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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第11章 ~キタへっ~
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キタへっ 2

 話を聞いたとき、楓の心は騒いだ。

 凪信二。

 容姿の面で、彼女の興味を惹く点は何一つない。

 ど田舎の高校生である。

 多少格好いいくらいではときめいたりしない。

 それに、彼女は他人を見た目で判断する愚劣さとは無縁の教育を受けてきた。顔で政争に勝ち抜けるなら、何の苦労もないのだ。

 ただ、容姿がアドバンテージになることも事実なので、楓自身は自分磨きを怠るつもりはない。

 その彼女が最も尊敬する祖父が、一目置くほどの男。

 政界のサラブレッドではない。東京大学卒業のエリート官僚でもない。名家の御曹司でもない。新山鉦辰が孫娘の将来の婿にと選んだのは、ほぼ同世代の少年だった。

 しかも婿養子として迎えるのではなく、楓を嫁がせるという方向だ。

 家の格としては、まったく相応しくない。

 そうまでして新山は澪の血族と縁を結びたかったということである。

 もちろん縁を結ぶだけなら、相手は信二でなくても良い。

 澪の魔王だって独身である。年齢差はあるが、三十歳違い、四十歳違いの夫婦など政治の世界では珍しくもない。

 だが、信二である。

 格式を捨ててまで、東京での生活を捨てさせてまで、縁を結びたい相手。

 魚顔軍師。

 澪の血族にあって、特殊能力も驚異的な身体能力も持たない異相の男。

 俄然興味が湧いた。

 どれほどの男なのか見てやろう、と思った。

 結果は予想以上だった。

 最初の挨拶でおこなったカマかけにも乗ってこない。

 魔女の娘を軍師の尻尾と見なして思い切り引っ張ってみたのだが、動揺する素振りすらなかった。

 それどころか冗談を飛ばして場の雰囲気まで支配してしまった。

 泰然自若にして臨機応変。

 祖父が惚れ込むのも頷ける。

 こんな高校生は日本中さがしても存在しないだろう。

 知謀に鑑みれば、容姿の悪さなど顧慮するに足りない。

「わたくしの伴侶たるに相応しい殿方ですわ」

 信二と手を取り合うことができれば、日本の政界など容易く牛耳ることが可能だ。

 もちろん、澪のモンスターたちの後押しも期待できる。

 この国初の女性総理。

 しかも最年少記録更新。

 それはけっして夢物語ではない。

 胸に野心の炎を燃やした楓は、初日から権謀術数の粋を尽くして接近を計る。

 そして数日で挫折した。

「打つ手打つ手先回りされてしまいます。勝てる気がしないとはこのことですわね」

 とは、溜息混じりに呟いた言葉である。

 態度は柔らかく、だが決して踏み込ませない。

 まるでローレンシア楯状地のように小揺るぎもしなかった。

 だから、公務出張に同行させろと喚いたのは、計算ではなく感情の産物であった。

 自分の計算が何一つ通用しなくて、悔しくて悔しくて、恥ずかしながら泣いてしまった。

 すると、思いがけないことが起こったのである。

 常に冷静で飄々とした軍師が、なんと取り乱したのだ。

「ああああっ 泣かないでくださいっ わかりましたからっ 一緒に札幌にいきましょう。だからどうか泣きやんで」

 信二らしくもない整合性とは無縁の慰めである。

 泣いている女性を宥めるために、公務の予定まで変更してしまう。

 楓は、驚くを通り越して、呆れるを通り越して、怒るのも通り越して、心配することすら通り越して、愛おしくなった。

 この人は、女性の扱い方が判らないのだ、と。

 特殊な容姿もある。

 きっと今まで異性とは無縁に生きてきたのだろう。

 一国の元首が舌を巻くほどの知謀と、もの慣れぬ少年の心。

 驚愕するほどのアンバランスさが、たまらなく愛おしかった。

「こんな変な人、わたくしが好きになってあげなくては、誰も好きになってくれませんわ」

 自然にそう思った。

 たぶんそれは、生まれ落ちたときから政治の世界に身を置いてきた少女が知った、初めての恋心である。





「いったいどうしたんだい? 絵梨佳ちゃん」

 二度目の休憩ポイントとなった留寿都(ルスツ)の道の駅。

 謎の銅像の前で所在なさげに佇む少女に、少年が声をかけた。

「実剛さん……わたし、なんか嫌な子になっちゃったみたいです」

「楓さんのことかい?」

「はい……」

 屈託する美少女。

 いつもの明るさがない。

「なにか心に秘めているのは、間違いないだろうね」

 実剛の目が細まる。

 見つめるのはツボを押すポーズを取っている銅像ではなく、視界には映らないものだ。

「メイドさんと二人暮らし。寂しい思いもしてるだろうけど、どうにもお気の毒にとは思えないんだよね。僕も」

 東京から島流しにあったのは彼も同じ。

 しかし実剛には美鶴がいた。

 温かく迎えてくれた伯父もいた。

 楓に比べたらずっとずっと恵まれた境遇だろう。

 だが、不思議と総理大臣の孫娘に同情は生まれない。

「彼女自身が作ってるATフィールドみたいな壁が原因かな、とも思ったんだけどさ。絵梨佳ちゃんは違うものを感じてる?」

「……判りません。なんとなく嫌なものを感じてるだけで……」

 言いよどむ絵梨佳に、に、と笑顔を見せる実剛。

「なら、連れてきて正解だったかもね」

「え?」

「見えないところで蠢動されたら、悔いても及ばないから。だったら見えるところに置いた方がましだよ」

 このあたり、ものは考えようである。

 澪の守りが簡単に崩されるとは思わないが、主力となるべき第一隊の訓練が十全とはいえない今、負担はどうしても能力者にかかってしまう。

 すくなくとも一年くらいは大規模戦闘を避けたいのが事実なのだ。

「実剛さん……」

「それにさ。こっちには絵梨佳ちゃんがいるし、何があっても大丈夫」

 ぬけぬけという婚約者。

 気を遣っているのは明白だ。

 おかしくなって、くすりと少女が笑った。

「そこは、僕がいるんだから大丈夫って言ってくださいよ」

「はっはっはっ。僕は絵梨佳姫の添え物(バーター)だからさー」

「もうっ からかってっ」

 ぷうと頬を膨らます姫君。

 その頭に実剛が手を置く。

「でも、いつかは君を守れる男になるから。必ず」

 真剣な眼差し。

「実剛さん……そういう格好いい台詞は、もうちょっと場所を選んでください……」

 なんともいえない表情を、絵梨佳が浮かべた。

 無駄にさわやかな笑顔を浮かべた銅像が、目の前にたっている。

 でかでかとプレートに、指圧の心母心と書いてあった。

 台無しである。

 苦笑を交わし合う少年と少女。

「おーい! 王子様ー! お姫様ー! 出発するよー!!」

 駐車場から、リンが手を振っている。

 お願いだから変な称号で呼ばないで欲しい、などと考えながら、二人がハイエースへと足を向けた。

 北海道の大動脈。難所としても知られる中山峠は、もう目前だ。

 これを越えれば、もう札幌市の領域である。

「峠の茶屋であげいも食べましょうねっ」

 婚約者に腕を絡める絵梨佳。

「上り線と下り線で味が違うってホントなのかな?」

 悪びれもせず受け入れた実剛が、どうでも良いことを言った。

 晴れ渡る空。

 秋の気配を漂わせて。



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