それぞれの素敵な願い事
光の女神様から、なんでも願いを叶えて貰えると聞いて、ルゥルゥ達は瞳を輝かせた。
魔女はワクワクしながらも、ちょっと複雑な心境だ。
『こうしてルゥルゥは人間の女の子の脚を手に入れました、めでたしめでたし』に、確実に近づいている。それは、今まで努力してきた事が泡になるようで面白くなかった。
けれど、今の状態のルゥルゥは流石に「え、ダイジョブ……?」と、戸惑いを隠せないものがある。それに、自分の願いが何か叶うなら、奴の幸せもそんなに気にならないかも知れない。
――――そうよ、人魚以上に。
そう思い直した魔女は、慎重に自分の願い事を考える。
でも、よくよく考えたら魔女は魔女だから、あんまり不可能な事が無い。女神に頼らずとも大抵の願いは自分で解決出来る。
うむむ……と、魔女が考え込んでいると、「ハイ!」と、ルゥルゥが手を上げた。
願いはバッチリ定まっているのだから、判断が速い。
「はい、お嬢さんからね。願いは一人一つよ」
「わーい! じゃあ、ホタテさんを元に戻して欲しいです!」
ルゥルゥは元気いっぱいに願いを口にした。
一枚はなんで消えてしまったか分からないままだったけど、もう一枚はタートルネック仙人との戦いの末に粉々に蹴り砕いてしまった事を、ルゥルゥは気にしていた。
その願いに、女神を除いた全員が「!」となってルゥルゥを一斉に見た。
「ちょ、ちょっと待ってルゥルゥ……」
「わかりました。ホタテですね」
セルジュ達の戸惑いを意に介さないのか、女神はサクサク了解してしまった。
ルゥルゥは元気よく頷いた。
「はい。二枚ありました!」
「無欲ねぇ。では……あなたにホタテ二枚を」
光の女神はニッコリ笑い、大きな両手をお椀の様にしてルゥルゥに差し出す。
差し出された大きな両手がパアッと明るく輝いた。
そして輝きの中に、ホタテが二枚、ホッコリと現れる。
「わぁ! ありがとうございます!!」
「ルゥルゥ! どうしてホタテなんか!?」
セルジュが驚いてルゥルゥに尋ねると、ルゥルゥは照れ笑いをして答えた。
「だって……セルジュから貰った大切な物だったから……えへへ……」
「ルゥルゥ……そんなの海でいくらでも拾ってあげるのに!」
「馬鹿過ぎない……?」
「ヤバいな」
感動するセルジュを横目に、大人二人は直ぐに何かを察知した。
――――ま、不味いわ。
――――これはヤバい。
魔女とアーサーには、この後の展開が読める。
誰かがルゥルゥの、本来叶えるべき願いを肩代わりしなければいけない!
これは大人だからこそ察知した危機である。
いざ自分の願いを言おうとしたその瞬間、誰かが言うのだ。「あ! そういえばルゥルゥの脚はどうする? このままだと可哀相!」絶対そうなる。そんなのイヤだ。後ろめたさなど無しに自分の欲望から来る願いを叫ばせて欲しい!!
魔女はまだ願いを決めていなかったが、急いで「ハイ!」と勢いよく手を上げた。
「はいどうぞ」
「なんかこう、えっと、あのあの、なんかこう素敵な恋人、いや、恋人は裏切る……クゥ……、あ、僕っていうか、でもちょっと人間を僕にするの抵抗があるから、魔女っぽく猫みたいなマスコット的なやつっていうか、素敵な恋人を連れて来てくれるような、あのその……!!」
「一億円欲しいです!!」
「一人ずつ聞くので、横入りはやめてください」
「すみません」
今すぐに願いを言えと言われると、人間の脳はバグる。
魔女の脳はバグって、ルゥルゥより良い願いを叶える目的を一瞬で忘れ、煩悩を丸出しにした。
因みに、一億円を欲しがって順番待ちを怒られたのはアーサーだ。
一億円なんてアホが手にしたらすぐにパーだから、500兆円にしなさい、と、彼の母親なら言うだろう。しかし、アーサーにとって、パッと思いついた『世界で一番大きい数字!』が、一億だったのだ。それにしたって、毎日一億円が欲しいとか言えばいいものを。
そんなアホのアーサーは、女神様に横入りを注意されて引き下がったものの、「俺ももう願い言ったもんね」という表情でホッコリしている。
さておき、魔女のゴチャゴチャした願いに女神は難色を示した。
「もう少し纏まってからにして」
「え、いや、ごめんなさい、すぐっすぐだから待って! ええと、セルジュくんが欲しくて欲しい」
「え!? 僕ですか? それはちょっと……」
咄嗟に思わず零れ出た願望に、当のセルジュがドン引いた顔をしたので、魔女はちょっと傷つきつつ大慌てで捲し立てる。
「ん・んーっ!? ちが……!? ほら、セルジュくん可愛いから、こんな子がそばにいたらいいなっていうか……!!」
『なんで、なんでよ良いじゃない。セルジュきゅん貰っちゃいなよ~☆そしたら人魚娘にも溜飲がくだるじゃないのよ!』
「そ、そうなんだけど、そうなんだけど……」
息巻く魔剣ボーイスカウトに、魔女は小声でゴニョゴニョ言って顔を赤くした。
「ほら、タートルネック仙人を見たでしょ? 魔法的なもので操っても、なんも楽しくないワケよ」
『あ~、脇でその葛藤を見る分には凄くイイのだけど……』
「わかるわかる……でも、操る当人にはなりたくないワケよ……」
「何をコソコソしているの。もう良いわ、わたくしがあなたの願いを案配良く具現化してあげる」
女神が痺れを切らして言った。
「ええっそんな」
「わたくし、これから娘の花婿探しに忙しいのよ。ええと、この男の子みたいでマスコット的な使い魔と、素敵な恋人も欲しいのよね。願いは一つだけだから、使い魔を恋のキューピット的な属性にしましょう。その使い魔の恋の矢を、めぼしい男にぶっ放せばいいわ」
女神はそう言うと、両手の間にフワリと光を灯し、魔女の足下へ落とした。
光の中に、中型犬くらいの大きさの何かがいる。
魔女は「あーあ」と思いつつもその光を見守った。
「決まっちゃった……でも、手軽な使い魔は欲しかったからいっか……どんな子かしら。できれば猫とかカラスとかじゃなくて、ちょっと変わった動物が良いわね……」
「大丈夫よ。あなたの使い魔は、珍しい生き物だわ。どんな有名な魔女も、この子みたいな生き物を使い魔にした事はないでしょう」
「へー、それはハクがつくってもんね。ありがとうございます」
魔女は女神から遣わされた使い魔のシルエットを、ワクワクと見る。
上半身は人間の様に見えた。
「半人半妖かぁ、良いわね!」
『ちょっとショタっぽい、丸みのあるシルエットね!』
「うんうん、私もそれ思ったのよ」
「ええ、この男の子ソックリの半人半妖よ」
『ショタの半人半妖とか最高♡』
「うん、うん! どうやって育てようかしら……!」
セルジュみたいな顔の半人半妖……その子を自分が育てる……なんだかとてもキュンキュンするじゃないか、と、魔女は頬を緩めた。
きっと忙しくも楽しい毎日になる事だろう。
光が消えた。
魔女も魔剣ボーイスカウトもウッキウキで、使い魔の全貌を見た。
上半身は人間の赤ん坊で、下半身は四本脚だ。まだふっくりとした小さな手に、ヒラヒラした布を持っている。なんだか魔法道具っぽいぞ、と、魔女の期待が高まった時だった。
ルゥルゥが声を上げた。
「ケンタ!」
現れたのはケンタだった。
下着泥棒でもしていたのだろうか、女性物の下着を両手に握りしめている。
魔女はウッキウキの表情のまま、目をパッチリと開いて固まった。
「は?」
「アワビ!」
「ゲ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
「どうして? そこの男の子にそっくりな半人半妖じゃないの」
「手抜きじゃない! 願い事ってこう……無から有を出すものじゃなくって!?」
女神はちょっとムッとした。
手抜きした事は図星だった。
魔女の出した条件にちょうど合うのがいたので、チョイと呼び寄せたのだ。
しかし流石魔女。女神の手抜きを見抜くとは。
女神は名誉挽回の為に腕まくりをする。もう、挽回出来る名誉なんてないのに。
「いえ、これからが女神の力の見せ所です!」
女神はそう言って、ケンタに光の弓矢を持たせた。
これでなんとなくキューピッドぽくなった。
「ふふん、恋の弓矢です。この子の矢に射貫かれた者は、貴女に恋をする事でしょう」
「おお、それ良いなぁ! ハーレムがつくれるじゃないか!!」
アーサーが物欲しそうにケンタの光の弓矢を見て言ったが、光の女神は首を振る。
「一発だけです」
「え、なんだ要らないな! そもそも俺、必要なかったわ!」
「兄さん女神様に失礼だから黙って」
魔女はめちゃくちゃ微妙な表情だ。
一発だけとか、お祭りの射的ゲームより弾数が少ないではないか。
そして、それよりも……。
「い、いやいや待って、魔法的なもので操るのは微妙って言ってるじゃない……」
「ウフフ、恋なんて魔法みたいなものですよ、もしくは幻覚。ウフ」
「……まあ、そう言われれば……そうかも……ッ」
魔女は女神の適当な言葉に納得して、セルジュを見た。
――――なら、弓を引くのは今……じゃない? 私は魔女……ほら、「魔」が付いている女なんだし、やってしまおうかしら……?
魔女が魔女らしい考えを起こしたその時、ケンタが唐突に矢を放った。
せっかく両手にパンティを持っていたのに、なんか変な弓矢に変えられて、ケンタは苛立っていたのだ。
「あ!?」
「ウッ!!」
ケンタの放った矢は、あろうことかアーサーに当たった。
アーサーの胸の中に、トュルントゥルンと音を立てて光の矢が消えていく。
「よ、よりによって……ア、アーサー……」
魔女は恐る恐るアーサーを見た。
アーサーは矢の当たった衝撃から立ち直り、バチンと魔女にウインクをして見せた。
「フフ、ハニー君は本当に俺が好きだなぁ。矢の無駄遣いしやがって☆」
「!?」
思った様な効果が出ていなくて、魔女は女神を見る。
女神は余裕で微笑んだ。
「既に恋に落ちている人には無効よ」
「え……」
「そうだぞ、俺は君に恋してるじゃないか!」
しかし、恋していても浮気はするのだろう。
本当に矢の無駄遣いだった。
こうして、魔女が手にしたものと言えばただのケンタだけだ。
「イヤアアアアーーーッ!! ウワアアアアーーーッ!!!」
「魔女さん落ち着いて!」
魔女は叫んだ。こんなの叫ぶしか無い。
そして、そのまま箒に乗って泣き帰って行った。
「ハハハ、恥ずかしがり屋さんめぇ! ケンタ、ハニーの塔へ行こう!」
「マジョ、ママ、オッパイ!!」
「おお、おお、そうそう。ハニーといれば、ご飯もらえるぞ、ご飯!」
「兄さん……それヒモってやつじゃ……」
「そんなわけないだろう、一億円もらうのに!」
そう豪語するアーサーに、セルジュが呆れて言う。
「でも、そんな脚じゃ魔女さんに気持ち悪がられるんじゃない?」
タートルネック仙人の脚のままだったアーサーは、ハッとしてしなびた下半身を見た。
「おお……忘れていた……仕方が無い……女神様、俺に元の下半身ください」
「お安いご用です」
「これでただのヒモだね!」
「おう! じゃあなセルジュ! 母さんによろしくな!」
無事立派な下半身を取り戻したアーサーは、ケンタを連れて颯爽と魔女のヒモになりに行ってしまった。
彼は、ルゥルゥの脚にボコボコにされてチンコが折れてしまっている事にまだ気づいていない。
浮気はしばらく出来ないだろう。これでハッピーエンドだ。
魔女とアーサーとケンタ、賑やかで楽しい日々の始まりであった。
*
「さあ、あなたの願いは?」
セルジュは女神に聞かれて、少しだけ考えた。
本当なら、この旅の目的である自分のタートルネックを脱ぎたかったけれど、ルゥルゥの下半身をなんとかしてあげなくてはいけない。
自分の下半身か、ルゥルゥの下半身か……比べようがないハズなのに少し迷ってしまう事に、セルジュは自分を恥ずかしく感じた。
――――だってルゥルゥは凄く素敵な女の子だから、またあの王子様みたいな人が彼女をさらってしまうかもしれない。その人がタートルネックを着ていなかったら、ルゥルゥは今度こそソッチを選んでしまうかも!
そんなセルジュに、光の女神が言った。
「ボウヤ、さっきの魔女と美男子を見たでしょう? 自分だけの為に願いを叶えようとしても、幸せ指数はほんのちょっとなのが世の中なのよ。その点、この娘を見なさい。ホタテの為に願いを使って、とっても幸せそう」
それはちょっとルゥルゥがアレだからだったが、セルジュは女神の言葉に瞳を輝かせた。
「そっか……誰かの為に……みんなの為に願いを使えばいいんだ!」
「ええ、さぁ自分もみんなもお得な合理的なやつどうぞ」
「はい……それなら……!!」
*
いろんな所で奇跡が起った。
病気や怪我や老いなどで、満足に歩けなくなってしまった生き物全ての脚が、それぞれにピッタリ素晴らしい健康な脚に変わった。
どこかで脚を怪我した獣が元気に走り回り、どこかで片足の小鳥が二本の脚でチョンチョン跳ねた。そこかしこで「○○○が立った!」のフレーズが叫ばれた。
アーサーはアレだ、一億円貰っておけばよかった。
そんな喜びの声を聞いて、ルゥルゥとセルジュはニッコリ微笑み合った。
そして、ちゃぷんと音を立てて海へ潜る。
煌めき、数多に浮かび上がっていく細かなあぶくに身体をくすぐられながら、ルゥルゥとセルジュは手を繋ぎ、泳いだ。
踊る様に泳ぐ舞台は、色とりどりの珊瑚が群生する明るい海底。
二人の、美しい虹色の鱗に覆われた優美な下半身には、夢見る時に捲るカーテンみたいな尾ビレが揺れている。
「ねぇルゥルゥ、海の中でも喋れるよ」
「うふふ、だって人魚は水の中でも喋れるのよ」
「わー、すごい!」
「でも、セルジュ、人魚になって良かったの?」
少し心配そうに尋ねたルゥルゥに、セルジュは微笑む。
「最初はちょっとビックリしたけど、『世界中の人が、その人にとって一番良い脚を』って願ったでしょ?」
「うん」
「だから、僕にとってもこれが一番良い脚なんだよ」
この下半身なら、幼いタートルネックとはオサラバだしルゥルゥとも一緒にいられる。
良い事尽くしだ。
人間の脚の方が幸せとか、魚の尾ヒレがある方が幸せ、なんて比べるのはナンセンスだ。
だって、セルジュはルゥルゥならどんな姿でも良いのだから。
ルゥルゥもきっとそうなのだろうけれど、それとこれとは話が別である。
そして、セルジュが海にも大事に持ってきた魔剣ボーイスカウトも、セルジュがどんな姿でもOKだ。ショタの人魚なんて最高。常に全裸だと思うと、刃がどうにかなっちゃいそう。
「そっかー!」
セルジュの言葉に、ルゥルゥは安心して笑った。
そんなルゥルゥの両手を自分の両手で包んで、セルジュが言った。
「ずっと一緒だね!」
「うん、ずっと」
うんうん、と、ルゥルゥの胸元を覆う二枚のホタテも幸せそうだ。
「海は全ての陸と繋がっているんでしょ?」
「うーん、知らない。でも、見に行こ! きっと素敵で楽しいわ!!」
「うん!」
ルゥルゥはセルジュの手を引いて、お帰り、いらっしゃいと迎えてくれる穏やかな水流に乗った。
銀色の魚の群れが、二人の周りを楽しそうにキラキラ泳ぐ。
イルカ達はハート型の泡を吐いて、二人を冷やかし半分、祝福半分してカカカと笑った。
海面で揺らぐ陽光にクラゲたちが身体を透けさせて、白い花畑を見せてくれた。
二人は笑い声を上げてそれらを楽しみ、ウミガメの家族を見つけると行き先も尋ねず背に乗せて貰い、楽しい新婚旅行へと出かけて行った。
ルゥルゥとセルジュが、実は水陸両用の脚を貰っている事に気づくのは、もう少し先のお話。
☆おしまい☆
最後まで読んでいただき、感想もたくさん寄せてくださってありがとうございました。
イヤなニュースばかりの世の中ですが、そんな中でフフッと笑って頂ける事が出来たなら、物書きとして幸せです。




