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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第2章 ~学園ラブコメだと思ったんだけど~
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学園ラブコメだと思ったんだけど 1


 深雪と名乗った少女が突進する。

 ぐっと腰を落とした絵梨佳。

 迎撃体勢。

 ふたりの少女が激突するかに見えた一瞬。

 ぽーん、と、音がしそうな勢いで深雪の身体が浮き上がる。

 否、投げ飛ばされたのだ。

 相手の突進力をそのまま使う借力という動き。

 華麗なまでに美しい放物線を描き、深雪が飛んでゆく。

「ぅわぁぁーっ!?」

 そして万物を支配する重力に引かれ、海へと吸い込まれていった。

 景気のいい音とともに水柱があがる。

 騒然となるかもめ島。

 人が飛び込んだ、とか、観光客が騒いでいる。

「逃げますよ。実剛さん」

 目もくれず、絵梨佳が少年の手を引いた。

「りょ、了解」

 逆らわず駆け出す実剛。

 騒ぎに巻き込まれるのはまずい。

 それ以上に、得体の知れない相手と戦うのはもっとまずい。

 走りながら携帯端末を取り出す。

「信二先輩。実剛です。襲撃を受けました。相手は寒河江深雪と名乗りました」

 慌ただしく情報が交換される。

 いずれにしても襲撃者が一人とは限らない。

 まずは合流が先決だ。

{護国神社に向かってください。可能なら途中で拾います}

「了解。他のみんなには?」

「俺から連絡します。実剛君たちは追っ手を振りきることだけ考えてください」

 短い通話を終え、絵梨佳に指示を出す。

 心得たもので、すでに少女はガイドマップを取り出している。

「こっちです」

「くぅぅ! まだ土産物屋を覗いてないのになあっ!」

「帰りに寄れますよ。きっと」

「そうかなぁっ 望み薄だと思うよっ!」

 駈ける。

 駈ける。

 駆け抜けてゆく。

 春の江差。

 すでに失われて久しい、江戸にもないと称されたにぎわい。

 時ならぬ騒動に、町も苦笑を浮かべているようだった。

 仲間たちのなかで、最も集合場所の近くにいたのは琴美である。

 なにしろ彼女は、その護国神社にいた。

 つい先刻までは信二と准吾も一緒だったが、男二人は廃線になった江差駅を見たいとやら騒ぎ出して出掛けていったのである。

「了解。索敵と警戒の網を町全体に広げるわ」

 魚顔軍師からの指示を受け、石段に座り込む。

「リンクスタート」

 呟き。

 同時に膨大な情報が頭の中になだれ込んでくる。

 最も頼りになる、この国の野鳥で一番頭の良いカラスは少ない。

 かわりにカモメが多いようだ。

 彼らの目を使い、まずは仲間たちの位置を特定する。

「一番近いのは光くんと美鶴ちゃん。ようかんを食べながら走るってのは新しいわねぇ……」

 順当に向かっているようだ。

 妨害もない。

 信一と光則も向かっている。

 こちらも尾行されておらず、周囲に敵はいないようだ。

 信二と准吾が乗るワゴン車は、かもめ島経由でこちらに向かうのだろう。

 実剛と絵梨佳を追走している。

 彼らが合流するまであと十分といったところだろうか。

「それにしても……ずいぶん杜撰(ずさん)な襲撃ね……穴だらけじゃない」

 ひとりごちる。

 襲撃があったのは実剛のチームだけ。

 ほかにはノータッチで、監視すらついていない。

「あ、復活した」

 彼女の()は、海上に立ちあがった水柱を認識した。

 着地と同時に、ものすごい勢いで走り出している。

 集まってきた野次馬や警官らを蹴散らしつつ。

「怒ってる怒ってる」

 くすくす笑う。

 初動に差があるため、実剛たちを捜すのに苦労しているようだ。

 ほっと息をつき、警戒を続ける。

 しばらくして、仲間たちが護国神社に集合した。

「アンジー。状況を説明してください」

「ずっと観察してたけど、敵の数は一。増える気配はないわ」

 逃げる? 戦う? と、問う。

 九対一。数の差で負けるはずはない。

 だが、戦う理由はあまりに少ない。

「寒河江と名乗った、と言いましたか。実剛君」

「ええ。寒河江深雪と言いました」

「普通に考えれば、萩の戦闘員なのですが、どうもその名が引っかかります。もう少し情報が欲しいところですね」

 戦いましょう、と、軍師が決断した。

 頷く一同。

 聡明なる魚顔がちょいちょいと手招きする。

 短期的な作戦を伝えるために。

 訪れる者とてない、うら寂れた神社。

 石段に座り込む人影。

 疲労困憊の体で。

 気遣うように立った少女が、びくりと振り返る。

 坂の向こう側から、ゆっくりと近づいてくる小さな姿。

 濡れそぼった服。

 帽子はどこかへ消え、金髪が露わになっていた。

 幼げな顔を彩るのは憤怒(ふんぬ)の焔。

「巫の一族……よくもボクをコケにしてくれたな……」

 さっと実剛を庇うように立つ絵梨佳。

 少年は動かない。

 苦しげにあえいでいるだけだ。

 ここまで走ってくるだけで体力の限界だったのだろう。

 そう判断した深雪が凄絶な笑みを浮かべる。

「ラクに死ねると思うなよ」

「実剛さんには、指一本触れさせない」

「守人ごときが出しゃばるなっ」

 叫んで、突進しようとする。

「はい。そこまででです」

 響く声。

 両脇から腕が伸び、深雪の小さな身体をがっちりとホールドする。

 突然の事態に呆気にとられる深雪。

 目前に現れる魚顔。

「うげ……」

「顔を見て悲鳴とは、けっこう傷つきますね」

 信二だ。

 少女を拘束しているのは信一と光則である。

 何が起こっているのか判らない深雪の視界で、悠然と実剛が立ちあがった。

「こんな作戦で上手くいくなんて……」

 むしろ不思議そうに呟く。

「人は、見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないんですよ。実剛君」

 へたり込んでいる実剛を見れば、疲れ果てて動けないと勝手に解釈する。頭の良い人間は罠を疑うかもしれないが、結局は、そうであれば良い、という考えを捨て去ることは簡単にはできない。

 さきほどは逃亡を選択した絵梨佳が露骨に戦おうとして見せたことで、完全に思い違いをさせることができた。

 もう逃げる力は残っていない、と。

 簡単に種明かしをしてみせる魚顔軍師。

 少女は結局、自分の願望に足をすくわれただけだ。

「そんなわけで、少し歌ってもらいましょうか。寒河江深雪嬢」

 にっこりと微笑む信二だった。

「拷問でもしようってのかっ!」

 少女がわめく。

「そんな野蛮なことはしませんよ。俺は紳士なんですから」

「うそだっ」

「拷問された方が嬉しいんですかね? ですが、そんなことをしなくても判ることは多いんですよ?」

 たとえば少女は絵梨佳を見て、守人ごときと言った。

 これは、事前情報が不足していることの証だ。

 少なくとも、巫と芝が同盟関係にあることを知らず、実剛とともにあるものはすべて眷属だと思いこんでいたということだ。

 そこまで読めば、次の事情も当然のように判ってくる。

「この襲撃は本格的な攻勢の一環ではなく、貴女の独断専行でしかないこととかね。寒河江深雪嬢」

 これから戦おうとする相手の情報収集を怠るような馬鹿はいない。ゲームではないのだ。

 短兵急な行動。後詰めがいないという事実。少女の性質。

 すべてのフラグメントが独断専行を示している。

 得々と、という口調ではない。

 魚顔軍師は、事実を事実として語っているだけだ。

 むしろ仲間たちの方が驚いた顔をする。

 たったひとつの言葉から次々に推理を構築し、結論へと導いてゆく。

「Elementary,my dear Watson」

 にやりと笑う。

「げ。ホームズ気取りだ。信二さんきもい」

 容赦なく酷評する美鶴。

「だいたいその台詞、原典にはないじゃないの」

 初歩だよ、ワトソン君。

 ホームズの決めぜりふとして有名なこれは、じつは作中に一度も出てきていないらしい。

 その点を指摘した女子中学生であったが、負け惜しみ以上のものではなかった。

 まんまと魚顔軍師に美味しいところを持って行かれた格好である。

 すこしだけ唇をとがらす。

 オトナの余裕を見せ、信二はなにも言わなかった。

 あとの折衝は任せますよ、と、身振りで指示したのみである。

「おまえら……いったいなんの集団なんだ……」

「それはこっちが聞きたいんだけどね? あなたは何者なの? 寒河江深雪さん」

 質問に質問を返す。

 たいそう失礼な行為であるが、相手は虜囚である。礼儀を守ってやる筋合いはない。

「…………」

 むっつりと少女が黙り込む。

 不機嫌というより、拗ねているように見えた。

 べつに美鶴は怒らなかった。

 魚顔軍師ではないが、すでにこの少女は充分なヒントを垂れ流しているのである。

「寒河江。東北地方の苗字ね。たしか起源は萩と同じ……」

「萩っ!? 萩だとっ!? 寒河江をあんな負け犬どもと一緒にするなっ!!」

 美鶴の言葉を遮って、深雪が大暴れをはじめた。


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