旅立ち
人魚達はビックリした。
住処に帰ってこないルゥルゥを心配していたら、奇妙な魔改造をされて浜辺にやって来たからだ。
末っ子のルゥルゥは純粋過ぎる所があるから、そりゃもう姉さん達は心配してた。
だけど、純粋通り越してもっとこう……純粋なこう……何て言うか……アレだったんだわ、と、姉さん達は思った。
決して「アレ」を具体的に表現しないとこに身内への固い擁護があって、姉妹愛を感じる。
ルゥルゥは、この脚をなんとかする為に、隣町の仙人を尋ねるのだという。
そうするにあたって、連れてきた婆さんに皆の鱗をあげて欲しいというので、人魚達は身代金を支払うくらいの心持ちでこぞって婆さんへ鱗を差し出した。
そして婆さんに、「ルゥルゥをどうか助けてくださいね」と、泣いて頼んだ。
婆さんはニッコニコして鱗を受け取っていたので、きっとルゥルゥを助けてくれる事だろう。
「陸は危険だから気をつけてね、ルゥルゥ」
「かわいそうに。どうか元に戻りますように」
「ルゥルゥ、頑張ってね」
人魚達は「はーい! 行ってきまーす!」と気軽に笑うルゥルゥに、いつまでも沖から手を振っていた。
*
「いいお姉さんたちじゃないか」
キラキラと虹色に輝く鱗を両手いっぱいに抱え、ロザリーがホクホクして言った。
老後の心配を一切しなくてもよくなった人間の顔をしている。
「ええ、みんな仲良しなんですよ」
ルゥルゥもニコニコしている。
こちらは、猜疑心とかマイナスの感情が一切無い者の顏だ。まぶしい。
「さぁ、仙人さんのいる所を教えてください」
「ああ、そうだったね。タートルネック仙人は、隣の国にある高い山の中にいるよ!」
「隣の国にある高い山の中ですね!」
ルゥルゥはちょっと「ん?」って思ったけれど、その「ん?」という感情はきっと気のせいだと思い直し、ロザリーにお礼を言った。
そして、「まぁ、そこまで分かれば、隣の国の人にもっと詳しく聞けばいいわね」と、満足した。
「さっそく訪ねに行こうと思います。その前に、セルジュに行ってきますを言わないと……セルジュはもうベッドから起きられたかしら?」
「あれくらいで気絶するなんてヤワよねぇ。まぁ、そんなに急がなくてもいいじゃない。今夜はパーッと高級ディナーでしけこみましょうよ。で、明日発てばいいじゃない」
俗っぽい高級ディナーの誘いを受けて、ルゥルゥは喜んだ。
「素敵。わたしの為にありがとうございます」
「いいってことよ。食べてみたいものや、好物はあるかい?」
そう聞かれて、ルゥルゥは「えーっと、えーっと」と、この話が始まってから一番頭を働かせた。
そして昔、住処の付近で牛を積んだ船が沈んだ時に、お姉さん達と食べた牛が美味しかった事を思い出す。
海で暮らす人魚達にとって、牛は滅多に食べられないご馳走だ。
ルゥルゥは、その時しか牛を食べた事が無かったので、また牛を食べたいなぁと涎を垂らした。
「牛が食べたいです」
「主人公みたいな事言う子だね、もっと珍味を上げなさいよ。まあいいわ、牛ね。他には?」
「木の実も食べたいです。中々海に流れてこないので……」
「あー……わかった。なかなか海に流れてこないコースにしよう」
そんな会話をしながら、ルゥルゥとロザリーが一旦家へと帰って行こうとすると、小さなケンタウロスが浜辺を駆けて来た。
ケンタウロスは、なんだか一皮剥けた顔をしてルゥルゥの側へと駆け寄った。
ロザリーは、UMAフィーバーだ。思わずタモを探したが、生憎どこにもなかった。
しかし、小さなケンタウロスはルゥルゥに懐いている様子だ。
「あら、まだ遊んでいたの?」
ルゥルゥが寄って来たケンタウロスの頭を撫でた。
ロザリーは、撫でられて嬉しそうなケンタウロスの顔を見て、ギクリとした。
小さな頃のアーサーにそっくりだったのだ。
ルゥルゥが下半身を貰った経緯を思い出すと、手で顏を覆う。
そんな――まさか――イヤ、聞いてたけど――まだ対面する心の準備が……。
ケンタウロスが声を発した。
「ぱぱ! ぱぱ!!」
そう慕わしそうに呼びかけているケンタウロスの目線の先は、ルゥルゥの股間だ。
「おうふ……初孫……」
とうとう、親族にまでUMAが加わったロザリーだった。
*
その頃、既に気がついていたセルジュは、ベッドの中で寝返りばかりうっていた。
彼は気を失う直前に首筋に感じた「むにゅ」という感触を忘れられずに、一人悶々としていた。
あの感触はなんだったのだろう。
女の子はどこもかしこも柔らかいんだって兄さんは言っていたけど、少し湿り気を帯びているなんて事までは言っていなかった。
もしかして、人魚だったから?
女の子の身体にそんな事を考えてしまうのは、なんだかイケない気がするのに、セルジュはどうしてもその事ばかり考えてしまう。
あの感触のモノは、尾ビレの名残が残っているモノではないだろうか?
それなら、あの湿り気も微かに感じたピチピチ具合も納得がいく。
でもそれだったら、凄く奇妙な事になっているかもしれない。
ルゥルゥの為にも確認してみたいけれど、場所が場所だけに「見せて」とも言い辛いし……。
本当の事に気がついて、ルゥルゥが悲しい思いをする前になんとかしてあげたい。
そんな事を考えていると、賑やかな声が聞こえて来た。
楽しげなルゥルゥと母親の声だ。
ルゥルゥは「う~し~うしはーごちそうー」と歌っている。
その歌声に、「その通り!」と合いの手を入れているのは母親だ。
調子からして、多分酔っ払っている。
セルジュは物思いから少し離れて微笑んだ。
――母さんとルゥルゥ、仲良くなれそうで良かった。
そんなの社交辞令期間だけであって、嫁姑の仲は結婚後の盆正月帰省時からが本番スタートヨーイドンなのだが、セルジュはかわいいショタだから、難しい事はわからなくていいと思います。
それに、ルゥルゥは初っぱなから同居を快諾しているし、盆正月の帰省どころじゃない。
本当にうかつな娘であった。
さておき、母親とルゥルゥがセルジュの部屋のドアをノックした。
「セルジュや、もう気がついたかい?」
「はい、母さん」
セルジュの返事が終わるか終わらないかくらいの間に、ドアが開けられ、ロザリーとルゥルゥが部屋の中を覗き込んだ。
「セルジュ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。二人してどこへ行っていたの?」
「姉さん達と、お別れをしてきたのよ」
「え、どういうこと? 浜辺に行けば、いつでも会えるでしょ?」
セルジュは慌てた。
人魚から人間になる事は、もしかしてルゥルゥのお姉さんたちと、縁を切らせてしまう様な事だったのだろうか?
「うん。そうなんだけど、わたし、少し旅に出なくちゃいけなくなったの」
「ええ!? ど、どこに?」
あまりに突然の宣言に、セルジュは慌ててベッドから起き出て彼女へ駆け寄った。
「ええと……タートルネック仙人さんに会いに行くのよ」
「タートル? え? なんて?」
セルジュはなんかギクリとして、聞き返した。
「タートルネック仙人だよ、セルジュ。隣の国の山にいるんだ。ルゥルゥは、どうしても叶えなくてはいけない願いが出来たから、明日旅立つ事になったんだ」
「そんな、急じゃ無いか。叶えなくてはいけない願いって何!?」
セルジュの問いに、ルゥルゥもロザリーも気まずそうに目を合わせた。
「ええと……その……」
「あのね、セルジュ。とってもデリケートな話なんだよ。聞かないでやっておくれ」
「……僕には言えないの?」
「ごめんね……でも、早く願いを叶えて帰ってくるから!」
「うんうん! ほ、ほらセルジュ! 今夜はご馳走だよ! セレブ御用達デリが来るまでに早く降りていらっしゃいね!!」
二人はそう言って、そそくさと部屋のドアを閉めてしまった。
セルジュは呆然としていたけれど、ハッとして、ベッドの下を覗き込んだ。
そこには、隠しておいた青少年の刺激を煽る雑誌が数冊潜んでいる。
いずれも兄の部屋からコッソリ拝借したものだ。
天使だって堕落したい時があるんだから良いとして、セルジュはせわしなく雑誌のページを捲った。
「タートルネック仙人……」
そう呟きながら、彼はとある広告ページに目を落とす。
そこには、タートルネックに顔を半分程隠した男が掲載されていた。
セルジュはヘナヘナと蹲る。
「まさか……ルゥルゥにバレていたなんて……一緒に泳いだ時かなぁ……波でパンツが攫われちゃった時かなぁ……うぅ……」
きっと、ルゥルゥは僕の為に、その変な名前の仙人に会いに行くのだろう。セルジュはそう思った。
女の子にそこまでさせてしまうなんて、男として情けない。
セルジュは「キッ」と顔を上げる。
そして、背筋を伸ばして部屋を出ると、酒池肉林パーティーが始まろうとしているダイニングへ行き、ルゥルゥとロザリーへ宣言した。
「ルゥルゥ、僕もその……タートルネック仙人の所へ一緒に行くよ!!」
牛の丸焼きを巡って喧嘩を始めていたロザリーとルゥルゥは、キョトンとした。
「セルジュ、でも……いいの?」
「もちろんだよ! ルゥルゥだけなんて心配だし……その……僕の為なんだし!!」
まぁ、セルジュのタメっちゃタメだった。
ルゥルゥは瞳を潤ませた。
「セルジュ……嬉しい! とっても頼もしいわ」
「僕が君を守るからね」
「セルジュ……」
そういうワケで、ルゥルゥはセルジュと一緒に旅立つ事になった。
ついでに、近所の目が怖いから、と、アーサージュニアも連れて行くようにロザリーに頼まれた。




