肩をすくめる美鶴。
問うに落ちず語るに落ちるとは、まさにこのことだ。
「じゃあ、私からの質問はあとひとつだけ。どうして兄さんに接触したの?」
これだけ聞けば、もう解放してしまっても大過ないだろう。
「…………」
「それとも、ここにいる全員と戦う? 勝ち目が少しでもあると思うなら、それでもいいけど」
酷薄に告げる。
最も戦闘力の高い絵梨佳を皮切りに、光と美鶴のコンビネーション。ビーストテイマーの琴美。砂使いの光則。魚顔筋肉の信一。癒しの力を持つ准吾。手に取るように相手の心理を見抜く信二。とくになんの芸もない実剛。
そうそうたるメンバーが揃っていて、しかも深雪は現在拘束されている。
これでも勝てると思うなら、やってみれば良い。
「……巫に新当主が現れたってきいた。だから会いに来てやったんだ」
観念したように、ふてくされたように、少女が口を開いた。
突然、巫に現れた次期当主。
江差に向かっているという情報をキャッチした。
ちょっと顔を見てやるつもりだった。
軽く挨拶して、どんな為人なのか、たしかめるだけのつもりだった。
「だけどこいつらっ ずっとイチャコラしてやがったんだっ!」
叫び。
魂からの叫び。
手をつないで歩くだけなら、まあ百歩譲って許してやっても良い。観光地で開放的な気分というのもあるだろうから。
しかしこいつらの行動は我慢の限度を超えていた。
兵士用のハンモックに寝転がって、
「きゃっ ぱんつみえちゃう」
とか。
「み、みてないよー」
とか。
きゃっきゃっうふふしやがって。
あまつさえ、甲板上では実剛は絵梨佳の肩を抱いて潮風を満喫したりしていた。
タイタニックごっことか始めそうな勢いだった。
リア充死すべし。
こうして深雪の目的は、修好から襲撃へと自然にシフトしていった。
「なんつー傍迷惑な……」
こめかみのあたりを指で押さえる美鶴だった。
すごく疲れた。
怒りを通り越して驚愕を通り越して、無我の境地に至りそう。
いちおう実剛と絵梨佳は婚約者だ。
親権者同士が決めたこととはいえ、将来を誓った仲なのである。
いちゃつくくらい良いではないか。
まったくの逆恨みで大暴れして、大騒ぎを起こすとか、何を考えているのだ。
「OK。よくわかった」
唐突に口を開いた光則が少女の拘束を解く。
「ぜんぶ実剛が悪い」
裏切った。
いとも簡単に裏切りやがった。
「ま、まって光則。ちょっと落ち着こうか」
剣呑な気配に、じりじりと後退する実剛。
「リア充死すべし! 慈悲はないっ!!」
感染している。
「うひゃーっ」
脱兎のごとく実剛が逃げ出した。
猛然と砂使いが追う。
「俺なんか信一先輩と江差追分きいてたんだぞっ! クソがっ! ふざけんなっ!!」
「それ僕に関係ないじゃないかーっ」
声が遠ざかってゆく。
呆然と見送った深雪が、誰にともなく訊ねた。
「……ねえ? ほんとにあんたたちって何の団体なの?」
もちろん解答は誰も持ち合わせていない。
「コント集団?」
仕方なく光が答える。半疑問系で。
「んなわけないでしょ」
的確な美鶴の裏拳ツッコミが、仰角四十五度でヒットした。
ぐっだぐだな空気のなか、深雪が解放される。
もうすっかり戦意は喪失している。
小柄な少女の目に映る、実剛と光則の追いかけっこ。
互いに必死な形相をしている。
「つーか止めなくていいのかよ」
珍しく光が常識的なことを言った。
「良いんですよ。じゃれ合ってるだけなんですから」
他人事のように軽く見捨てて、信二が深雪に向き直る。
「もう戦うつもりはないって認識でかまいませんね? 寒河江深雪嬢」
「……もう良い。気が抜けた」
「OKです。それでは貴女には二つの選択肢があります。このまま立ち去るか、俺たちと縁を結ぶかです」
今までのことは水に流そう、という申し出だ。
「わかった」
大きく息を吐く深雪。
その場を動かなかった。
つまり、後者を選択したということだ。
「じゃあ改めて、巫美鶴よ。こっちは兄の婚約者で芝絵梨佳さん」
代表する形で美鶴が話しかける。
本来は実剛の役割なのだが、なにしろ彼は光則との死闘の真っ最中なので、邪魔するのは悪いだろう。
「芝……澪の血のひとつか。それが巫と結ばれるの?」
「その可能性が示されただけ。現時点においては」
淡々と美鶴が答える。
ぬう、と、深雪がうなった。
時代は変わろうとしている。
これまで互いに接触を持とうとしなかった澪の血族同士が手を結ぼうとしている。それは未来への希望を拓く吉兆なのか、あるいは破滅をもたらす凶兆なのか。
「私からも訊いて良いかしら? 寒河江って何?」
核心に迫る質問だ。
解答次第で、様々な事情が明らかになる。
「あんたらと同じようなものだよ。もっとも、ボクたちに流れているのは女神じゃなくて鬼の血だけどね」
「なるほど」
女子中学生が小さく頷く。
すべてが繋がった。
寒河江が鬼の血を引くとするなら、萩もまた同じなのだろう。
そして寒河江とは東北地方に多い姓だ。東北から連想される鬼とは……。
「悪路王?」
「……なんで、そんなにするすると出てくるの? 子供のくせに」
目を見開く深雪。
ヒントなどほとんどないのに。
「え? ただの推理だけど? むしろ子供っていわれた方に腹立つわ。あなた私より年下でしょ。年長者を敬えととまでは言わないけど……」
言いつのる美鶴を、左手を挙げて制する深雪。
無言のまま懐からなにか取り出す。
カードだ。
同じものを、信一と信二が持っている。
運転免許証である。
「なん……だと……」
「ボクはこれでも十八歳だ。あんたを子供扱いするのに、特に不都合はないと思うけど」
胸を反らす。
小学生にしか見えない胸を。
もちろん胸だけでなく、顔も体つきも凪兄弟と同い年には、まったく見えない。
「私が読み違えた……だと……?」
「はっはっはっ。一本とられましたね。美鶴嬢」
愉快そうに信二が笑う。
美鶴が外見に惑わされた。これは希有なことである。
深雪としては、初めて巫陣営から一本取ったのであるが、残念ながら喜ぶ心境にはなれなかったようだ。
「……もしかして、ボクのことをずっと子供だと思っていたのか?」
実剛と光則を除いた全員が大きく頷く。
外見だけでなく、行動が子供そのものだったから。
「子供がこんな金髪にできるわけないだろ。常識的に考えて」
「あ、はい」
髪を染めることは大人の証らしい。
「ともあれ、だいたいの事情は判った。寒河江さんはこれからどうするの?」
「どうとは?」
「琴美姉さん。状況を」
直接には答えず、又従姉に話を振る。
「警官が二人、こっちに接近中よ。到着まであと五分ってところかしら」
「あ……」
思い出す。
怒りにまかせて実剛を追うとき、警官や野次馬を突き飛ばしたり投げ捨てたりしたような気がする。
大いに拙い状況だ。
「ボ、ボクは逃げる。あとのことは頼んでも?」
「縁は結ばれました。後処理はお任せあれ」
優雅に一礼する信二。
短く礼を述べ、美鶴と連絡先を交換したあと、脱兎のごとく駆け出す深雪。
「あ、そっち崖……」
注意しようとした光だったが、言葉の後半を飲み込んでしまう。
フェンスを飛び越え、重力の支配すら感じさせぬ動きで走り抜けてゆく。
「なんだあの身体能力……」
「あれが寒河江のチカラなのかもね。重力制御と慣性制御ってとこかしら」
呟く美鶴が、くすりと笑った。
萩の短慮姫もだいぶ人間離れしていたが、寒河江の姫も劣るものではない。
ついでに、考えなしなところもよく似ている。
そういう血なのだろうか。
鬼の血というものは。
「つまり、萩も鬼の血筋だってことか? 美鶴」
「確証はないけどね。萩と比べられたときの反応とかからみて、たぶんそうなんじゃないかな」
一緒にするなと言っていた。
逆にそれは、一緒にされてもおかしくないのだと認めたようなものである。
「ま、いまは探る手段もないし、探っても仕方ないんだけどね」
ごく簡単に見切ってみせる。
謎解きは後日のこととしてかまわない。
「信二さん。警察への対処をお願いして良い?」
「年長者ですからね。仕方ないでしょう」
苦笑する軍師。
どうやら寒河江とやらは、萩ほど強固な支配基盤をもってはいないらしい。
澪でなら、どれほど萩が騒ぎを起こしても警察が出張ってくることなどないのだから。
「もちろん、ホームグラウンドではないって事情もあるんでしょうけどね」
うん、と、伸びをした信二が、やがて姿を現すであろう警官に備えた。




