ファビュラス
隣の国までは、のどかな平野を南の方へ行くだけだ。
平野は赤や黄の野花がポンポンと咲いているし、小川なんかも長閑にくねっていてピクニックに良い感じだ。
定期的に乗合馬車も出ている。
馬車に目を輝かせたルゥルゥをセルジュが甘やかして、乗合馬車で行く事になった。
二人はさっそく次に出発予定の乗合馬車へと駆け寄った。
「うわー! ちゃんとしたお馬さん、初めて見た」
「後ろ足の方に行ったら駄目だよルゥルゥ。僕は御者さんに乗車を頼んでくるね」
「はーい! こんにちわ! こんにちわ!」
ルゥルゥが挨拶を二回したのは、アホだからじゃなくて馬が二頭いたからだ。
乗合馬車は二頭立てだった。
一頭は栗毛の平凡な雄馬で、もう一頭は美しい雌の白馬だった。
この白馬ときたら、純白な上にたてがみが縦ロールだった。
あと、めっちゃ睫長い。お尻もプリッとしていて、そこから伸びる後ろ足はなんか妖艶だった。
たてがみと同じく縦ロールの尾は、悲しげに垂れている。
アンニュイそうに首を項垂れて、目を伏せている様を見ると、どことなく、ヒロインに嵌められて婚約破棄・国外追放された悪徳令嬢みたいだった。
その煌びやかさと影のある雌白馬に、隣の栗毛の雄馬は盛るどころか萎縮しきっている。
あんまり素敵過ぎると引いちゃうってヤツだ。
しかも白馬からは「話しかけないで」というオーラが出ているし、さぞ栗毛は仕事がしにくい事だろう。
お互いに可哀相な事に、二頭はちっとも釣り合っていなかったのだ。
とっつきやすそうな栗毛からヨシヨシして、ルゥルゥは白馬もヨシヨシしようとした。
けれど、白馬は悲しそうに俯いている。
「この綺麗な子は、元気がないみたい。大丈夫?」
白馬はルゥルゥの優しさを拒否する様に、彼女の手をさりげなく避けた。
――触らないで頂戴。わたくしの気も知らないで。
白馬はそう思って、馴れ馴れしい娘にぷいとそっぽを向く。
その途端、ピシャリと鞭打たれた。
「ほらほら、移動だ。お嬢さん、定員になったら出発ですからね~」
御者がそう言って、馬車を少し移動させようとしていた。
栗毛が気弱そうにそそくさと御者に従い、ポクポクと歩き出す。
仕方ないという様子で、白馬も渋々それに倣った。
こんな馬車馬の様な扱いを受けて、彼女の胸の内は恥辱と悲しみでいっぱいだ。
彼女は元々、伯爵家のご令嬢(三歳)のお散歩用の馬で、ご令嬢より重いものを乗せた事が無かった。
そこら辺のパンピー人間共よりよっぽど高貴でヒヒンな生活を送っていたが、ある時、恋に落ちてしまい、そこから馬生が狂った。
――恋自体は良かった。今もこれからも後悔しない。それどころか、忠誠より愛を選んだ自分の選択は正しかったのだと胸を張って嘶ける。とろけそうな程幸せだった。なのに……なのに、あの魔女のせいで!!
*
白馬の名はファビュラス。
ある日、人間の麗しい男が彼女の前に現れ、「ファビュラス」と繰り返すので、自分はファビュラスという名なのだと認識した。
ファビュラスは、その男にこう思っていた。
「あなたこそファビュラス」
彼は、何度かコッソリとファビュラスの厩舎に現れて、彼女をうっとりと見ていた。
ファビュラスはその熱視線に心焦がされた。
彼はどう見ても人間なのに、どことなく神聖な馬の香りがして、DNAが惹き付けられた。
ファビュラスは、いつしか彼の訪問を心待ちにするようになっていた。
そんな甘酸っぱい蕾の様な日々が過ぎ、彼はとうとうファビュラスを伯爵家から攫った。
令嬢(三歳)のピクニック中に、その辺の草を食んでいた彼女を連れ去ったのだ。
ファビュラスは戸惑ったが、彼との駆け落ちを選んだ。
彼は、気高いファビュラスの心をいとも簡単に蕩けさせ、いろいろこう……上手く乗りこなした。
彼を乗せて、色々な場所を駆けた日々は今でも宝物だ。
甘い日々だった。
そして、神様が異種族間の愛を認めてくださったのだろう。ファビュラスはお腹に子供を授かった。
ファビュラスは、目を輝かせて妊娠を告げた時の、彼の様子を思い返す。
そうすると、今でも「ふふっ」と笑ってしまう。
ファビュラスの愛しい彼は、妊娠を告げた途端に落ち着かなくなって、目玉を色んな方向へ動かし、「マジかよーーー!?」と嘶いたあと、「本当に俺の子!?」と、驚いて見せたのだ。
――きっと、あまりに大きな幸せ過ぎて、夢じゃないかと怖くなってしまったんだわ、あの人ったら。
うんうん、と頷く。
ファビュラスだって、最初は「本当かしら?」と、この素敵な授かり物を疑ったのだから。
しかし、幸せの終わりはいつだって突然だ。
妊娠を告げたその日以降、彼はファビュラスの前からいなくなってしまった。
なんと、彼女と彼の幸せに嫉妬した魔女が、彼を捕らえてしまったのだ。
ファビュラスも程なくして魔女に捕まり、汚い小さな馬小屋へと放り込まれた。
抗議の嘶きを上げるファビュラスに、魔女が言った。
「あのねぇ、あれは私の男なの。横やりはアンタなんだからね!」
ファビュラスは魔女の言う事なんて信じなかった。
ファビュラスが信じるのは、彼との楽しく愛しい日々。それから、彼から浴びた甘い言葉だけだ。
彼女は毅然として、魔女の監禁に耐えた。
しかし、魔女の暴虐は続き、月満ちて赤ん坊を産み落としたファビュラスから、事もあろうに赤ん坊を取り上げて、どこかへ連れて行ってしまったではないか。
そしてなんと、それだけでは飽き足らず、彼女の身を下賤な商売に使おうと考えている人間に、売り払ってしまったのだ。ヒヒン!
*
さておき、ルゥルゥとセルジュは隣の国行きの馬車と揉めていた。
「お嬢ちゃん、悪いけど馬車に子馬は乗せられないよ」
「そんなぁ。お膝に乗せて場所を取りませんから、この子も乗せていただけませんか?」
「いやいや、困るよ。なんかよく見たらUMAだし」
「とってもお利口さんなんです」
「アワビ!!」
「ダメダメ。他のお客さんに迷惑がかかってしまう」
御者は、ケンタウロスを馬車に乗せるのを嫌がっていた。
「困ったわね……赤ちゃんだから放っておいたら可哀相だし……ケンタが危険な目にあったらどうしてくれるんですか」
「そうだよ。珍しいからケンタが誘拐されちゃうかもしれないじゃないか。どうにかなりませんか。ケンタの責任とれるんですか」
クレーマーと化したルゥルゥとセルジュに、御者は面倒くさそうに提案をした。
「じゃあ、馬車に繋ぐというのは?」
常識の無いクレーマーなんぞ、怒りだしてどっか行っちまえ。
御者はそう思って言ったのだが、ルゥルゥとセルジュは「その手があったか」と、ポンと手を打った。
「ナニ? ナニ?」
「これから、いっぱい走れるよ。楽しんでね」
「ケンタ良かったね!」
ケンタはあれよあれよと言う間に、ファビュラスの横に繋がれた。
ファビュラスは、自分の横に繋がれた小さなケンタウロスをチラッと見て、目を見開いた。
そして、おっさんみたいな声で嘶いた。
馬は「ウオーッ」てなるとオッサンみたいな声になるのだ。
「ア・ヴォヴォヴォァアーーーーサーーーォォォォッ!?」
「ウオッ!? ナンゾ?」
ビクッとするケンタを、ファビュラスはウルウルとした瞳で見つめる。
ケンタはそれより、噴水の方でミニスカートをはいたお姉さんのが気になった。
ケンタは雌馬に興味が無かったのだ。否、まだ赤ちゃんだから、雌馬の良さを知らないだけかも知れない。
「ヒヒン、ヒヒン……(坊や、貴方の顔をようく見せてちょうだい)」
「パンチラ」
「ヒンヒン、ヒヒーン……(貴方が無事で嬉しいわ)」
「モウスコシ……」
「ヒヒーン、ヒヒーン!(お父さんにそっくりね!)」
「ピンク!!」
ケンタは煩い馬だな、と思った。コイツは馬語が解らないのだった。
「そーら、出発だ。はいどーはいどー!」
御者がファビュラスを鞭打ったが、ファビュラスは気にせず走り出した。
「ヒヒヒヒーン!(お母様が走りを教えてあげますからね)」
「グエエエエ……」
もっとミニスカートのお姉さんが見たいのに、ケンタは引きずられて行った。
馬車からは「ばーしゃーばしゃばしゃ、おいけにおちてーばーしゃばしゃー」といったルゥルゥの歌声と、「ハイヨ、それからどうした!」というセルジュの合いの手が聞こえていた。
二人とも世間知らずで、公共交通機関では静かにしなくちゃいけない事を、知らなかったのだ。
楽しい馬車旅が始まった。
馬車はガタゴトと心地よく走り、ケンタはズルズル引きずられ、ルゥルゥとセルジュはご機嫌で平野を進んで行った。
*
一方その頃、魔女は上空から、平野を行くルゥルゥの乗った馬車を見つけニヤリと不敵に笑っていた。
*
そしてまた一方その頃、アーサーも、平野の草の陰からニヤニヤと笑っていた。
その視線の先には、背の高い茂みの中で、男女がイチャついていた。
多分ピクニックとかに来て盛り上がった恋人達だ。
恋人たちは、まさか覗きに遭っているとは夢にも思わず、盛り上がっていた。




