服が透けたり溶けるヌルヌルのやつ
タートルネック仙人の正体は、堕カッパだった。
カッパとは遠い東の国に生息するというUMAだ。
仙人は仲間のカッパ達から忌み嫌われ、故郷から追放されていたのだ。
彼はセルジュ達の暮らす大陸に流れ着き、カッパを知らない人間達の前に現れた。
そして、顔がカメに似ていて何やら魔法の様な力を使う事から、タートルネック仙人と呼ばれるようになったのだった。
なんにせよ、この大陸でも嫌われて山奥に追放されたのだから、ロクな奴じゃない事は確かだ。
さて、真の姿を見せたタートルネック仙人は、ルゥルゥ達に危害を加える気満々だ。
「ワシの真の力を受けるカメ!!」
雄叫び、水かきのついた手のひらからブシャーッと水を噴き出させた。
最初に狙われたのは、魔女だ。
「きゃ!?」
魔女はモロに仙人の手から噴き出した水を浴びてしまった。
魔女の服が濡れて、細身ながらも色っぽい身体にピッタリと張り付いた。
「カメカメカメ……えっちぃのう!」
「ク……!!」
「ホレホレ、下着の線も浮いてしまっておるカメよ!」
魔女は為す術もない。
しかも、浴びた水は微かに粘り気があるので気色悪さ倍増だ。
「その水は服をジワジワ溶かすカメ! じっくり鑑賞させて貰うカメよ!!」
仙人の言う通り、魔女の服からシュワシュワと細い煙が上がり始めた。
「う、嘘でしょ、どこまで気持ち悪いの」
「プルシャワワワー(笑い声)!! もっと喰らうカメ!!」
「きゃああ!! ガボガボガボ!?」
魔女はこれ以上ないという程、仙人水をぶっ掛けられてしまった。
急いで起き上がろうにも、地面がちょっとヌルヌルで起き上がれない。
「うう、くっさ……三年くらい常温で放置したローションの匂い……!」
「魔女さんに何て事を!」
セルジュが魔剣ボーイスカウトを構えて仙人へ突進した。
しかし、強大な力を秘めた魔剣といえど、てんで素人のセルジュではまだまだ力を発揮しきれない。
エロガッパと化し、若々しい下半身を得た仙人は、ぴょーんと奇妙な程高く跳ねてセルジュの精一杯の斬撃を躱してしまう。
更に、タキシードの上着をヒョイと奪われ、仙人水の射程範囲ど真ん中に入ってしまった。
「カーメカメカメ! よし、次はお前カメ!! 」
「うわ!?」
至近距離正面から仙人水をぶっ掛けられるセルジュ。
彼の着ていたパリッとした白シャツが、すぐにテロテロになって肌に張り付いた。
「せ、セルジュくん……!!」
『ムホー!! 肌色と乳首が透けて見えちゃって、大変よろしいいいいい!!』
魔剣ボーイスカウトは大喜びだ。魔女もちょっといいなと思ったが、魔剣ほど狂ってはいなかったので心配している態でチラチラ見るだけにした。
「セルジュ、大丈夫!?」
「うう……この水、ちょっとヌルヌルだ……」
「やん、本当だわ!」
「次はウェディングドレスをべっちゃべちゃにしてやるカメー!!」
仙人が、ルゥルゥにも仙人水をぶっ掛けようと勢いよくペタペタ駆けて来る。
ルゥルゥは顔をしかめて仙人へ叫んだ。
「善い仙人さんだと思っていたのに!」
「カメカメカメ! かわゆい顔をするのう! たっぷりぶっ掛けてやるカメー!!」
仙人が太陽の光を背にして宙を舞った。
そしてルゥルゥ目がけて仙人水をぶっ掛けようとしたその時――――
「待て!!」
若い男の凜とした声が、その場に響いた。
魔女はヌルヌルの中、声の主を見留め、目を見開く。
「ア、アーサー!?」
「フフ……助けに来たよハニー」
光をキラキラとどこかから散らして、アーサーが立っていた。
*
時は少しさかのぼり、ルゥルゥが女の子の脚を手に入れ、タートルネック仙人がギンギンの下半身を手に入れた際、仙人に捨てられた緑色の下半身は、自分の収まる場所を探していた。
この緑色の下半身、今までさぞ好き勝手出来ただろうと思われるかもしれないが、実際そうである。しかし、非道な手段(例えば、洗脳したり捕らえた魂を入れた人形を相手にする等)を行使する事でしか愛されなかった彼は、洗脳や人形にされていないおんにゃのこに一度でいいから優しくされたいと思っていた。
だとしたらイケメンがよかろう。
世界は残酷で、イケメンしか優しくされないのだ。そりゃもうイケメンになるしかない。
彼はそう考えてイケメンを探した。
一方その頃、アーサーは緑色の液体をかき混ぜる事に飽き、エロいことを考えていた。
エロい事を考えている時より楽しく有意義な時間があるだろうか。
否、無い。何故ならエロは生きる力、生命を繋ぐ道しるべなのだから。
なのでアーサーはボーっとエロい事を考えながら、ポツリと呟いた。
「植物にモテても、なんも楽しくない。チンコがあったらなぁ……」
ウウッ、と呻いているが、なんでこうなったかは考えないし反省もしていない。
それなのに、彼は神に祈るのだ。特に助けてくれそうな女神の方に。
「おー、女神様。俺にチンコをください」
女神に願う内容ではなさそうだが、アーサーは一心に願い、祈った。
すると突然、アーサーのコンクリ詰めにされた木の部分が光り出した。
「おお!?」
みるみる間に消えていくアーサーの巨根の部分。
そして、その代わりにヒョロイ緑色の下半身が現れた。
その緑色の下半身は、コンクリートに埋められた巨根部分のスペースよりもずっとヒョロかったので、アーサーはするりとコンクリ詰め植木鉢から抜け出す事が出来た。
緑色の下半身には、ちゃんと馴染みのある重みを感じたが、覚えている重みよりも若干軽い気がした。
アーサーは心底驚いて自分の下半身を見下ろし、絶望した。
「なんだこのしおしおの干物みたいなヤツは!?」
新しい上半身に罵られて、「ですよね~……」とでも言うかの様にシュンとする下半身。
「うぐぅ、これなら木の根っこの方がまだマシだ……早く本当の下半身を取り替えさねば!!」
そういうワケで、アーサーはルゥルゥ達(というよりかは自分の下半身)の元へと駆け付けたのだ。アーサーは一度愛を交わした女の元へテレポーテーションできる能力があるので、魔女の元へ来る事は、いとも容易い事だった。
そこで繰り広げられていたのは、冒頭の激しい戦いだ。
タートルネック仙人は手の平から激しい水流を出して、ルゥルゥ達を襲っていた。
二人とも服が濡れてスケスケとなり、なんとも悩ましい感じに出来上がっている。
ゲスな笑い声を上げ、圧倒的水圧でジリジリと三人を追い詰めてる仙人。
仙人の手から吹き出る水はヌルヌルするらしく、濡れてしまったセルジュと魔女は、滑って上手く立ち上がれない様子だ。
アーサーはそんな惨劇を物陰から盗み見て、ハッとする。
なんと、本当の彼の下半身が仙人に装着されているではないか。
「クソ、マーメイドガールから、俺の下半身を奪ったんだな」
アーサーは沸々と怒りを沸き立たせた。
ルゥルゥの時は怒っていなかったのに、今回はやたらと怒っている。
それもそのはず、アーサーはノーマルなのだ。
いかなる合体であろうと、女の子とだけしたい。
彼は熱い信念を胸に、仙人の前へ躍り出たというワケだった。
「悪行はこれまでだ! タートルネック仙人、俺の下半身を返してもらうぞ」
「ア、アーサー!?」
変わり果てたアーサーの下半身に、魔女は驚きの声を上げた。
「フフ……助けに来たよハニー」
「オイ! なんでここにいるの! 色水を永遠にかき混ぜてろって言っただろ!!」
「フフ……帰ったらやるよ……」
「やれやれ」といったポーズをして余計に魔女を怒らせた後、アーサーはタートルネック仙人に人差し指を突き付けた。
「俺の下半身を返してもらうぞ!」
「ほほぅ、どうやってカメ? お前はそこの魔女や魔剣使いと違い、ただのイケメンに見えるが?」
「違う。ただのイケメンではない。『ただし、イケメンに限る』だ!」
「どゆこと?」
「ククク……見るがいい、『ただし、イケメンに限る』の力を!!」
アーサーはそう言うと、何かの合図の様に、スッと片手を上げた。
すると、仙人の人形妻達が現れて、アーサーと仙人の間にズラリと立ちはだかった。まるで、アーサーの盾の様だ。
「な、ワシの妻達……貴様、一体何をしたカメ!?」
「フフ……彼女達は人形に魂を入れられ、お前にかしずいている。『ただし、イケメンに限り』彼女達の本当の心を引き出す事が出来るのだ!!」
『ただし、イケメンに限る』は、本来なら享受・許容されない法則を圧倒的イケメンで無効にしてしまうスキルだ。このスキルの強いところは、こじつけの効く汎用性だ。面の皮が厚く、無神経であればあるほど幅広い『ただし、イケメンに限る』を使う事が出来る。
例えば、美しい魔女の純潔はなかなか奪えるものではなく、不用意に近づけば命が危ないにも関わらずアーサーは魔女に心を許させた。何がそうさせたかといえば、イケメンがそうさせたのだ。『ただし、イケメンに限る』と。
「フフフ、イケメンは、大抵の事が許されるんだよぉ!!」
浮気が許されなかったから下半身が酷い目にあっているというのに、アーサーはそう思っているらしい。
「行け! 俺の殺人マシーン達!!」
「いや、呼び方!!」
アーサーの命令を受けて、タートルネック仙人に飛びかかっていく人形妻達。
彼女達は仙人の洗脳から解き放たれたものの、イケメンに魅了されて結局囚われの身だ。
そんな彼女達に、セルジュは胸を痛めた。
「操られている人達を更に操るなんて、酷すぎるよ!」
セルジュが抗議したが、アーサーは涼しい顔だ。
「不幸な洗脳と幸せな洗脳があって、今の彼女達は幸せな洗脳だから大丈夫。洗脳って言うより、恋? 俺LOVE? って感じだし?」
「クソofクソね……まぁ、助かったわ」
「だろ? だっろー? じゃあ、ご褒美に俺に下半身を返してくれるかい?」
嬉々としてアーサーが魔女に尋ねた時だった。
タートルネック仙人目がけて襲いかかろうとしていた人形妻達が、仙人の元へ辿り着く前に、パタパタと倒れ始めた。
「!?」
「まあ大変、おねぇさんたちが!!」
十数人いた人形妻達が全員倒れてしまった事態に、ルゥルゥ達は驚き、心配をした。
「カーメカメカメ!! 残念だったカメな、ワシの妻達はいつでも魂が抜けるんだカメ!!」
「な!? 自ら造り出しておいて、魂を抜いてしまったのか!?」
「襲いかかってくるならば致し方あるまいカメ。なぁに、いつでも造り直せるから心配はいらんカメ!」
「いつでも嫁が造れるなんていいな」
「兄さん!! 消えてよ!!」
「そうよ! 消えて!! 記憶からも消えて!!」
楽しそうに喚く仙人と、KY発言をするアーサーをよそ目に、ルゥルゥは倒れてしまった人形妻の一人に駆け寄った。
「ああ……大丈夫ですか?」
人形妻からの返事は無い。クタリと力なく倒れ、ガラス玉の瞳に青空を映していた。
「本当にお人形だったのね……」
ルゥルゥはそっと彼女に触れて、顔についてしまっている土を指で拭ってあげた。
その横では、アーサーが仙人水を雑にかけられてヌルヌルになっている。
「次は今度こそお前カメ!」と、仙人の声がしたが、ルゥルゥはたじろがなかった。
仙人の笑い声と共に、仙人水がもの凄い勢いでルゥルゥに襲いかかる。
しかし、ルゥルゥが滝の様な勢いの仙人水へ細くしなやかな腕を一振りすると、仙人水が彼女の腕にクルンと巻き付く様に従い、あっけなく地面へ振り切られた。
「な、何じゃと!?」
「わたし人魚だったから、水とお友達なんです」
そう言うルゥルゥの顔は、少し怒っていた。
「タートルネック仙人さん! わたしにその水をかける事は出来ませんよ!!」




